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らせんのきおく  作者: よへち
静編
76/205

第076話 『夜逃げ屋本舗』



迷宮挑戦者が押し寄せた初日『月陽』の夜。


日没後にゲオが迷宮に挑戦者を迎えに行くと、1番進んだパーティで第3階層まで到達していたという。

これは静としても予想外だった。時間も然程さほどなかったし、最初はせいぜい第2階層あたりで迷子になってるんじゃないかとタカを括っていたのだ。


「これは…もう少し難易度を上げた方がよかったかしら?」


「いや、いいんじゃないか。あのギミックもランダム性が強い、運にも左右される仕組みだ。俺も一応全部を把握してるが、それでも朝に入って最下層の石版を持って日没までに戻るってのは微妙なところだぜ?」


ゲオの言う通り、静はギミックにランダム性を持たせたのだ。静曰く『冒険者には運も必要でしょ?』とのことだ。


「まあそんな易々とクリアされても困るけど、かと言って全くの不可能ってのも問題よねぇ」


そんなワケで迷宮はこのまま稼働することに。


「で、ゲオ。迷宮の横に空き地があったでしょ、あそこに『教会』建てるわよ。職員は現地雇用で いいって遥も言ってたけど、騎士数名はイミグラから派遣してくれるんだって」


静のその言葉に表情を暗くするゲオ。過去に犯した罪で自分が、いや自分達が派遣されてきた教会騎士に捕縛されてしまわないのか心配なのだ。


「ああその事ね。遥は『不問』って言ってたわよ」


「『不問』な。そうか」


「ゲオ、言わなくてもわかってると思うけど」


「ああ、わかってるよ。罪は罪だ」


『不問』とは言われたが、それは罪が消えたわけではない。そこは勘違いせず正しく理解するゲオ。


「カブール発行の身分証も大量に送ってくれるんだって。記念に私たちもココ発行の身分証にしようかしら?」


「そりゃいいな。街の登録人口も少しでも多い方がいい。是非そうしてくれ、シズ姐さん」


と、ふと静はゲオのねぐらを見回す。綺麗好きを自称するだけあって整然としている。と言うより物がない。


「ゲオ、あなたアリエルとは一緒に住まないの?」


そもそも一緒に住んでて『内縁関係』のようなものかと思っていたのだが、そういう訳ではないらしい。


「いや、今夜から来るぜ。昼間はバタバタしてたからな」


と言ったそのタイミングでアリエルが子供たちを連れてゲオの家へやって来た。


「ありゃ、シズ姐さんもいたのかい。おジャマだったかしら?」


「いいわよ、もう話は終わったわ。それじゃあ私は行くね。アリエルも明日からもよろしくね」


そう言ってヒラヒラと手を振り、静はゲオ達のねぐらを後にする。


夜の街を歩き、自分達の小屋へと戻る静。

つい昨夜までここはあかりの殆どない『廃墟の集落』だった。

今夜は空き家だった廃屋にも多くの灯りがともり、『街』の様相を見せている。


静は思いを19億年前に巡らせる。学生時代に夜の電車の車窓から見た街灯まちあかりだ。

その街灯りの一つ一つに家庭があり、その数だけ物語がある。そしていつかは私も『自分たちの家』を持ち、あの街灯りの一つになる、なれるのだろうか、と流れる景色を眺めていた。


そののちに静は素敵な伴侶にめぐり逢い、お転婆だが元気な娘と父に似た思慮深い息子に恵まれ、そしてあの『街灯りの一つ』になった。


まさかそのはるか未来でこんなことになるとは思ってなかったけどね、と静は独り笑う。


「まあでも…そろそろ潮時かしらね」


そう呟き、結月と永遠の待つ小屋へ戻るのだった。


---


翌、『月斜』の日。

2番目の挑戦者達が日の出を待って迷宮へと入って行った。

1番目に入った挑戦者達は、昨夜あちらこちらで酒に誘われては迷宮談議に花を咲かせていたようだった。

その声により強く耳を傾けていたのはウォードを始めとする商人達だ。迷宮攻略に何が必要か、何が売れるか。それを調査し、さっそく夜半に馬車を走らせる者もいたようだ。


そして一夜明けた今日も、昨日ほどではないがポツポツと挑戦者達が街へと訪れてきた。

2日目ともあり昨日ほどの混乱もなく、順当に受付を済ませて滞在するなり戻るなりする挑戦者達。

昼過ぎにはウォードの子弟の馬車もイミグラから戻り、頼んでおいた『黒石』とイミグラの教会から依頼された『カブール発行の登録証』も届けてくれた。


「記念すべきカブールの住民登録第一号はシズの姐さんだ。さっそく頼むぜ」


と静はゲオから『白状態』の登録証を渡される。それを指でギュッと摘むと、そこにそのまま登録が移される。変わったのは登録地の項目がイミグラからカブールになっただけだ。


