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第一話「序文二」


 私は死ぬための方法も色々と考え詰めてみたが、結局の所煮詰まってみれば至って簡単に、そして単純に首吊りという至極在り来たりな方法で死ぬことに決定した。理由を述べるならば、確実性が高くこの書斎をあまり汚さずに済み、かつ他人が巻き込まれることが無いという点で、これ以上優れた方法は無かったのだ。


 練炭や洗剤を使った有毒ガス自殺の場合、もしかしたら入室はいってきた妻なり娘なりが巻き込まれてしまうかもしれない。服毒自殺ならば拒否反応を起こした体が嘔吐したりして部屋を汚してしまうかもしれない。切腹、自刎じふん、手首を切る等の出血多量死を狙った場合も、これまた否応無しに部屋を汚してしまうし、部屋を汚さないようにそれらをするならば、人間一人丸々入る大きな水を通さない材質でできた袋や容器を固定し、それにすっぽりと収まってやる必要があるが、これでは如何にも間抜けであるし、はたから見れば猟奇的過ぎるうえに、妻子があらぬ誤解を受けてしまうかもしれない。私は誰かに向けたアピールで死のうとしているわけでははないのだから、無論のことこれも論外である。


 そうやって色々と考えれば考えるほどに首吊りという死に方が一番こじんまりとしていて、誰もあらぬ誤解を受けることもなく、とても穏やかで収まりがよかったのだ。


 何よりも古今東西亜洋問わず人々が、自殺及び処刑という目的の為に使ってきた手段の一つである、首吊り、絞首、そのアンティーク調の死への様式美を私は酷く美しいもののように感じたのだ。あの吊り下がっている縄の輪の空間に収斂しゅうれんされた美を感じたのだ。この書斎との調和を感るのだ。


どうして私がこれ程までにこの書斎を汚したく無いのかというと、この書斎がある種私にとって何人なんぴとも、妻や娘でさえも不可侵な聖域と化しているからに他ならない。この家を購入してから十数年の間、この小さな書斎は私の妄執と妄念からくる苦悩苦痛の全てを、唯一そのままの形で表現できていた場所、私の心魂精神にとって唯一の解放と癒しの場所、この私の唯一の無機質な理解者であったのだ――


 私にとって妻と娘の次、この懊悩おうのうに塗れた苦悩の人生において、愛している三つの内の三番目……言い表せられぬほどの愛着があるのだ―― 


 元々この書斎は家を建てる際、私の強い希望で作られた私のためだけの書斎専用の部屋である。

 建築士や大工と一番綿密に相談し、緻密な計算の末出来上がったのが、この広さ八畳、高さ二.五メートル、入り口は内開き鍵付き扉が一つ、庭を見渡せる出窓があり、国産檜を使用したフローリング、四方を純白な壁紙で覆わせ、アンティーク調の部屋の雰囲気を壊さぬように、天井には四灯の小型シャンデリアをあしらわせた、とても美しい書斎なのだ。


 勿論、こだわったのは部屋の造形だけではなく内装も多分にこだわりを尽くした。

 文豪や探偵の洋風書斎のような部屋に憧れていた私が一人で家具屋を何件も何件もハシゴし、頭が痛くなるほど選び抜いて買った、飴色の光沢を放つアンティーク調のマホガニー製の書斎机と、それと調和するように作られた、これまたアンティーク調の安楽椅子を部屋の真ん中、座った時に入り口に向き合うように窓を背にする形で配置し、その下には床全てを覆うシルク生地の赤絨毯、机の両脇量壁に設置された書架と、その中に一糸乱れず整列されている選び抜いた本の数々、それらの家具が発す醸造されたなんともいえぬの香り、その全てが狂おしい程に愛おしい。

 

 この部屋だけは、何があっても私を裏切らないでいてくれたのだ――


 だからこそ、この私の妄執の終着点として出した死という結論をこの書斎で迎えようとしていることは、至極当然の結末で必然であり、それと共にこの書斎を穢したくないという私の切なる気持ちも分かって頂けたかと思う。


 勿論首吊りで死ぬ場合、失禁といった部屋を汚しうるであろう例が多々あるということは事前の調査で無論のこと知っている。なので私はこの日の為に一週間前から断食し、出切るだけ身体中の老廃物を出し、二日前からは一切の水分すらも摂っていないうえに、首を吊る前に身体中に詰める脱脂綿の準備もしてある。なので死への準備第一、体調面はまず万全である。


 準備第二道具であるが、その為の縄も強度や強靭きょうじん性、扱いやすさを吟味ぎんみしたものを選んだ。そしてそれは、今私がこの遺書のようなものを書いている机の目の前に厳正な空気を発しつつも、母の如き鷹揚おうようさと、父のような厳粛さを持って静に天井から吊り下げらている。


 書斎の天井に頑丈に何重に幾重にも括り付けられた縄の強度は何度も入念に確認済みで、途中で天井板が割れたり縄が切れたり結び目が緩んだりというような、間抜けな失敗は絶対に起こり得ないということをここに断言しておく。つまり、こちらもまた万全の状態で失敗は万が一にでも起こり得ないのだ。

 

 死への準備が万全なことを十二分に記し理解してもらえた所で、この遺書のようなものの本文を書き記していこうと思う。 


 思うに、私が今生きていることが出来なくなった理由を語るには、この嫉妬と情愛に悩まされた幼少期からの話しを語らなければならない。これこそが、このみじめな人生の間違いであり起点であり、終点でもあるのだから――

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