第二話 「ダメ男、音が欲しい」
異国の方々に四方八方囲まれて、困惑していた平良だが、離陸から二時間も経つと、さすがに機内の雰囲気にも馴れてきた。
先程、機内食というものが運ばれてきた。これもまた初体験で、平良は嬉しかった。中学校で習った、ビーフorチキンという初歩的英会話が役に立ったのだ。それには激しくときめいた。
チキンを選択した平良だったが、セットされたパスタやサラダ、チキン、バケット、それらのショボさに少しがっかりだったのだが、それでも美味しく頂き、とにかくこの経験が嬉しかった。
この時点で、まだ完全には拭いきれていなかった、一息子の一徳は、もう跡形も無く姿を消し去っている。興奮、緊張、好奇心、そして防衛本能といった様々な感覚、感情により、一人の男である平良一徳は、完全復活を遂げていたのだ。
もう、小さくなった自分はいない。破天荒なセルフイメージを取り戻していた。そんな平良が次に興味を示したもの、それは、目の前にあるテレビモニターだ。
今まで経験した数少ない機内の中には、こんな設備は整っていなかった。周りを見渡すと、どうやらこれはタッチパネルで操作が可能の様だ。見よう見まねで操作を始めると、いつか観ようと思っていた映画が、何本も閲覧出来る様になっていた。
その中には、前々から気になっていた邦画も用意されているではないか。食い入るように、モニターを凝視して操作をしていた平良に、とある疑問が浮上した。それは、皆が使用しているイヤホンだ。
こういう場合、大抵はモニターの近くや、その下に備え付けられているネットの中、そういった場所にあるものだ。しかし、探してはみたものの、イヤホンは一向に見当たらない。先程、一度会話をした隣の男性も、イヤホンを着けて映画を楽しんでいる。
平良は思った。「まさか、それ、俺のイヤホンじゃねーの?」しかし、映画を中断させるのも申し訳ないし、話し掛けるにしても、何をどう話せばいいか解らない。
腕組みをしながら、平良は考えた。そして、斬新にも、音声は諦めようという結論を導いたのだ。改めて画面を操作して、気になっていた邦画を、引っ張り出してくる。
さぁ、いよいよ上映開始だ。役者達が演技をしているのがわかる。演技ってすごいなー、俺は役者なんてなれないだろうなー、なんて、無理矢理にでも楽しんでやろうと思った。でも違う。やっぱり映画ってこれじゃない。
平良は改めて思った。「やべー、超つまらねー」もちろん、始まる前から懸念はしていた。でもまさか、これ程までにつまらないとは。平良はきっぱり映画を楽しむという選択肢を諦めた。
緊張もだいぶ解け、退屈を感じ始めた頃、またしても、平良に小さな好奇心が湧いてきた。トイレに並んでいる方々が皆、恐らくではあるがアメリカ人だ。
ここに並びたい。並んでみたい。思い立ったらすぐ行動。イクスキューズミーと席を立ち、一目散に列の最後尾についた。そしてついに、数分間だけ、待ち望んでいた瞬間が訪れる。
自分の後ろにも一人、また一人と、外国人が並び始めたのだ。
なるほどなと、平良は悟った。何故この瞬間を待ち望んでいたかというと、『外国人に挟まれて並んでいる自分』というものを、ただそれだけを、感じてみたかったのだ。
きっと、着席している人達は自分の事を見て「あの子は日本人かしら」なんて思ってるんだろーなーと、想像するのも楽しいかと思ったんだ。でもやっぱり、読みは外れた。全く面白くない。
トイレに並ぶというのに、国籍は関係ないらしい。普段のそれと、何一つ変わらない。自分の番が来て用を済ませ、平良は再び席に着いた。映画鑑賞をしている人達は、さぞ楽しい事だろう。
イヤホンの存在と、そしてもしかしたら、平良のイヤホンを使っているかもしれない隣の男性を、心の中でほんの少しだけ恨み、平良は眠る事にした。
24時間以上もまともに寝ていないんだ、こんな退屈なら、到着まで寝られたらいいな、そう思いながら平良は夢の世界へと沈んで行った。そしてもうすぐ、ロサンゼルスに到着するのだ。