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ダメ男、アメリカに行く(後編)  作者: 江川崎たろ
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第八話 「ダメ男、ハグをする」

現地日時 5月13日 午前8時 平良は恐怖のあまり、全く休む事が出来なかった。もしかしら、部屋を知られて、突然押し掛けて来るかもしれない。そんな事を考えていると、寝ようにも寝られないのだ。


それにしても、もう何日間まともに寝ていないのだろうか。頭の中がぐちゃぐちゃで、よく解らなくなってしまった。8時にもなれば、きっとプールやロビーに、人が居る事だろう。また一人であの場所にいるのなんて、懲り懲りだ。


しかし、そんな恐怖に怯えている暇もなく、今日は本来の目的でもある、リチャード・キングとのレッスン初日なのである。レッスンを行うのは、ロングビーチという場所。そこにあるキングの自宅だ。


前もって住所を聞いていたので、タクシーに乗ればいい。平良は、昨日の大男がいないかどうかを確認しながら、ロビーへ向かった。すると、ロビーには、ざっと10人程の人達がいて安心した。子供と遊んでいる人もいれば、座ってお喋りしてる人もいる。人種を除けば、日本の風景と何ら変わる事はない。


平良はコーヒーを準備して、そして空いているテーブルの椅子に座った。こうして多くの人が周りにいると、幾分か恐怖心は和らぐものだ。煙草に火を着け、人間観察を楽しんでいると、一人の男性が声を掛けて来た。


笑顔で「ハーイ!」と言ってきたのである。大男の件があったばかりなので、易々と心を許す訳にはいかない。それにしても、彼は隣に座り、ただただスマホをいじっている。なんだか、そこまで警戒する必要はなさそうだ。


年齢は恐らく30代だろう。格好良い顔をしている。イケメンだ。そんな彼が、また話を掛けて来た。たぶん、君はジャパニーズかと聞いてきたのだろう。「オーイエス、アイムアジャパニーズ」と、答えた。


すると、今度は英語が喋れるのかと聞いてきたのだと思う。ノースピークイングリッシュと答えると、彼は驚いた。そして、掌をこちらに見せて「ウェイト」と言った。いわゆる“待て”をされたのだ。


彼は、自身のスマートホンをいじくりだし、そして画面を平良に見せつけた。突然なんだろうと思い、画面を覗き込むと、見馴れたとても懐かしい文字が浮かび上がってきた。日本語である。「あなたは何をしに来ましたか?」と書いてあるではないか。


平良は嬉しくなった。久々に日本の文化に触れたのだ。そして、スマートホンを渡され、恐らく返事をくれと言ってきた。彼のスマートホンは英語仕様なので平良には扱えない。


困ったなーと頭を掻き出すと、彼はテーブルに置いてある平良のスマートホンを手に取った。急いで画面を覗くと、彼は翻訳アプリをダウンロードしようとしているのだ。突然でビックリはしたが、そんな彼の好意が平良はとても嬉しかった。


そして、アプリのダウロードも無事に終わり、スマートホンは平良に戻された。平良は急いで文章を打ち、機械に英訳を任せてみた。入力した日本語は「歌の勉強をしに来た」である。


そして、やり取りは続く。「一人で?」「そう」「どこで?「ロングビーチ」「車?」「タクシー」


お互い笑顔で楽しくやり取りをしていると、平良がタクシーと答えた時点で男は久々に声で応答した。「タクシー?」と言って驚いている。


すると、彼はまた文字を打ち始め、画面を見せてきた。「高額です。お金はありますか?」平良もまた驚いた。そこまで高くならないと予想をしていたのだ。多少は仕方ないかなと思ったが、せっかくなので口頭で答えた。


「ノーマネー!」


男は驚いて立ち上がった。平良は「そんなに持っていない」というニュアンスで言ったのだが、きっと無銭乗車するとでも思われたのだろう。これはまずい、平良は文字を入力した。「貧乏」と。


すると、男は哀れな者を見るかの様な表情で、平良を見つめている。少しの沈黙を経て、男は何かしらの決断をしたのだろう。平良の腕を掴み、「OK、カモン」と言った。もちろん、誰かさんの様に、無理矢理引っ張り出す事なく。


どこに行くのだろうと思ったが、10秒も経たない内に男は足を止めた。フロントだ。カウンターの美女に何やら話をしている。美女が奥へと動き出したタイミングで男は笑顔でこちらを向いた。そして親指を立てたのだ。


平良は戸惑った。しかし、美女が戻ってくると、男が一体何を話し、そして何が起こっているのかが大体読めてきた。もし、この読みが当たっているとすれば、この男は相当いい奴だ。


平良は呼ばれ、二人の手元を確認した。どうやら読みは当たっている。美女が持ってきた紙には、バスを使ってロングビーチまで行く方法が印刷されている。しかも、かなり細かく記されている様だ。読みは的中した。


男は「見てみろよ」と言わんばかりの大きなアクションで、紙を平良に手渡した。そして、「あーあーあーあー」とおどけた声を出しながら、紙の文字を指でなぞり、そしてスマートホンと紙を交互に見返す素振りを見せた。つまり、書いてある文字を和訳しろと言っているはずだ。


平良は喜んだ。しかし、喜ぶよりも先に、まずしなければならない事があったのだ。自己紹介だ。「マイネームイズ、タイラ!ワッチュアネーイム」男は答えた「マイク」「おー、マイク!センキュー!センキュセンキュセンキュー!」そう言って握手を求める。すると、マイクは握手に応じてくれた。そして握った手がぐっと平良の体を引っ張った。


ハグだ。日本の文化にはないハグを、平良は初体験した。すごく嬉しかった。悪い人のスケールも大きければ、良い人のスケールも大きい。最高だ。


平良は、ニコニコしながら受け取った紙に目をやると、乗り換えが多い事に気が付いた。スマートホンを取り出し、「準備をする」と英訳をしてマイクに見せた。そしてもう一度握手を交わし、平良はマイクと別れ、そして準備に取り掛かった。


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