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らせんのきおく  作者: よへち
祐樹編
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第003話 『目覚め』



緩やかに意識を取り戻した祐樹。

どこかの寝台の上に寝かされているようだった。

長いこと寝ていたのか少し痛む身体に祐樹は苦悶する。


「ぃたた…あれ?」


目覚めたのと同時に事故の瞬間を思い出す。目前に迫る大型トラック、そしてあの音と衝撃。おそらくはタダで済むような事故ではなかったはずだ。だが身体は少々痛むものの大きな怪我をしたというような感じでもない。

自分の置かれたよくわからない状況に祐樹はしばし呆然とする。


そんな彼の寝台の横に立つ一人の女性。祐樹より少し若い、妻の静と同世代くらいの、見覚えのない女性だ。

祐樹がその女性に話しかけようとするその前に、彼女は祐樹に何やら話かけてきた。だが祐樹に聞こえたのは低くモゴモゴ言っているだけの声だ、何を言っているのかまでは聞き取れない。


すると彼女は困惑の表情を浮かべる祐樹の眼を深く覗き込み、何やら言葉を呟く。

次の瞬間、祐樹は気を失った。


---


「あ、俺っ、仕事っ!」


二度目の目覚め。二度寝と勘違いした祐樹は飛び起きてしまう。そして全身に走る鈍い痛みについ先程のことを思い出す。なんか女性が横にいたような…と横を見る祐樹。くだんの女性はまだそこにいた。


「あ、あの〜…」


と声をかける祐樹だが、彼が話しだすのを制するように彼女は呆れ顔と苦笑の混じった表情で話し始めた。


「まったく、ほんによく寝ておったのう。待ちくたびれたわい」


…んん?

あらためて祐樹は周囲を見渡す。

祐樹がいたのは、壁、床、天井、寝かされていた寝台、すべてが石でできた二十畳ほどの広さの部屋だった。壁に掛かった幾つかのランプが、薄暗いながらも部屋を隅々まで照らしている。少なくとも病院ではなさそうだ。


ここは…何処だ?

様子がおかしい事に気付いた祐樹だったが他に方法もない、彼女に聞いてみる事にする。


「あの…すみません、私のカバンありませんでしたか?家内は来ませんでした?」


所持品が見当たらない。服装もスーツではない、白い作務衣のような服だ。

自分がなぜこんな格好でこんなところで寝ていたのかは知らないが、とりあえずは心配してるであろうしずと早く連絡を取りたいし、何より早く帰りたい。だがカバンもなければスマートフォンも見あたらないのだ。


「ここには誰も来とらんし何もありゃせん。おるのは儂とユーキ殿だけじゃよ」


んんん?

なんだこの人?それに何その口調?

祐樹は不信感を露わに、怪訝な表情で彼女を見る。

女性である事は間違いなさそうだが…四十歳前後と思しき彼女、少し着崩した派手な長着にその胸元にはさらし、そしてこしきの男袴おとこばかまに刀を一本ざし。

これは…どう見てもふざけた浪人のコスプレにしか見えない。いい大人が何をやってるんだ?


「すみません、携帯電話お持ちでないですか?もしあれば貸して頂きたいのですが…?」


だがそんな彼女とて言葉の通じる相手のようだ。連絡手段を持たない祐樹は彼女に借りようと試みるのだが


「ケェタイデンワ?すまぬが持ってはおらぬようじゃ」


…ダメだ、日本語は通じても心は通じないようだ。

今の祐樹にこんな茶番に付き合っている余裕はない。結月ゆづきと絵里ちゃんの安否も不明だし、カバンも無ければ携帯もないので静とも連絡が取れない。さらにはカードや免許証の入った財布も所在不明なのだ。

遊んでいる場合ではない。


「すみません、私が起きるまで待っててもらっていたみたいで恐縮なんですが帰らせてもらいます。家内も心配してると思いますんで」


そう言って寝台から降りて立つと、痛む腰をトントンと叩き肩をグリグリ回しながら足早に部屋を退出する。

何だかわからないが確認する事が山積みだな…と首をコキコキ鳴らしてボヤき、長い廊下を経て表へ出た祐樹。そんな彼に一陣の風が吹き付ける。そこで祐樹が見たものは



眼下に広がる広大な森林地帯だった。



祐樹のいたその場所は、森林地帯にそびえ立つ岩山の、その中腹あたりに深く掘られた石室だったのだ。

時刻は夜。夜空には月が。

だがその月を見て祐樹は呆然とし、そして愕然とする。

大きいのだ。月が。

祐樹の知る月の、直径で言えば十倍以上の大きさの月が夜空に浮かんでいる。


「どうしたんじゃ?」


先の女性が後ろから尋ねる。


「ここは…何処だ?君は何者だ?」


女性は事も無げに答える。


「ああ、自己紹介がまだじゃったな。儂の名はエイ。あるお方にユーキ殿の護衛を頼まれてな。起きるまで待っておったのじゃ。よろしくな、ユーキ殿」


そう自己紹介をする彼女だが、そんな言葉も祐樹の頭にはまるで入ってこない。巨大な月を眺めたまま呆ける。


何を言っているんだ彼女は?

これはどういう事だ?


見たことない場所、あやしい格好の女、そしてあり得ない大きさの月。最後の記憶は事故のあの瞬間。それらから至る結論、つまりそれは…



そうか…やはり俺は、死んだのか。



そして『死の実感』と共にジワジワと湧き上がる『怒り』にも似たその感情。

ふざけるな!なんなんだこれは?死後の世界か?異世界転移か?輪廻転生か?

そんなものあり得ないだろ!信じないし、はっきり言ってどうでもいい。



どうでもいいから家族に会わせてくれ!



静に、結月に、あの家に帰らせてくれ!

俺の日常を、俺の全てを返してくれ!

なあ神様とやら、何故こんな世界を用意した?どうしろと言うのだ?


何故あの事故で俺を終わらせてくれなかったのだ!


湧き立つ形容し難い様々な感情に祐樹は拳を握りしめてうなだれ、くずれる。


「ユーキ殿、大丈夫か?」


その声にふと振り返り、見上げた祐樹の目線の先に、先の女性の腰の刀が目に入った。

あれは…あれで斬られたら…このふざけた悪夢も終わるのだろうか。


「なあ、エイ、さん、だったっけか。その腰の物は本物だろ?それで私を斬ってくれないか」


家族のいない世界に続きはいらない。

人生に悔いがないとは言わない。だがもし終わるというのなら今度こそ終わらせて欲しい。祐樹はそう願い、『死』を求めた。

だがそれを聞いたエイは一瞬キョトンとし、そして笑いだす。


「ははははっ!さすがあのお方、さすが『全てを知る者』じゃな。ユーキ殿がそう言うだろうと言っておったわ」


その反応に呆けている祐樹にエイは歩み寄り、ニヤリと笑うとこう言ったのだった。



「なあユーキ殿、あのお方に会うてはみぬか?死ぬのはそれからでも遅くはあるまい」






読んでいただきありがとうございます。著者の『よへち』です。

初っ端から命を落としてしまった祐樹ですが、これ以降は天寿以外では人死の出ない話作りを心がけてまいります。


自分なりのテーマは

『人が死なない』

『戦争や国家の争いもない』

『でも熱く戦うファンタジー』

です。


誰も心を痛めない話が出来上がればいいな、と思っております。




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