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第三話「Y」


 私には二人の幼馴染がいた。

 一人はYという同い年の男で、もう一人は私の妻であり、一つ年が下のTである。


(YとT、二人のことを書いていく前に補足しておくと、二人のことを実名で書かずイニシャルで書くことはちゃんとした理由がある。まずYのほうだが、素直に言えば、名前すら書きたくないということが大きな理由であり、その理由は後述していくことを読んでいただければ分かってもらえるかと存ずる。Tのほうは、名前を教えたくない。という、ちっぽけな独占欲のようなものだと思っていただきたい)


 

 この幼馴染三人組みは、家が三件隣接していた。家の並びはY、私、Tといったとおりである。

 三家族共に両親達も仲が良く、私たち三人は物心つく前から一緒に育った。私、T、Y、の三人はわば家族、兄妹、肉親と呼べるほどに、魂までも繋がっているのかと思えるほど仲の深すぎる三人だった。


 過疎地域の辺鄙へんぴな田舎で三件揃って若い夫婦がのきつらね、ほぼ同時期に皆が子を授かるということが、一体どれほど奇跡的な確立なのであろうか、運命いうものがあるのならばこれは間違いなく運命で、呪いであるのなら、これはまごうことなき呪いだろう――


 Yは、いつも本ばかり読んでいるような私とは正反対で、活発で身体能力がいちじるしく高く、いつもそこら中を駆け回っては蛇や虫を捕まえたり、田舎特有の縄張り意識が強い他の子供達としょっちゅう喧嘩をしては傷をつけて帰ってくるようなヤツだった。


 幼稚園の頃から高校の頃までずっと背の順で一番後ろを保持する高身長と、いかついまではいかないまでも、自然の中でよく鍛え上げられたしなやかに強靭きょうじん体躯たいく、やや褐色めな小麦色の肌色に、きりりと釣り上がった目を持っていた。それと、所謂いわゆる福耳というヤツで、どこで知りえたのかは知らないが、ある年頃になると「俺は福耳だ~金持ちになるんだぞ~」と自慢げに自分の耳たぶをみせびらかしていたことを未だに覚えている。


 私にとってYのその釣り目と福耳はとても印象的なのだ。


 Yはよく不良と呼ばれる連中に絡まれることが多く、そんなヤツらといつも喧嘩ばかりしていた。大抵は一人で多数の不良相手に喧嘩をし、大体は勝っていた。勉強で言うところの頭は悪かったが、要領は良く、足も速く、喧嘩が強く人柄も良いYは、同級生たちからすれば、恐くもあるが頼り甲斐のあるガキ大将であり兄貴分のような存在であった。


 そんなYであるから勿論、学年問わず女子たちにモテていた。バレンタインなどは紙袋いっぱいにチョコレートをもらってくるし、卒業シーズンなどは卒業する上級生の女子たちからボタンをせがまれ、いつも腕のボタンを含む全てのボタンを失って帰ってきた。私もYのことを好きな女子に呼び出され、Yにこの気持ちを伝えてくれないかと頼まれることも多々あった。だが結局Yは誰とも付き合うことは無かったようだ。


 私も「虫取りだ!」と言ってはYに無理矢理山奥や村外れへ連れて行かれて、何度も遭難そうなんしかけたりもした。かといってYは乱暴で粗雑な性格だっというわけではなく、よく言えば豪放磊落ごうほうらいらくで豪快というような感じで、上級生に苛められがちだった私をいつも守ってくれたし、とても心根の優しい陽気なヤツだった。同い年ではあったが実質兄のような存在だと思っていた。おそらくYのほうも私を放っておけない弟のような存在だと思っていたのではないのだろうか。


 今となっては確認できないが、どうせすぐに分かることだろう――



 印象的といえば、子供時代のYと私二人だけの思い出の中に一際ひときわ深く記憶に残っている出来事がある。


 それはYの山への探検に付き合ったことだ。


 Yはつむじ曲がりというか好奇心旺盛な奴で、私と二人で山へ探検に行くときは必ずと言っていいほど踏みならされた山道を避け、道無き道や獣道を通ることを好んだ。私はそれが嫌で嫌でたまらなかった。何故ならその探検に行く山は、鹿や猿、猪、果ては熊まで出るような危険な場所で、いつも大人達に行くなと警告されている場所だったのだ。そんなことは私もYも分かってはいても、Yからすればダメと言われれば言われるほど反発心的なヤル気が起こって、そこに行かづにはいられなくなってしまうのだ。押しの弱い私はいつもYに押し切られる形で度々その探検に付き合っていた。

 

 あれは確か小学五年くらいのことであったろうか、いつもの如くYの探検に付き合わされた私は、山の入り口に着いてもまだ尻込みしていて、Yが心変わりして帰るように必死に説得しようとしていた。


「ねえ……この山イノシシとかクマがでるから危ないって、帰って他のことして遊ぼうよ」

「心配すんなって、そいつらがもしも出たときのタイショホウも考えてあるから大丈夫だ!」

「タイショホウってどんなのよ?」


 答えもせず、ひとの心配を他所よそに落ちていた太い棒きれを持って振り回しながら、ずんずんと獣道を進んで行くY。そんなYを一人で行かせるわけにもいかず私も不承不承に着いて行く。


