第四話 「ダメ男、ぶち上がる」
日本の空港だって迷うんだ。ロサンゼルスの空港で、すんなり目的地に到着出来るわけがない。荷物を無事に受け取った平良だが、ロサンゼルスに到着している喜びはまだ、一切感じていない。感じる余裕などないのだ。
それにしても、入国審査の時はどうなる事かと思った。実は、ガイドブックの片隅に書いてあった注意事項が、平良を震え上がらせていたのだ。その内容は、入国させる事が出来ない。問題がある。そう判断された場合、強制送還されてしまう。というものだった。
それには、怪しいと判断された人物も該当する。と、書かれていた。呼吸を荒くした、挙動不審な平良は、見る人が見たら間違いなく怪しまれただろう。完全なる不審者だ。
今、自由の身でいられている事が奇跡の様に思えてきた。それにしても、息苦しさが一向に改善されない。一度外に出て、一服しようと考えた。久し振りの煙草で、心が落ち着くかもしれないと、そう思ったからだ。
空港のバスターミナルに出てみると、信じられない光景が目の前に広がっていた。バス停の屋根が邪魔をしてはっきりと見えるわけではないが、それでも、雑誌で見て憧れた真っ青な空と、そして沢山のヤシの木が、目の前にある。今確かに、そこにあるのだ。さすがにこれはテンションが上がる。
まだ浮かれる程ではないが、それでも確かに心の中の嵐は収まり、少し晴れ間を覗かせていた。そういえば、気候だって最高に爽やかだ。これがロスの空気か。
それにしても、喫煙スペースが見当たらない。掃除をしているおじさんに、「ドゥーユーノウ、スモーキングエリア?」と、聞いてみた。英語が合っているか自信がないので、煙草を一本見せつけながらだ。
すると、おじさんは煙草を奪い取り、そして真面目な顔で、煙草を吸う真似をした。さすがに理解が追い付かず、呆然と見つめていると、今度は、地面で煙草の火を消す動作をやってみせた。そして、ゴミ箱にすてる真似をしたのだ。
少しずつだが理解が出来た。恐らく、スモーキングエリアは無いのだ。その代わりに、ここで吸って、このゴミ箱に捨てればいい。という意味だったのであろう。言われてみれば、歩きタバコをしている人が周りに沢山いる。何故気付けなかったのか。
平良は、おじさんにありがとうを伝え、そして煙草に火を着けた。約12時間ぶりに吸った煙草は旨い。
景色がそうさせたのか、それとも煙草がそうさせたのかは解らないが、少しずつ、少しずつ、ロスに到着した事の達成感が沸き上がってきていた。
煙草をゴミ箱に捨てると、平良は一度伸びをした。エコノミーシートに長時間座っていただけあって、さすがに気持ちがいい。心の中の雲が、またひとつ消えた。
ホテルに向かおうと思ったが、交通手段がさっぱりわからない。
ガイドブックを手に取り、空港関係者であろう女性に話を掛けた。そして、ホテルの住所を見せて、ガイドブックに書かれている通りに訪ねてみた。
教えてくれているのだろうが、やはり、聞き取る事が出来ない。
仕方なく平良は笑顔で礼を言って、その場を去った。そして、これは困ったと頭を掻いたその時、名案が浮かび上がってきたのだ。
空港からあまり離れていないホテルにしますねと、旅行会社の田村が言っていたのを思い出したのだ。という事は、だ、タクシーを使っても、そこまで高い金額にはならないのではないか。そう平良は考えたのだ。
なんにせよ、ここにいたって仕方がない。その案でいこう。そして、早速タクシーを見つけて、窓を叩いた。
ドアが開かない。運転手は早くしろと手招きをしている。なるほど、自分で開けるのだな。急いでドアを開けタクシーに乗り込んだ。
運転手に、ホテルの名前と住所が書いてある紙を見せ、こう伝えた。「ディス、ホテル、OK?」すると運転手は「OK」と微笑み、車を出発させてくれた。
平良は思った。掃除のおじさんや、このタクシーの運転手のおじさん、どちらも会話がなんとか成立している。そして、二人とも全く怖いオーラを感じない。
きっと、入国審査は厳しくやらなくてはいけなかったんだろう。お堅い役所仕事みたいなもんだと、平良は納得した。それが少しすっきりさせてくれたのか、心の中の雲が、またひとつ、消え去った。
そして、タクシーが空港の敷地を出た瞬間、思わず平良は、驚きの声をあげてしまった。大きく、そして真っ青な空に、ヤシの木。ビルとビルの間隔はとても広く、アメリカの土地の広さを物語る。
きっと、さっき見た空港からの景色は、お遊びみたいなものだったのかもしれない。間違いない。これがロサンゼルスだ。
平良の心の雲は全て消え去り、ロスの大空と同じ色に染まったのだろう。沸き上がる想いが、喉のシャッターをぶち壊し、そして絶叫した。
「ふぉー!!!!!すげー!来ちゃったロサンゼルスーーーー!!!!!!ふぉー!!!!!」
平良のテンションは、一度上がると、中々収まらないと有名だ。人前だとか、店内だとか、ましてやタクシーの中だとか。もう、そんなの関係ない。運転手も笑ってる。
平良は、マイケルジャクソンや、海外のロックスターを彷彿させるハイトーンボイスで、もう一度叫んだ。「オーケー!来たぜロサンゼルスー!!!!」