第005話 『再就職』
突如見知らぬ世界で目覚めた祐樹。傍らには怪しげな和装で刀を腰にさす見知らぬ女。
そして最後の記憶は『死』。
そんな意味不明な状況下でありながらも祐樹は彼女との会話の中で『この世界』についての情報の欠片のようなものを見つけた。
それは『貨幣が流通している』という事。
金さえ払えば乗合馬車に乗れる、という事はその金を稼ぐ仕事や商売があり、そしておそらくは金さえ払えば宿にも泊まれるし食事もとれるという事だろう。
「なあ。そのお金ってみんなどうやって稼いでるんだ?」
だがしかし現状無一文だ。このまま街へ行ったところでホームレスになるのは目に見えている。
先日まで普通に家庭を持つサラリーマンだったのだ、いきなり異世界の街の片隅で物乞い生活なんてのはいくら祐樹とはいえ受け入れがたい。
「ん、金の事か?まあそれは心配はいらぬじゃろ。この辺りは辺境じゃてなかなかに強力な猛獣や魔獣の類が出るんじゃ。其奴らの身体の部位は道具や薬の素材になるのでな、街の商店で買い取って貰えるんじゃよ」
『まあこの辺りまで入り込むハンターもおらんじゃろがな』とエイは笑うのだが、祐樹はその会話の中にサラッと紛れ込んだ聞き捨てならない単語を聞き逃さなかった。
「ま、魔獣!?」
自身が死んで蘇ったという事を確信した時点でここが普通の世界ではない、とは祐樹もある程度の覚悟もしていたのだが…まさか『魔獣』とは。ってそもそも魔獣ってなんだ?
「なんじゃユーキ、魔獣を知らんのか」
エイ曰く、獣の中でも魔法を行使するものを『魔獣』と呼ぶらしいのだが、祐樹はそこでまた馴染みのない単語を耳にする。
「魔法!?」
「なに!?魔法も知らぬのか?」
いやもちろん魔法は知っている。だがそんなもの『空想の産物』だ。マンガやアニメや小説の世界ならばまだしも、とそこまで考えて祐樹はふと気づく。
「もしかして…俺も魔法を使えたりするのか?」
一度死んだのちにこの世界に途中参加したのだ、実は規格外の膨大な魔力を保有していて戦略級の破壊力を持つ強烈な魔法を無尽蔵に使えたり、各属性を網羅する素質を最初から持っていたり、もしかして俺はこの世界に召喚された英雄か破壊神か!?
と、そんな安っぽい妄想を膨らませる祐樹を
「まあ無理じゃな。ユーキには魔力が全くない」
『魔力ゼロじゃ』とエイがバッサリ。
「しかし珍しいの、魔力が全くない存在というのも」
エイ曰く人は皆魔力を持ち、当然のごとく魔法を使えるのだそうだ。
「なんだ、じゃあ魔力がないのって俺くらいなのか?」
「うむ、そうじゃな。魔法を使えぬ獣ですら微弱ながら魔力は保有しておるしの。魔力が全く無いという存在はユーキ以外には儂もあまり知らぬな」
と笑うエイの言葉にさしもの祐樹も気落ちするのだが
「まあじゃが『魔力がない』というのも悪い事ばかりではないぞ。魔力はその身より常に少量ずつ漏れ出して他者にその存在を感じ取られてしまうモノじゃからな」
なので魔力を全く持たない祐樹にはその心配がないという。さらにその特性として
『己の持つ魔力より弱い魔力は感じ取りにくい』
というのがあり、実質魔力の無い祐樹より弱い魔力なんて存在しない、すなわち祐樹に感じ取れない存在などいない。という事らしい。
「『人に悟られず人を悟る』のじゃ。そこを磨けばゆくゆくは最恐の暗殺者も目指せるの」
と笑うエイ。
---
『四十五歳、営業課長。見知らぬ世界での転職先は凄腕暗殺者!?』
---
いや、ダメだダメだ。今、天の声が聞こえた気がしたが祐樹は空の見えない石室で天に向かってその物語のタイトル変更を全力で拒絶する。
「何をやっておるんじゃユーキ?おお、そうじゃ、今の話で思い出した。これも着けておれ」
とエイが取り出したのは丸い石の付いた無骨な指輪。
「人為的に魔力を発生させる魔道具じゃ。魔力が全く無い者というのもある意味目立つからの」
と指輪を受け取る祐樹。だが彼はここで一つの疑問を覚える。この世界で魔力を持たないのは祐樹くらいだとエイは言ったのだ。ならばこの指輪は他の誰に需要があって存在するのだ?
「ああ、それは魔獣除けじゃ」
曰く、魔獣や獣は自分より魔力の強い相手にはあまり襲いかからない習性を持っているという。
なるほど『熊除けの鈴』みたいなものか。これがあれば安全に森を抜けられそうだな。と安堵する祐樹に
「ん?この辺りの強い魔獣には一切通用せんぞ」
と、バッサリ。
うん、さすがエイ。斬れ味抜群。
すると石室の入り口あたりから薄っすらと光が差し込み始めた。夜が明けたようだ。
「うむ。日の出じゃの。そろそろ出立するか」
徒歩十五日の旅か…まあ百里の道も一歩からだよな、と祐樹は重い腰を上げ、歩き始める。
剣と魔法の世界に飛ばされた、剣も魔法も使えないサラリーマン・真島祐樹。もちろん暗殺者なんかにはなりませんよ。
ここから祐樹の旅が始まります。その先に待ち受けるものとは、そして終着点にて彼を待ち受ける運命とは!?