そして今まで持っていた登録証を見ると、今度はそっちが白状態になっていた。これ自体は誰でも何度でもリサイクルできるようだ。

まあカード自体は個人情報を表示するステータス・ウインドウみたいなモノだと遥も言っていた。そういう事なのだろう。


続いて結月も登録を移す。そして静は


「あ、そうだ。ゲオ、それの白状態のヤツ3枚くれないかな?」


「いいけどよ、そんなのどう…ああ、旦那の分だな。まあ腐るもんでもない、好きなだけ持って行ってくれ。トワはどうすんだ?」


「私は…イミグラから登録を移すわけにはいきませんので」


と断る。だが静は知っている。『永遠』はDNAを持たない存在だ。個体登録は出来るのだが方法が特殊なのだ。静達のような人間とは違い、そこらでパパッと出来るようなものではない。


「じゃあゲオ達もやっちゃいなさい。あと他にもこの街で登録したいって人いたらドンドン配ってあげてね」


そして迷宮開場2日目も特に問題の起こる事なく無事終了した。

またしても迷宮内へ迎えに行ったゲオ、初のフルタイムの日だったのだが最も深い所まで到達したパーティでも第6階層まで。


「こりゃあ迎えに行った時点で最下層の石版を持ってたらOKって事にしてもいいかもな」


と相談された静だったが


「うん…下の方はより広く難しくしてあるし、このままじゃ踏破不可能な迷宮になっちゃいそうね。でもダメ。『遠足は帰るまでが遠足』って言うでしょ?」


ポカンとするゲオ。


「ま、じきに挑戦者同士で情報交換が進んで少しずつ攻略されていくわよ。その意味でもそのルールは変えない方がいいわ」


そう言うと静は立ち上がり


「アリエル、お邪魔したわね。じゃあ私は帰るわね」


と言っていつも通り手をヒラヒラ振ってゲオの家を出ようとする。


「シズ姐さん?」


とゲオに呼び止められる。


「なあに?」


黙って静を見つめるゲオ。


「いや、なんでもない。また明日な」


「あら、明日は月陰よ。また明後日ね」


そう言って静はゲオの家を後にする。


---


「準備はできた?」


小屋へ戻った静。結月は少ないながら荷物をまとめて馬車に積んでいる。


「うん、物も少ないからもういつでもOKだけど…ホントに誰にも言わずに行くの?」


静は今夜、カブールを旅立つ。その準備を結月にさせていたのだ。


「元々長居するつもりもなかったからね。私たちのやるべき事はやったわ。これ以上は過保護すぎるわよ」


と笑う静。


「でも…別れの挨拶くらいしても良かったんじゃないの?」


「そんな今生の別れってわけでもないでしょ。どうせ私たちも東の果てまで行ったらまたイミグラまで戻るんだから。またここにも来れるわよ」


と言いつつも、結月には同世代の女友達もできていた。ちょっと気の毒な事をしたわね、とも思う静。


「ごめんね。でもね、できたら誰にも悟られずに旅立ちたいの」


まあ静には静の考えがあっての事だ、結月も特に反対もしない。


「そうね、もう少し待って皆が寝静まってから出ましょう」


---


街の灯りが殆ど消え落ちた、時刻は午前1時。


「さてと、そろそろいい頃合いね」


結月は半分寝呆けながらブツブツ言っている。


「なんで…こんな夜逃げみたいに…」


馬車の手綱を引き、そーっと街を出る静。

が、街を出る街道に人影が。待ち伏せをされていた。


「やっぱりな。そんな気はしてたんだよ」


闇夜に浮かぶその姿。曲刀を帯刀した隻眼の狼の獣人。


「ゲオ…やっぱりバレてたのね」


「ああ。まあ『勘』だよ」


ゲオのその言葉に静は溜め息をつき


「こうならない為にこの時間を選んだんだけどなぁ…」


と諦めの表情を見せる。


「まあこれは『けじめ』だ。諦めてくれ」


そう言うとゲオは姿勢を正し


「我は西の果て『グリムル』の戦士、『ゲオルグ・グリムウィン』。 シズ殿に決闘を申し込む!」


静も姿勢を正し、応える。


「私は『真島静』。貴方の覚悟、しかと受け止めました。その決闘、受けて立ちます」



そう言い、剣を抜いた。






『グリムルの戦士・グリムウィン』の名を冠した人、もう一人いましたね。正しくは二人なんですが。二人とも彼の遠い血縁者です。

アリエルのほうにもエルフの血は入っていたのですが、その後の300年でエルフの血が濃くなったようです。


元々『グリムウィン』という名は、西の果ての獣人戦闘部族グリムルで戦士に与えられる『称号』のようなものです。




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