第205話 『旅人』
「うひょほほほほーいっ!」
奇妙な歓声と小気味よい排気音を響かせてマシンはリカリフ郊外を疾走する、奇妙なおっさんを乗せて。
「うむ!我が娘ながら見事なモノである!」
蒸気式自動二輪車を停め、その細部にまで目を巡らせる変人。もといロジーの父・ミシェル。
「すごいでしょ!それでね父さん、これなんだけど…」
「ふむふむ…」
とロジーは父とその機構について意見を交わし合う。祐樹と静はその平和な様子を眺めていた。
「なんだかね、吉井教授の面影が残る人があの口調で話されると…」
静は肩をすくめてそうボヤき、苦虫を噛み潰したような表情で苦笑するのだが
「え、そうか?吉井さんもあんな感じだったじゃないか」
静にとっては恩師である『吉井三津夫』。だが、祐樹にとって彼は友人、歳は離れているが『親友』でもあった。
「あのおっさんなぁ…年中悪巧みばっかり考えてただろ」
「…吉井教授の事、よね?」
その人物像は同じ人物のことを語っているとは思えないくらい、祐樹と静とでは印象が乖離していた。
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「でね父さん。帰ってきて早々なんだけど、近日中にまた旅立ちます」
「ななんと!?」
その日の夕食時に出たロジーの発言。
イミグラへの留学を決めた当初、ロジーは留学を終えたらこの街へと戻り学んだ事を活かして父と研究三昧の生活を送るつもりでいたし、父にもそう話していた。だが
「私ね、イミグラへ留学する事でいろんな事を学んだんだ」
イミグラで学んだ、のではなく留学する事で学んだ、とロジーは言ったのだ。その言葉の意味を父であるミシェルが取り違えることはなかった。
少し考える表情を見せるミシェルに
「ねえ、ダメかなぁ?」
とロジーは伺う様子を見せる。がミシェルは徐に立ち上がるとロジーの両肩を掴み
「何を言う!よくぞ言った!それでこそ我が娘ぞ!」
と両手を掲げての大賛成。ミシェルは再び着席すると小さく咳払いをし
「人の生きる道は一つではない。この街で面白おかしく研究に生きるも人生。流浪の旅に身を置くもまた人生」
ミシェルは遠い目で窓の向こうの遥か地平を眺めると、少し微笑み
「生き方の模索はきっと死ぬまで終わらないものなのだ。私と家内はここにいる、いつでも帰ってきなさい。そしてまた流離の旅に出るのも良し、だ」
だがミシェルは一転して考える表情を見せると
「だがロジーよ、生きるという事は何処であろうと少なからずは金が必要になる、という事だ」
無論、旅に必要な路銀を持たせるくらいの蓄えも器量もミシェルにはある。しかしミシェルが問いたいのは旅に生きる覚悟があるのか、という事。旅の中で生活の糧を得ることができなければ、その先に待っているのは『野垂れ死』なのだ。
だがそこは知恵者のロジー、その手段もキチンと用意済みだった。
「父さん、これ見て」
そう言ってロジーが取り出したのは『文書輸送者』の認可状。発行者は中央教会だ。
「各街の教会を繋ぐ文書輸送の資格を得たの」
教会の行っている業務の一つ『郵便事業』。これの輸送者の資格をロジーはイミグラにいる間に取得していたのだ。
「これで行きたい街への輸送を請け負ってあの二輪車に乗って旅をするの」
いいでしょ、と胸を張って説明するロジー。
するとミシェルは本当に満足そうな笑みを浮かべ
「うむ、もはや何も言うまい」
そう言って頷いた。そして晩餐に同席していた祐樹と静に向き直ると
「ユーキ殿。お二人もこれから旅に出られるとの事。もしその旅先にてこの娘に出会いましたらその際は良しなにお願いします」
と深々と頭を下げた。
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翌朝。
「ご馳走になったよ、ミシェル」
世話になったな、ありがとう、と祐樹はミシェルに別れの挨拶をする。
これから祐樹達はイミグラ方面へと踵を返し、カブールとイミグラを経てマイルの湊町、そして船でカンドへと渡りグリムリッド皇国の首都『ナワ』へと向かう。
「孫が生まれたのよ」
私、おばあちゃんになっちゃったの、と言って笑う静。
「急ぐ旅でもないしのんびり行くつもりだけどさ。ロジー、君も旅に出るんだろ、気をつけて行くんだよ」
じゃあミシェル、また近くを通る時は寄らせてもらうよ、と言うと祐樹はスロットルを握り、二人を乗せた自動二輪車は小気味良い排気音を響かせて街道を走り去っていった。
いきなりミシェルの奇声で始まりましたが、最終章『らせんのきおく』編です。
といっても登場人物それぞれの後日談や日常を少し紹介してゆく章になる予定です。