第030話 『簗って知ってる?』
祐樹達の部屋がノックされる。
「マールです。スタンさんも一緒です」
「どうぞ」
祐樹がそう言い、エイがドアを開け入室を即し、席を勧める。
着席すると、さっそくスタンは本題に入る。
「こんばんは、みなさん。マールから話は聞いています。エイさんにご助力いただいてもよろしいのでしょうか?」
「マールがさきに述べた条件なら儂は構わぬ。じゃが1つだけ聞かせよ、スタン。ぬしは何者じゃ?」
スタンはマールに視線を向けるとマールは無言で頷く。
「私は教皇様の勅命を受け、各地の教会の不正や腐敗を調査し、解決できるものであれば解決してもいいという免状をいただいております」
と言うと、スタンは書状の様なものを取り出した。
「こちらがその免状です。一般の方には全く意味をなさない物ですが、教会関係者には絶大な力を持ちます」
例えは古いが、要はスタンは公儀隠密でこの書状が将軍のお墨付き、という事だろうか。
「と言う事は、行商人ってのは隠れ蓑だったのか?」
「いえ、ユーキさん。 あくまで私の本業は行商人です。その行商で街を回る傍ら調査する事を依頼されているのです。他にどんな方がされているのかは存じ上げませんが、同じ様な行商人は結構いるようです」
「そうか。じゃあ教会の件はスタンとエイに任せるよ。俺は俺のやり方で孤児院の件にあたる、それで問題ないよな?」
その事に関してはスタンも特に何の問題もないようだった。そしてスタンはエイのほうへ向き直り
「エイさん。マールからは絶対に見破れない変装の達人だと伺っておりますが」
顔を見合わせる祐樹とエイ。どうやらマールはまだスタンに詳しい事は話していないようだ。
するとエイ立ち上がり、スタンの傍に立つと瞬時にその姿をニースに変えた。
「え、パパ、私の実力を疑うの?私もう12歳だよ。何でもできるよ!」
ポカンと口を開けたまま固まるスタン。
ニースの姿で『うふふ』と笑うと一歩下がり、エイは元の姿に戻った。
「とまあ、こんな感じじゃ」
「…いや、驚くを通り越して我を失ってしまいました。わかりました。私はこの事を絶対に口外しません。ですので私の事も内密にお願いします」
そう約束を交わし、夜の会合は終了した。
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翌早朝、月陰の日の夜明け前。
祐樹とエイの姿は例の孤児院脇の川にあった。
正確には川の中の岩の上だ。
「なあ、エイ。この岩なんだけど、ここの面をこうなだらかにして、こっちをこうして…」
次々とエイに指示を出していく祐樹。エイは言われた通りに岩の形を変えてゆく。
先日、エイが無機物を操作できると言った時に祐樹は聞いたのだった。あの祐樹が目覚めた石室もエイが作ったのだと。
これは石を操作できるエイがいれば、と思いついたアイデアだった。
無論、石でなくとも実現できるモノだが、今回の場合は時間と労力が限られていた為、こうなったのだ。
「うん。こんなもんでいいか」
人工的に見えないように工夫して、川の中に規則的に並べられた岩。
「で、ユーキよ。これは一体なんなのじゃ?」
川岸に戻って、川に並んだ岩を見て祐樹は言う。
「これはね、ある漁具の基礎なんだ。『簗』って言うんだけど、エイは知らないか?」
首を横に振るエイ。
「じゃあどんなのが出来上がるかは見てのお楽しみだ」
「うむ。じゃが儂は明日からスタンの手伝いじゃ。しかしこちらの方が面白そうじゃのう」
「ははは。まあ出来上がったら報せるから一緒に見に来よう」
「そうじゃの」
朝日の昇るその前に、2人は宿へ戻って行った。
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翌日。月出の日の朝。
祐樹は前日に書いた図面を携え、ルークとマールと共に孤児院を訪れた。
「やあ、おはよう、ミカさん。ウィルはいるかな?」
「あ、おはようございます。今、呼んできますね」
少し緊張の面持ちだったのは、今日は男3人で来たからか、それとも先日アリアに何か言われたのだろうか。
そんな祐樹が言うのも何だが、彼女らはもう少し部外者に警戒心を持った方がいいと思っていた節もあったので、祐樹もそれを悪くは捉えていなかった。
