第007話 『Let's outdoor cooking.』
日が落ちる前に沢を見つけた祐樹達は、その付近で野営する事にした。
とは言っても木の葉や枝で簡易ベッドのようなモノを作るだけだ、雨の心配もない。
空には雲一つなく沈みかけの太陽が残るのみ。月はすっかり落ちてしまった。
祐樹は沢へと降り、イノシシの血抜きをしてからエイに手ほどきを受けてそれを捌く。魚ほど上手くいかないもんだな、とこぼしながらもなんとか解体完了。
そのまま沢で行水もするのだがそこで祐樹は自分の身体の異変に気付いた。
あれ?俺、お腹こんなに締まってたっけ?
前回の定期健診での所見は『隠れメタボ』、実は脱いだら凄いんだぜ、的なボテ腹だった。
だが今の祐樹のお腹には『割れてる?』と言えなくもない腹筋がある。そういえば心なしか腕や脚や首もシャープになっている、気がする。
頭を触ると少し寂しくなり始めていた髪の毛も復活しているようだ。
「なあエイ、鏡とか持ってないか?」
「ん、どうしたんじゃユーキ?」
祐樹は身体の変化を説明する。
「うむ、儂が初めてユーキを見た時から何ら変わっとらんと思うが。鏡のぉ…」
そう言うとエイはカチッと腰の刀の鯉口を切り
「これでどうじゃ?」
と、磨き上げられた刀身を出す。
一瞬、刀身の持つ冷気にあてられそうになった祐樹だったが、覗き込んだ刀身に写り込んだその姿は…
…俺だ。
そこに写り込んでいたのは紛れもなく祐樹自身だった。だが若い。二十歳くらいの頃の顔だ。
祐樹は顔を手で触ってみる。肌のハリや質感も若い頃のそれだ。
「俺、最初からこんなだった?」
「うむ。そうじゃが」
チン、と刀身をしまう。
「死んで…若返って…ここへ来た?」
しかしまあ今更疑問が増えたところで結局は前へ進むしか選択肢のない祐樹なのだが。
せっかく復活した髪の毛だ、今度は長い友であって欲しい。深く考えては髪に毒だ。
「どうしたんじゃ、肉は食わんのか?」
祐樹のお腹が『ぐぅ』と返事をした。
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捌いて並べた肉を前にして祐樹は考える。
…火がない。
昨日まで普通に夕飯の筑前煮が楽しみなサラリーマンだったのだ、いきなり生の獣肉はなかなかハードルが高い。と祐樹が肉を前ににらめっこをしていると
「なんじゃ、火か?」
そう言うとエイは落ちてた木の枝を握る。すると木の枝は一瞬で炎に包まれた。
「魔法か!」
そうだ、この世界の人は皆魔法が使えるのだ。便利な世界だ。火があって一安心。
祐樹はそのエイの起こした火で焚き火を作り、そしてイノシシ肉を直火で焼いて食べるのだが…
…臭い。牛小屋みたいな味がする。食べた事ないけど。街に着いたら真っ先に塩とコショウを買おう。
エイに聞いてみたところ塩や香辛料、香草、種油や酒の類はあるようだ。が、お約束の味噌と醤油は無いらしい。
祐樹が『う〜ん…腐った塩漬豆と、その上澄み?』と説明するとエイから痛い人を見る目で見られてしまった。だが祐樹は思う、酒があるんだったら発酵の概念はあるはずだろ?
ともあれ空腹は最高の調味料。祐樹は臭いと言いながらも結構食べた。少し心配していた獣肉の含有魔力素は、やはり微弱だったせいかとくに腹を下すような事もなかったようだ。
余った肉は切り分けて干し肉にし、毛皮と牙は安いながらも売れるそうなので取っておく。
イノシシ一頭、ごちそうさまでした。
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夕食後、焚き火を前に座るニ人。
食後のティータイム、そんな良いものではないが祐樹にとっては昨夜目覚めてから初めての人心地つく時間だったのかもしれない。
「じゃがしかし今日のうちにイノシシが獲れていてよかったの。明日は月陰じゃしな」
「月陰?」
またもや拾った聞きなれない単語。
「あの月は四日周期で変わるんじゃよ。月出、月陽、月斜、月陰、各一日じゃな」
「それはそのままの言葉の意味で捉えていいのか?」
「うむ。ユーキが目覚めた昨夜は月陽の夜じゃ」
という事は今日は月斜だったことになる。低い位置に月があった事を祐樹は思い出す。
「ふ〜ん。で、月陰だと何かあるのか?」
「野生の獣や魔獣は活動せん。人も動けんな。あの月が消えるとみな身体が重くなる、そうじゃ」
「そうじゃ?」
「うむ、儂は何故か影響を受けぬからわからぬ」
「人によるのか?」
「いや。影響を受けぬ者など儂以外は殆どおらぬ。片手で数える程しか見た事ない。じゃがおそらくユーキも影響は受けぬぞ」
「何故…って聞いても教えてくれないんだよな」
「知らぬものは知らぬとしか言いようがあるまい」
焚き火を見ながらそう答えるエイは少し笑っている。
パチン、と焚き木がはぜた。
祐樹は深く突っ込まない事にした。
それを祐樹に教えるのは『あのお方』とやらの役目なのだろう。
祐樹も焚き火を見つめ、考えに耽る。
祐樹にしてみれば、事故で死んだと思ったら見知らぬ石室で目を覚まし、家族に会えない現実を知り、変な服に着替えてナイフを装備、そしていきなりファンタジーな世界の大冒険だ。現実感なんて欠片もない。
あの石室に残ると言ったらどうなったのだろう、全てを知るという『あのお方』とやらは家族と再会する方法も知っているのだろうか?
祐樹は浮かぶ疑問と共に家族の事を、昨日まで当たり前に存在していた彼女らの事を思い出す。そして
「静…」
思わずついて溢れ出たのは妻の名前だった。
「なんじゃ。想い人の名か?」
聞かれてしまった。照れる祐樹。
「ん、あ、そうだな。もう会えないんだろうけどな」
その一縷の望みを胸に『あのお方』に会いに行く。
「そうか」
そう言ったエイの顔からは、もう何も読み取れなかった。
元・営業職だった祐樹。エイが隠し事をしている事を、そしてそれを決して話さないという事も見抜いてます。
ですがこの時点での祐樹にとってそれは大した興味でもなく、それをおしてまで聞き出そうとは思っていません。
祐樹の望みはただ一つ
『家族に会いたい』
この旅の果てにそれが叶う事を願い、祐樹はただ歩みを前へと進めます。