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ダメ男、アメリカに行く(後編)  作者: 江川崎たろ
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第三話 「ダメ男、着陸する」

現地日時 5月12日 午後12時過ぎ。平良一徳は、無事にロサンゼルス国際空港に到着した。今は長蛇の列に並んでいる。どうやらこれは、入国審査というものの、順番を待っている為の列のようだ。


それにしても、長時間を飛行機の中で過ごすというのは、これ程までに辛い事なのか。眠りについたと思ったら、すぐに何かしらの音や揺れに起こされてしまい、結局殆ど眠れていない。


これはやはり、興奮とか緊張も関係しているのだろう。もしかしたら、自律神経がいかれてしまっているのかもしれない。


眠れないなら起きててやろうじゃないかと、決意をしてからの敵は、やはり退屈だった。あまり身動きの取れない状況での、退屈というのは本当に嫌いだ。


これも全て、イヤホンのせいだと断言できる。もし、イヤホンを問題なく手にする事が出来ていたら、どんなに楽しいフライトになった事か。


これはもう、隣に座っていた男性のせいだと決めつけ、イヤホン泥棒として、今後一生、恨み続けるしかない。そうする事でしか、平良の気持ちに折り合いをつける事が出来なかったのだ。


でもまぁ、無事にこうして到着したんだ、彼の事はもう解放してあげよう。とにかく今の敵は、この、長蛇の列だ。徐々に進んではいるのだが、まだまだ時間は掛かりそうだ。それにしても、この入国審査というのが、非常に厄介なものらしい。


平良は、先日購入した小冊子を、ショルダーバッグから取り出した。そして、入国審査について書かれているページを開く。


そこには、質問される内容と、応え方が書いてある。だがしかし、この列の向かう先では、何やら指紋を取ったり、写真を撮影したりしている。あれはなんだ、なんだっていうんだ。このガイドブックには書かれていない。


しかも、審査をしているのは、強面の黒人男性だ。どのゲートを選んだとしても、同じような方がいらっしゃるではないか。平良の直感はよく当たるのだが、今回、天から下った直感は、『ミスは許されない』というものだった。己の直感を信じた平良は、この列に並んでいる間、他の人がゲートで何をしているのかを、しっかりと観察する事にした。



観察した結果、そこまでしっかり観察出来たわけではないのだが、流れは恐らくこれだ。まず、パスポートを渡している。そして次に親指を機械の上に置く。その後は……顔写真を撮っているのだろう。よし、完璧だ。


そして、遂に平良の番が来た。まずは、予め用意しておいたパスポートを差し出した。強面の黒人が確認をしている。


何やら話を掛けてきたが、何を言っているのか、全く解らない。しかし、観察をしていた通り、これは親指を機械に置く時だと思い、平良は親指をそっと機械に置いた。


すると、何やら彼は怒り出した。間違えてしまったらしい。でも、順番的には皆、指を置いていたのだ。指……もしかしたら人差し指だったのかもしれない。そう思い、慌てて人差し指を置いた。


すると、低く重量感のある声が「NO!NO!」と言っている。すると、「ルック、ミー!!」という言葉が聞こえた。怖すぎる。頭の中は既に真っ白だ。バクバクと身体から心臓の音を立てながら、何とか理解出来た言葉を信じて、彼の顔を見た。


きっと今、自分は恐怖に怯えた酷い顔をしているだろう。そして、どういうわけか、少し息切れを感じる。どうやら彼は、パスポートの顔写真と、本人の顔を見比べているようだ。パスポートと平良の顔を、交互に見ているのでそれが解った。すると「OK 」と聞こえた。次こそきっと親指の番だ。「OK」合っていた。


となれば、次は……次は……写真だ。平良は勢いよく彼の顔を見た。

……なんとかクリア出来たらしい。次の審査に移動だ。


平良は今、自分が犯罪でも犯してしまったのではないかと、錯覚していた。あくまでもイメージではあるか、これは犯罪者と警察官のやり取りに似ている気がする。


少しボーッとしていると、次の審査がもう既に始まっていた。言葉を聞き逃してしまったのだ。丁寧に「アイムソーリー、ワンモア、プリーズ」と言ってみた。すると了承してくれた様だったので、平良は急いでガイドブックを開いた。


ガイドブックに沿った質問をくれるはずだと思いながら、聴覚に神経を集中させ、そして目で文字を追った。……うん、駄目だ。さっぱりなんて言っているか解らない。


動揺しながらも、わざと頭を抱える仕草をして、困った素振りを見せてみる。すると、もう一人男性がこちらに近づいて来た。


凄く嫌な予感がした。


そして男性は、平良からガイドブックを取り上げると、それをテーブルの上に勢いよく置いた。平良の心拍数は16ビートで刻まれている。バスドラムの重い響きだ。先程感じたよりも息が荒くなっているのも解った。もう駄目だと、本気でそう思った。


男性は何かを質問してきた。語尾に「イングリッシュ?」と言っているのが確認出来た平良は、出来る限り自分を落ちつかせながら、「ノー、イングリッシュ」と答えた。


すると男性は凄く難しい顔をしながら、小さな声で「OK 」と言った。もう、何がなんだかわからない。パニックだ。完全にパニックだ。


男性は、先程のガイドブックに指を置きながら、もう一度質問をしてきた。それは、ガイドブックに書かれている、そのままの質問だと、平良は理解した。そして、それに書いてある通りに答えた。それを一体、何回繰り返したのだろう。6回か、7回か、もう本当によく解らない。


すると、外に出る許可がおりたような、そんな雰囲気だ。平良はガイドブックを手に取り、外に出ようと思った。もし、この行動が間違えていれば、きっと押さえ付けられるだろう。「もういい、出よう」と、意を決してその場から離れた。


すると、誰も平良の後を追いかけてくる事はない。どうやら、別の場所への移動、つまり、入国が許された様だ。嬉しさよりも、不安が先に大きくなっている。まだ到着したばかりだというのに。


荒くなった呼吸を、一生懸命に整えながら、平良は預けた荷物を受けとる場所に、なんとか辿り着く事が出来た。


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