「おはようございます、ユーキさん。なんだか川の様子が変わったようですが、何かされましたか?」
さすがはウィル、毎日ここから川を眺めているのだろう。祐樹としては変化に気付かれぬよう工夫していたのだが、ウィルには見抜かれたようだ。
「今から作る物の基礎を作っておいたのさ」
と言うと祐樹はウィルに図面を見せる。
「これは…何ですか?」
「これは『簗』という、俺の故郷に古くからある漁具だよ」
図面を食い入るように見るウィル。
「基礎は昨日のうちに俺とエイで作っておいた。その方法は聞かないでもらえると助かる。で、今日はその上物の材料集めと下準備をしようと思ってるんだ。ウィルを含めた何人か、手伝ってもらっても構わないか?」
ウィルは両手で祐樹の手を握り
「もちろんですよ!総出で手伝います!私たちの為に考えて下さってありがとうございます!」
簗の本体になる竹の採取と運搬は、竹林がすぐ川の脇とはいえ森の中だ、マールとルーク、大きな男の子を数名指名し任せる事に。
大きな女の子数名には近所の農家へ干藁をひと抱えほど分けてもらいに行ってもらった。
そして祐樹はウィルと小さな子達を伴って、孤児院の裏手の森へ来ている。
「君たちには、ここにあるこの長いツルをたくさん採って欲しいんだ。お願いしてもいいかな?」
「「「はーい!」」」
子供たちは元気に返事をして、ワイワイ楽しみながら葛の蔓を引っ張って採っていく。
「ユーキさん、僕は何をしたらよいでしょうか?」
「ウィル、君には子供たちが採ってきた葛の蔓の選定をしてもらいたいんだ。それで紐を作るのさ」
祐樹はそう言うと、子供達が採ってきた葛の蔓の1つを手に取り
「こんな風に枝分かれしている所は使えない。長さがあるならその上か下かで切り、短いのは不採用だ」
そしてまた別の葛の蔓を手に取り
「これみたいに、途中から根が出ているのもダメなんだ。強度を保てない」
と、なかなか厳しい選定基準だが、基準をクリアしたものは丸く束ねて脇に置いておき、子供たちが持ってくる葛の蔓を2人で次々と選定していく。
「よし、こんなもんでいいだろう。ウィル、みんな、お疲れ様。院へ戻ろう」
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「大鍋のお湯、湧いてますよ」
ミカには施設にある一番大きな鍋でお湯を沸かすよう頼んであった。
近所の農家へ干藁を貰いに行っていた女の子たちも戻っている。
祐樹はその大鍋に葛の蔓を入れ、茹でるとこ数分、少し柔らかくなった葛の蔓を地面に置き、その上から干藁を被せた。
「これは…どういう状況なんでしょうか?」
「これはね、ウィル。葛の蔓を腐らせるんだよ」
「え!?せっかく採ってきたのに腐らせてしまうのですか!?」
「腐らせる、と言うか発酵なんだけどね」
こうする事により、葛の蔓は余分なモノが腐り落ち、繊維が残る、という古くからある手法だ。干藁などの干草にはその為の良い菌が眠っているのだ。
「こっちの下準備はこれで終わりだよ。後は明日、これを川で洗って紐にしたらそれで竹を縛って簗の本体を作るんだ」
まあ紐くらいは街の商店で買えるし、祐樹にはその金もあったのだが、そこはやはり彼らに自力で作ったという達成感を味わって欲しいという、祐樹なりの想いだった。
「そんな訳でこっちの作業は今日は終了だ。ウィル、一緒に川の方へ見にいこうか」
竹の採取担当の2人もいい仕事をしていた。
祐樹とウィルが川へ降りてくる頃には、粗方の数は揃っていた。
予め2人には図面を見せて意図を知らせてあったのもあり、長さも太さも揃った良い竹を切り出しており、祐樹を感嘆させた。
「うん、上出来だ。これで今日やれる事は全部出来たな」
「うぇ〜…もう疲れたぜ、ユーキ」
「あれ、そうなんですか?情けないですね、ルークさん」
珍しくマールがルークを冷やかす。
「けっ、冗談だよ。まだまだイケるぜ。ユーキ、次は何すんだ?」
案外単純なルーク。だが、今日はもう何もする事がない。そんな時だ、上からミカの声が聞こえる。
「ウィルー!ユーキさーん!皆さーん!お昼ご飯できてますよー!」
葛の蔓、繊維を採るには干草菌で2〜3日ほど発酵させなきゃいけないのですが、これもまたフィクションということで勘弁願います。




