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第二話「故郷」


 私が生まれ育った場所は、辺鄙へんぴ田舎いなかの村であった。


 都道府県の中でも田舎と呼ばれる県の中にある、田舎の市の中のさらに山奥にある秘境のような村で生まれ育った。周囲を山に囲まれた寒村かんそん、あるのは草木や山という自然ばかりで近くに小洒落たような店もなければ、電気屋も本屋もなく、最低限の日用品や雑貨を取り扱う寂れた木造の店が一軒と、酒屋が一軒あるばかりであった。道路もほとんど補正されておらず土道が続き、乾燥した風の無い日などは、車やバイクが通れば土煙が上がり遠くからでも誰かが村に向かってくることが分かったくらいである。


 何か欲しいものがあったり、話題の映画を見たくなったりしたときなどは、一時間に一本程度しか通らないバスを何本も乗り継いで街にでなければならなかった。



 学校も小中と合わせて全校生徒が百人もいないような小さなところで、その百人足らずの生徒ですら、そこいら中から草の根分けてかき集めて来たといえるほど遠くから通ってくる者もいて、私達もその一人であった。少なくとも近所に住んでいる生徒というものを探すことのほうが難しかったくらいだ。 



 田舎と言っても人の心が朗らかで陽気な善人ばかりなのかと聞かれれば、決してそんなことはない。大学への進学を気に上京してから今までというもの、色々な人間に出会ってみて分かったが、人の心や精神なんてものは何処も大して変わりはない。むしろ田舎のほうがやれあの子がどうしただの、やれあの子が地主の子だからだの余計なしがらみが多く、バスもまともに通っておらぬくせに人の噂話の伝達速度だけは都よりも早く、さらには老若ろうにゃく関係なく無駄な矜持きょうじ偏屈へんくつな価値観を持つ者が多く、そのせいでつまらないいざこざや村八分といったことがよく起こるのが、私の故郷の特徴であった。


 だから私からしてみれば、人付き合いが程々(ほどほど)で他人にそれほど興味を抱かないという点で、都のほうが余程住みやすく過ごしやすかった。つまり、生まれ育った故郷が、都より優れている所なんてものは何一つとしてなかったのだ。 


 何か楽しみがあるのだとすれば、食う寝るといった本能に根ざした行動の何点かと、本を読む電化製品を楽しむくらいしかない、十六になれば大体の生徒が原付免許を取って原付を買うことが当たり前の辺鄙な田舎であるが、なんとか振り絞って良い所を挙げるとするのならば、山や川といった自然、そして田んぼがあるところだろうか。


 人間が原始時代から少し進化し、文明と呼べるようなものの片鱗へんりんを手に入れ始めた頃の生活を、遺伝子情報から過去にさかのぼってそれを追体験できるような所といえば分かりやすいかもしれない。確かに今は都に居を置く私もたまにそういった原初的自然風景を懐かしく思うこともあるが、私の故郷は正直言って山と川と畑しかないうえに、数が多く、もはや氾濫はんらんしているといっても過言かごんではない。


 何事もほどほどが丁度よく、自然の氾濫と呼べるほどのあの故郷は思い出すに胸焼けがおきる。結局のところ、自然を削り取って文明化を進める現代において、意図せずして自然が多く残っている場所というのは、過疎か、発展開発から取り残された哀れな地域ということでしかないのだ。



 そんな過疎地域で生まれた私は物心付いた時から大人しい性格で、荒事や運動が嫌いで外に出るよりは家で本を読んでいるほうが好きな、内向的で根暗な子供であった。けれども私はそんな自分が嫌だったことはないし、性根の問題として割り切っていた。


 性根しょうねいんようかで言えば私の根は間違いなく陰である。

 男が女に変身できないように陰は陽にはなれない。陰は陰なりに陽に、陽は陽なりに陰に心を近づけることはできても、陰は陽にはならないのだ。陰の人間が自分は陽だと無理して、陰の心を陽の型にはめ込もうとすれば、形が合わないのだから壊れてしまうのは道理であるし、逆もまた然りである。下手をすれば精神を病んで心を壊してしまう。


 だからこそ、自分の性根というものをしっかりと見つけてそれと向き合うことこそが大事なのだと、子供の頃に、読んだ本にこのことが書いてあって、私は深く感銘を受けたことを今でもこうして鮮明に覚えている。


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