「いいか、イノシシってのは真っ直ぐにしか進めないらしい、だからぶつかるしゅんかん横にこうジャンプだっ――そしてジャンプしつつすれ違いざまに、この棒を頭にこうパカーンだっ!」


 横に跳躍ちょうやくし勢いよく持っていた棒きれを地面に叩きつけるY。その言葉を聞いて私はあまりにもバカな対処法を自信満々に話すYにふらつきを覚えた。


「ムリだよバカ! ケモノなめんな!」


「それからなクマが来たら死んだふりだ。死んだふりしてやり過ごす! クマがキョウミなくしたらダッシュで逃げるんだ!」


「それは迷信なんだよっ! 死んだふりしたってクマはおそってくるから! 死んだふりが本当になって終わりだよ!」


「ばっかやろう! やってみなきゃわからないだろうが!」

「ダメだったら死んじゃうじゃないか!」

 あまりのYの楽天さに子供ながら頭が痛くなったのを未だに覚えている。


「ちっ、これだから頭いいやつはよお。 一応武器も持って来たけど、こいつもダメだしされそうだなあ」


 Yは私の顔をチラチラと見ながら、半分イジけたような表情をしている。


「……なんだい武器って? 一応聞くけど、まさかその棒切れじゃないだろうね?」

「ちげぇーし! これ今拾ったやつだし! これだよ」


 そう言ってYはポケットから、ちっちゃいソフトサラミのような棒の束とマッチ箱を取り出してみせた。


「なんだいこれ?」

「バクチクだよ。ほら、ここに火つけたらバクハツしてすごい音がするヤツ」

「ああ、あのうるさいヤツか……って! それが一番役に立つよ!」

「ホントか?!」


 Yは私からの思わぬ賛同にビックリしていた。多分Yはこのバクチクが役に立つとか立たないとかは深く考えず、前にこれを近所で使っておばさんにしこたま怒られて以来、近所で使い辛くてこの山に持ってきただけなのだろう。


「ああ確か、クマとか山にいる生き物は大きな音に弱いはず。それホントに役に立つヤツだよ!」

「っしゃああ! じゃあ行くぜえええ! 山の頂上でコイツをばくはつさせてやるぜ!」

「頂上はムリだよ!」

「っさいさい! 行くぞおお!」


 調子に乗ったYは私を置いて、またずんずんとすごい勢いで獣道を進んでいった。ところが、しばらく進んだところでYが立ち止まって後ろにいた私に、自分の唇に人差し指をあて物音を立てるなというジェスチャーをしたのだ。


 私はもしや本当にクマが出たのかと焦って、先ほど預かったバクチクとマッチを片手にYにソロリソロリと近付くと、そこで私は、幼心にクマよりもイノシシよりも幽霊よりも物の怪よりも怖ろしくおぞましい光景を目撃したのだ――


 静かにYに近付いて見ると、Yは驚いているというよりも草の葉から前を覗いて酷く興奮している様子で「おい、見てみろよ。すげぇぞ」と私をうながした。声を抑えながらも興奮を抑えきれないYの調子にいぶかしさを感じた私も、大きなクマ笹の葉をブラインドのように軽くのけてソレを見ると……


 そこには、二匹の物の怪がおぞましい喰らいあいをしていた――


 ように当時の私の目にはそう映った。実際には大学生くらいの男女のカップルが茂みの中で、情事を行っている最中であったのだ。


「な、凄いだろ?」


 男女の服は浮浪者のように乱れており、目の前にはこちらに汚い尻を向けみっともなく曝け出した、下半身を猿のように動かしている男がいる。その乱れた前後運動は、何かに取り憑かれた精神異常者の動きにしか見えなく、興奮どころか、生理的に受け付けないおぞましいものにしか見えなかった。


 前に見た、ホラー映画の呪いの家に住んで精神を病んでしまった者の叫び声のような嬌声きょうせいをあげていた女も狂人のようでいて、まさしく精神を病んだ病人同士が狂ったように、お互い喰らいあって呪いの儀式を行っているようにしか見えなかった。


 いや、儀式というほどの崇高すうこうさはなく、なんといえばよいのか、端的にいうのならば理性や知性を失った人ではない何かだ……。あれが人間と呼べるものなのか? あんな行為が愛の営みなのか? と、興奮しているYを他所よそに、その光景を見た私は興奮どころか、とてつもないおぞましさと自分でも良くわからない憎悪のような感情が爆発的に湧き上がって、気付けば持っていたバクチクに火を点けてそのカップルに向かって投げつけていた。


 まさか誰も居ない山の中で、バクチクを投げつけられるなんてことを想定だにしていなかったカップルは酷く驚いて、なんだなんだと叫びながらみっともなく下半身をさらけ出してうろたえ、男なぞは足に下ろしていたズボンと下着が絡まり大きくすっ転んでいた。


「ばっか――っなにやってんだ――」


 気付けば男の間抜けな痴態ちたいを見て狂ったように高笑いをしていた私は、Yに手を引かれ全速力でその場を後にしていた――


 私は未だに何故この時このカップルにこんな感情を抱いたのかわからない。だが、幼心に恋人同士の情事といったものが、私にとって何物にも替えがたい、みにくいおぞましい行為に写ったことは確かだった。


 これが私とYの子供と呼べる頃の、二人で過ごした記憶のうち一番鮮明に覚え、印象深い記憶だ。


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