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ダメ男、アメリカに行く(後編)  作者: 江川崎たろ
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第七話 「ダメ男、襲われる」

少し肌寒くなってきたので、ホテルの部屋へと戻ることにした。ロサンゼルスは暖かいと聞いていたので、上着は不用と判断したのだが、やはり夜は気温が下がるのだ。少しばかりの後悔をした。


平良は、服を脱がぬままベッドに寝転がり、そして目を閉じた。そして、ある事に気づき、それがいい事なのか、それともその逆か、想いを馳せた。


ついこの前まで、母の病気が気がかりで、心の底から笑う事が出来なかった。笑ってはいけない、そんな気がしていたのだ。


それはきっと、祖母や兄弟、はたまた病院の人達。それらの人の目を、気にして笑えていなかったのだろう。祖母の言葉を受けて、等身大の自分に対して、自信をなくしていた。あれだけ、人格を否定されたのだから、無理もない。


本来の自分を殺し、別の自分にならなければ、そのときを乗り越えられなかった。ヘラヘラしない、しっかりしている自分。そんな条件が備わったとき、そこで初めて、自信に似たものを、取り戻していたのだろう。だから、笑うことはやめた。


心は、ちょっとしたことで、意図も簡単に折れてしまう。人の、自分の弱さを、平良は今回、身に染みて知る事が出来た。


でも、これはきっと、今回の事だけじゃない。いつだって、誰かの目を気にして生きてきた。誰かに評価されないと、自分に価値を見出だせなかったのだろう。他人ではなく、自分で評価をしなくてはならない。そして、それを自信に繋げなくては。


どんなにすごい人だって、他人の深い部分、細かな部分までは知り得ない。だから、そんな他人の判断で、自分の存在を定義付けてはいけない。誰よりも自分を知ろう。誰よりも自分を守ろう。そして誰よりも、自分の背中を押してやろう。


人は、一人ではない。でも、生と死というのは、やはり背中合わせなのだろう。死なない為に、一人の自分と戦い、一人の自分を守り、そして一人の自分が突き進んで行くのだ。それを本質とした上で、そんな、似たもの同士が、寄り添い歩んでゆくのを仲間と呼ぶのかもしれない。苦しいからって、寄っ掛かっていてはいけないのだ。


平良は、アメリカに来てまだ12時間も経っていないのに、もう、いつもの一年分にも匹敵する様な、苦悩を経験してきた気持ちになっていた。


そして、気づくと、眠ってしまっていた様だ。時計は現地時間で午前3時。また、三時間も経たない内に目を覚ましてしまっていた。再び平良はシャワーを浴びて気を引き締めた。今、この地で、いつも通りにヘラヘラしていると命の危険にさらされててしまうのではないかと、きっと潜在的に思っているのだろう。だから長時間の睡眠が許されていないのだ。


そして、スマートホンをいじりながら、時間の経過を待つ。それは、ロスの朝焼けをこの目に焼き付けたいという希望が故にだ。せっかくこの時間に起きているのだから。


時刻が午前四時を回った頃、平良はプールサイドのベンチへと向かった。誰もいないその場所は、無人のテーマパークの様な不思議さを、醸し出していた。


コーヒーを入れ準備を整える。一時間先か二時間先か解らないけど、じっくりと空を楽しんでいる内に、きっと最高な気色を見る事が出来る。そう信じながら、平良はその時を待った。そして、四時半を過ぎた頃、空が黒から青に変わって来たのが解った。


そして五時を回る頃、待ち望んでいた朝焼けの空が、平良のことを大きく、そして優しく、静かに包んだのだ。赤、オレンジ、水色、そして青。グラデーションがとても綺麗だ。涙が溢れてきたことに気付いたが、構わず、景色に見とれていた。


そのとき、後ろから笑い声が聞こえた来た。振り替えると、180センチ程の身長に、体重は100キロは軽く超えているであろう、デカい身体のおじさんが現れた。白人で、50歳くらい。


そんな彼も、コーヒーを入れてきて、空を眺めている。きっと、目的は自分と一緒だろうと思っていた。でも何故だろう、酔っ払っているのか、一人でぶつぶつと話している。そして時々、「すぱんきーん」と、声を大きくしながら笑うのだ。変な人だなーと思いながらも、平良は愛想笑いをしていた。


すると突然、その男は、平良の腕を引っ張りどこかに連れて行こうとした。男は「カモン、カモーン、スパンキーング、ハハハー」と、笑っている。そもそも、スパンキングというのは、体罰や性的な意味合いで、お尻を平手打ちする事を意味しているのだ。


平良は、今自分が置かれている状況を察知した。連れて行こうとしている行き先はきっと彼の部屋で、そして平良のお尻を叩きたい、つまり性行為をしたいと考えているはずだ。そう言えばさっき、ぶつぶつ話している男の声が「ユーアープリティー」と言っていた気がした。


つまり、彼はゲイだ。このままではレイプされてしまう。平良は必死に「ノー!ノー!」と訴え掛けた。しかし彼は笑いながらまだ「スパンキーング」と言っている。平良は、地に足をつけ必死に踏ん張るのだが、それでもどうだろう、引きずられてしまう。


これは、もうダメだ。力に差がありすぎる。下手に抵抗したらどうなる?銃でも出してくるのか?怖い。怖い。怖い。怖い。平良は全力で叫んだ。「プリーズ!アイム、ステイヒアー!」何度も何度も叫んだ。意味は間違えているかもしれない。それでもいい、ただひたすらに叫んだ。


すると、朝の掃除をしに来ていたおじさんが気付き、急いで駆け寄ってきてくれた。その途端、大男は平良の手を離し、振り向きもしないで、一人で部屋へと帰って行った。平良は涙をボロボロと溢しながら、掃除道具を持ったおじさんに「センキュー」と言った。おじさんはボソッと何かを言って去ってしまった。


きっと、バカ野郎とか、気を付けろと、言ってくれたのだろう。平良は、その場に一人でいる事が怖くなり、急いで部屋に戻った。そして、高鳴る鼓動を聞きながら、恐怖に震えていた。

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