第五話 「ダメ男、チェックイン」
「ここがホテルか……最高だな」平良は『ホリデイ・イン・ハリウッド』という宿泊施設に到着した。つい数分前には、タクシーの運転手にチップをねだられ、またもや人生の初体験に興奮した。
幾ら渡せばいいか解らなかったので、取り敢えず1ドル札を一枚だけ渡し、相手の顔色を伺いながら問題なさそうな事を確かめ、そして車を降りた。文化の違いに触れた事で、今自分はアメリカにいるのだと、また少し実感した。
決して豪華とは言えないが、それにしても十分過ぎるホテルの外観に感動する。建物の作りへの感動ではなく、入り口付近にある看板やポスターは当然全てが英語での作りだ。日本語が一切見当たらないその視界に、妙にお洒落さを感じた。
高層のホテルではなく、恐らく二階建てくらいだろう。ちょっと小綺麗なアパートに、フロントやロビーがくっついている様な、そんな印象だ。
入り口に立つと、ロビーの奥にプールがあるのが見える。こんなにも格安なのにプールまでついているのかと驚いた。ロビーには、数名の男女、そして子供が居て、会話を楽しんでいる。もちろん、日本人はそこには居ない。
入口のすぐ右にあるフロントに恐る恐る近づいてみると、「Hello」と、決して愛想は良くないが、とびきり美しい、黒髪の女性が挨拶をしてくれた。こんな美女はスクリーンの中でしか見た事がない。そんな、頭に花を咲かせていたのも束の間、平良は約一時間振りの動揺をする事になる。
なんと、会計は旅行会社で既に済ましているというのに、クレジットカードの提示を求められたのだ。平良はクレジットカードを持っていない。いわゆる“ブラックリスト”の一員だからだ。困ったなーと、頭を掻き出したその時、「フロントにこの紙を出せ」と、旅行会社の田村に言われていた事を思い出した。
急いでバックを漁りそれを見つけ、そしてフロントに提出した。
これで大丈夫だろうと安心していたのだが、何やら美女は、フロントの奥にいる男性に相談を持ち掛けている様子だ。しかも、ちらちらと何度もこっちを見てくるのがわかる。平良は思った「この女、感じ悪すぎ」。心の中で怒りを爆発させた。普段あまり怒ったりしないのだが、その反動なのか、一度怒り出すとなかなか止められない。
「へい!」と美女を呼び、先程の用紙に手をついた平良は、「金なら払っている」と、睨み付けながら言い放った。……やってしまった。これは、最早失言だ。心の中で、自らに突っ込みをいれた。「日本語やないかーい!」
平良は、肩で息をしながらも必死に焦りを隠している。美女はあからさまに不本意そうな表情を浮かべ、溜め息をついた。そして、両手でトレイを持つ様なアメリカ人らしいポーズを取り、首を傾げながらも「OK」と美女は言った。
これが日本なら「なんだその対応は!」と怒り狂うところだ。しかし、美しい。実に美しい。美女の対応がまるで、映画のワンシーンを見ているかの様で、逆にときめいた。漫画なら、今頃自分は頬を赤く染めているに違いない。そんな事を思っていると、美女は部屋の鍵を渡してくれた。
なんだかよくわからないが、無事にチェックインが成功したらしい。身振り手振りで部屋の場所を教えてもらうと、先程のプールサイドを通り、突き当たりの廊下を右に。すると、鍵に刻まれた「6」という数字と同じ数字の書かれた札が、ドアにぶら下がっている部屋を発見した。
「ここか……」と、平良は慎重にドアを開け、そして部屋の中に入る。アパートでいう所の1Kの部屋だ。ドアの位置から手の届く左斜め前の場所にベッドがあり、その足元の方向、壁に面してテレビが設置されている。平良は荷物を置き、そして何ともセンスの悪い派手な柄のシーツが覆うベッドに身を沈めた。
平良はあまり良い気分ではなかった。不安でいっぱいだからだ。
きっとこれは過度の寝不足が原因だと判断し、少し眠る事にした。平良は寝不足の時はいつも、思考がネガティブになってしまう。アラームをセットするのも忘れ、気を失うかの様に平良はすぐに眠りに落ちた。