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らせんのきおく  作者: よへち
祐樹編
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第009話 『もう食べちゃったわ』



祐樹がここへ来てから二度目の、いや三度目の目覚め。

朝日は出ているが月はまだ出ていない。だが辺りからは鳥や虫の鳴き声が。森は自然を取り戻していた。

今朝、祐樹は試したい事があり少し早めに起きたつもりだったのだがエイは既に起きていた。


「今日も早いな。ユーキ」


「それはこっちのセリフだ。もしかして寝てないのか?」


「うむ。儂は少々寝ずとも問題ない」


どうやら本当に寝ていないようだ。夜の番が必要ならば交代でやろうかと祐樹は提案するが


「ははは、心配は不要じゃ。こんな身の上じゃて慣れておる」


祐樹は朝食に彼女が持ってきた炙った干し肉をかじる。こんなワイルドな生活にも慣れてしまった。

では行こうか、というエイに


「ごめん、ちょっと沢まで付き合ってくれ」


とエイと連れ立って沢へ行く祐樹。

沢へ着くと祐樹は小さな滝の脇に立った。エイは後ろに控えている。


「何をするんじゃ?」


「ん、ちょっとな」


そう言うと祐樹は滝の流れに目をやる。

そして意識を集中する。

魔力の感知のように肌に感覚を置くのではなく頭の芯に圧縮するように意識を向ける。


と、滝の落下速度が遅くなる。


やはりそうか。

これはとっさの時のだけではなく意識して発動できる、祐樹自身が発生させている現象のようだ。

飛び散る飛沫の水玉の一つ一つが緩やかに放物線を描いて落下するのが祐樹には見える。

その内の1つをナイフで素早く斬ってみる。半球状になった水玉はゆっくり時間をかけて個々の球体に戻る。

祐樹は集中を解いた。


世界は時間を取り戻す。


「エイ。今俺が何をしたかわかったか?」


「水玉を両断したな。やるもんじゃの」


エイのその言葉で祐樹は確信する。

これは誰かを、そして何かを遅くするのではなく祐樹自身が超高速で動けるスキルだ。

そしてその間は全てが軽くなる。今のナイフも軽かった。

最初の異様な跳躍も角ウサギを追う時の駆け足も、重力を無視したような動きだった。

使い方と特性はなんとなくわかったのだが、使用制限とかあるのだろうか。今の所これを使ったから身体が疲れるとか身体が重くなるといった症状は出ていない。だがあまり乱用は良くないのか?

祐樹はブツブツ呟きながら考える。


「おーいユーキ。そろそろ行かぬか」


「ああごめん、行こうか」


また今日も森を歩き出す。

祐樹にはもう一つ試したい事があった。

その為にも意識を広げ、探す。探しながら歩く。


---


…いる。祐樹は見つけた。覚えのある魔力の気配だ。だがどこだ?

祐樹はエイを見る。無論エイも気付いている。彼女は黙ったまま目線である場所を指し示す。


いた。


少し向こうのしげみから出てる。ツノが。

クイクイと動いているとこを見ると角ウサギは祐樹達には気付かずご機嫌で食事中のようだ。

祐樹はナイフを抜き、エイに目配せをする。それで彼女は察したのか祐樹に進路を譲る。


祐樹は意識を集中し、スキル[加速]を発動する。


すべてが時の流れを忘れる中、祐樹だけが加速し、あっという間に角ウサギに肉薄する。

あまりにもの速さに角ウサギはまだ何が起きているのか気付いていない。

そして祐樹はナイフを振りかぶる。

刃物の斬れ味は速度に比例する。

すべてが遅くなったこの世界で羽根のように軽くなったナイフ、これを祐樹は本気で振り抜いた。すると


スパンっ!


祐樹はホーン・ラビットのツノだけを切り落とした。それはまさに人参でも切るようにスパッと。

ツノを切られた角ウサギは、切られてからその事に気がついたようで慌てて逃げていった。


[加速]を解き、ツノを片手にエイの元へ戻る祐樹。


「とまあこんなもんだ」


「殺さずにツノだけを切り落とすか。いや見事なものじゃ」


「言わなかったか?俺は無益な殺生はしない主義なんだよ」


「はははっ。まさか本当にやってのけるとはな」


そう言うと彼女が手を伸ばしてきたので祐樹はツノを渡した。


「じゃが…儂もホーン・ラビットのツノは何度か獲った事あるんじゃが儂の知っている色とは違うのお?」


『もっと灰色じゃったんじゃが…?』と言いながらツノを眺めるエイ。

確かにツノは輝くような純白だ。


「だって生きてるヤツから取ったんだぜ、鮮度バツグンだ。高く売れそうだろ?」


「うむ。血抜きのできていない肉は不味くて食えんがツノはどうじゃろな」


意地悪そうに笑うエイ。

そうなのか?殺して何かが抜けてからツノを切るのが正解だったのか?と不安になる祐樹だが、


「まあいいさ。殺して高く売れるツノより安くても殺さずに取れるツノのほうが俺はいいんだよ。て言うか多分この白いツノのほうが高い!」


「じゃといいな」


エイは笑いながら祐樹にそのツノを返した。



------



それから二度の月陰の日を経た月陽の日暮れ前。彼らは街を見下ろす丘陵地帯へ到達した。あの石室を出た朝から数えて十二日目の夕方だった。



遠くに街が見えてきた。

城塞のような壁が左右に広がる、祐樹が想像していたよりもかなり大きな街だった。


「あれがナワの街じゃ。じゃがもう閉門の時間じゃ。街へ入るのは明日じゃな」


エイ曰く、この辺りは辺境でも奥地になるらしく、魔獣や猛獣も多く出没する上に野盗もいる、用心の為に日没から日の出まで旅人の出入りを規制しているという。


沢の近くへと移動し、祐樹達はいつも通りに野営の準備をする。

もうこの非日常が祐樹にとっての日常となっていた。

今夜も焚き火で炙った肉を食べ、草を枕、夜空を天井に寝床につく。

そしてまた祐樹は考える。

ここまで来て何だがしずに、そして結月ゆづきに、家族に再会する方法はあるのだろうか?


『全員が死んでからあの世で再会しろ』


というのは祐樹としても勘弁願いたい話だがもう最悪それでもいい、本当に彼女らと再会できるのなら。

エイの言葉ではカブールまではまだ遠いと言う。もしあの世で再会したらこの苦労話や冒険譚も良い土産話の一つにもなることだろう。


話したいことは既に色々ある。

だが祐樹はもう決めていた、静との再会が叶うのならば一言目はこれだと。



『あの筑前煮、もう残ってない?』







まあお察しの通りこの祐樹のモノローグは伏線です。いずれ静と再会する事があれば彼が言うのでしょう。

再会することがあればですけどね。




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