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第十二話「DNA鑑定」



 妻がYの亡霊と不義を犯している――と、自らの中でそう結論を出してからというもの、不安の波が常に押しかかって、とうとう正気が保てなさそうになったある日、私はついに、妻に秘密で手麗児のDNA鑑定を行った。できるだけ確実性の高い方法と信頼出来る機関を選び、検査に必要なサンプルを口八丁手八丁でなんとか誤魔化しながら妻と娘からとり、書類とサンプルを送付したあとは、自らが招いた針のむしろのような時間を過ごした。


 結果が出るまでの間、私は妻や娘に対する後ろめたさと罪悪感から二人の顔をまともなは見ることができなかった。何故ならこれは、妻の浮気を疑った興信所などとは比べ物にならないほどに、さらには愛しい我が子、手麗児ですらも疑う、人として夫として父として最悪最低の背信行為なのだから……。


 いくら妻の不義を疑おうとも、確証の無い疑い、下手をすればただの私の妄想でしか無い疑いなのだから……。


 だが……言い訳するわけではないが……私はこうする他なかったのだ……。正直なことを言えば、私は手麗児が私の娘であるという確証が欲しかったのだ。



 私は何よりも娘を、手麗児を愛しているから――

 もしかしたらYが……妻が……などと頭にちらつく事の無い、無条件の、疑いの無い、何者にも邪魔されない純粋な真心で、手麗児に愛情を注ぎたかったのだ――



 手麗児を純粋な目で見たかったのだ――



 何物にも代えがたい愛しい愛しい我が娘……。手麗児を見るたびに愛おしさと、同時に胸に、頭に、沸き起こる激しい不安感、常に私を苛めるこれさえ完全に払拭できたのなら、私はもう何も望まない……だから、どうしてもこのDNA鑑定をする必要があったのだ。



 この時、手麗児は十歳になっていた。妻と同じく、留まることをしらずに可愛くなっていく手麗児は、何よりも愛おしく、いくら抱きしめても抱きしめたりないくらいに愛おしい存在になっていた。


 張りのある健康的な小麦色の肌、スラリとしたしなやかに肉付きのよい体躯からだ、可愛らしく尖った犬歯、将来お金持ちになりそうな大きな耳たぶ、キリッとした凛々しい釣り目、活発だが女の子らしい柔らかさをもつ家族思いの優しい子……。


 つたない手付きながらも妻の料理を手伝い、顔色の悪い私のことをいつも心配してくれる、口癖のように「お父さん大丈夫?」「お父さんちょうしわるいの?」いつもそう言って私に抱きつきながら、上目遣いで心配そうに私を見つめてくれる、心根の優しい素直な素敵な私の子――誰にも渡したく無い。手麗児は私の娘だ…………!



 反抗することもある。言うことを聞かないこともある。けれども愛おしい……本当に愛おしい……手麗児……愛しているよ……本当に愛している……私は手麗児と妻意外何もいらない……なのに……何故なんだ…………? 



 あるときは、手麗児が何かの映画を見て影響されたのか、突然居間から走って私に飛びついて泣きながら「お父さん死なないで」と言って来たことがあった。そのときはまだ死ぬことなんて考えてもいなかったが、何故かその言葉にドキリとしたことを未だに覚えている……。


(手麗児はこうなることを予見していたのだろうか……それともただの偶然なのだろうか……?)


 私はすがりつく手麗児に笑顔を浮かべて抱きしめながら「大丈夫だよ、お父さんは死なないよ」となぐさめて、その日は私から離れたがらない手麗児とずっと一緒に過ごした。一緒にご飯を食べ、一緒にお風呂に入り、手を繋いで一緒に眠った……。



 ああ……手麗児……ごめん…………父さんは嘘つきだ――――



 話がれてしまい申し訳ない……。手麗児のことを思うと、前後不覚になってしまうきらいがあるのでね……さて、なんの話だったか……? ああ、そうだ、DNA鑑定の話だったか……。



 それから暫くしてついにDNA鑑定の結果が出た。私はそれを私書箱で受け取って、決して誰にも見られぬようふところに入れて家に持ち帰った。


(外で見ればいいじゃないかと思われるかもしれないが、これほどの重要書類を信のおけないような場所で読めるほど、私は大胆でもなければ肝も大きくない。私の書斎意外で読めるはずが無い)


 その道中は気が気ではなく、通りすがる人、鳥、犬、猫、全ての生物が凶悪な窃盗犯で、皆が一往に私の懐中かいちゅうにある封筒を狙っているのだと思えて仕方が無かった。もしこれを落としてしまったら命を持ってもつぐないきれぬと。


 そうして嫌な汗と動悸どうき眩暈めまいさいなまれつつも無事に家に到着した。

「お帰りなさい」といつものように玄関へと出迎えに来た妻は私の顔を見て「救急車呼ぼうか……?」と言った。「大丈夫、少し気分がすぐれないから部屋で休むよ」と断ってすぐさま自分の書斎に入って厳重に鍵を閉め、何度も鍵が掛かっているか確認し、カーテンを降ろし少しでも隙間が開いていないかこれもまた何度も確認すると、部屋の電気を付け、椅子に腰掛けて懐から鑑定結果の入った封筒を取り出した。


(今思い出してみると、あの時の私は救急車を呼ぶ心配をするほどに酷い顔をしていたのか……。心配をかけてしまったな……手麗児にその顔を見られなかったのは幸いだった……確か、その日は手麗児は習い事の日でその時分には家にいなかったはずだ……)


 動悸が治まらない胸と禁断症状の出た薬物中毒者のようにぶるぶる震える手で封筒を開け、中から結果の書かれた用紙を取り出し確認すると、出た結果は――



 親子関係有り――



 おお……人々よ見よ……! 見るがいい! 手麗児は完全に私の子、私の娘なのだ! 満天下まんてんかに知らしめさせよう! 手麗児は、私の愛おしい愛娘は! 科学的に認められ裏づけされた、私と妻の遺伝子によって産まれた完全な私の娘だ――!!




 私はこの結果に心の底から安堵し狂喜乱舞きょうきらんぶした――




 良かった……本当に良かった……手麗子は完全に私の子なのだ私と妻の子なのだ……と……だが、その安堵感と疑ってしまった妻への罪悪感の前に、もう一つの大きすぎる最後の疑問が残った……。


 それは――


「なら何故手麗児はこんなにもYに似ているのか?」ということだ……。私は日に日に元気に可愛らしく美人に育っていく娘を心の底から愛し、完全に自分の子だと認めながらも、その疑問だけがずっと付きまとい続けた。



 手麗児が中学生になった。手麗児の制服姿は本当に可愛く美人だった……私と妻も参加した手麗児の中学校の入学式の日……手麗児が通っていた小学校と違う小学校からきた生徒、そして在校生の二年三年生たちが、手麗児の美しさに心奪われるさまを手に取るように感じられたくらいだ。



 そうして今でも覚えている、手麗児が十五才になった春、何故手麗児がYに似ているのか、その理由が分かったのだ――

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