第203話 『その後の進路』
「あぁ、ほんっとに素敵な舞台だったわ!」
観劇を終え、満面の笑みで感嘆の言葉を述べる静。
『ねえ父さん。たまには母さんを誘ってデートでも行ってきなよ』
祐樹は結弦に即されてミュージカルのチケットを貰った。最近になって活動を再開したという有名な劇団の復活公演で、とても評判が良いというのは祐樹も耳にしたことがあった。静と二人で劇場へ観劇しにきたその演目は
『剣の姫と十三番目の騎士』
主人公はとある国のとある姫。その剣技から世界最強とも謳われる『剣の姫』。そしてもう一人の主人公、それはその彼女が忌み嫌う、誰からも避けられていた醜く小汚い風態の『十三番目の騎士』。
だがその騎士こそが国を支え、国王の影となり人知れず国と国民を守り戦い続けていた人物だった、という物語だ。
その主演女優である『剣の姫』を演じるのは、祐樹の友人でもあるギリアムの一人娘、カレン・グラシエ。そして
「それにしてもあの十三番目の騎士の歌声!あれはハイ・バリトンかしらね、あんな声で歌い上げられたら女はみんな痺れちゃうわよ」
街でウワサになるのもわかるわ、と主演男優の歌声を頭の中で反芻し、静にしては珍しく恍惚な表情を浮かべる。
舞台の中では最終的に結婚する剣の姫と十三番目の騎士なのだが、
「結弦から聞いたんだけどな、あの二人って実生活でも夫婦なんだって」
その組み合わせに静も思わず
「へぇ〜、まさに『美女と野獣』ね」
と失礼な感嘆を漏らしてしまう。
だがそれも仕方あるまい。その主演男優、歳の若い小柄なドワーフなのだがその顔には立派な髭を蓄え、筋骨隆々。まさに『野獣』そのものなのだ。
あれで『歌手』だなんて、誰もが彼は職業を間違えてしまったのではないか、そう思うだろう。しかし
「まあ実際、あの歌声は凄いよな」
その躯体から生み出される歌声の素晴らしいこと。男である祐樹ですら心が引き込まれてしまうその歌声。そしてその歌声に精神的にも物理的にも痺れるこの身体。まるで『世界の中心』がそこにあるのではないかと錯覚してしまうほどの魅力、いや引力か。もはやあれは『歌うブラックホール』だ。
「私ね、本音のところを言うとミュージカルってあまり興味がなかったの」
記憶にあるのは幼い頃に行った課外授業の舞台観劇。だがそれに対しての興味は今もそう変わっていない、そう思っていた。
「こんなに素晴らしいものだったのね」
演技とセリフに合わせて歌を歌う、ただそれだけだと思っていた。
だがその一挙手一投足、その歌は静の心を鷲掴みにし、目も心も釘付けにされる。感動のフィナーレに文字通り感動し、涙が溢れた。
「それはあの彼と彼女が凄いってのもあるんだろうな」
この公演はあと数日で千秋楽を迎え、その後の劇団は街々を公演で回っていく。いわゆる『全国ツアー』だ。
「俺たちもまたこの街を立つし、もしかしたらまたどこかの街であの劇団とも巡り合うかもな」
祐樹の横でその腕をとり、静は優しく微笑むと
「じゃあ約束ね。もしどこかの街でこの劇団の公演に巡り合ったら、その時もまた二人で見に来ましょう」
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二人がスタンの邸宅へ立ち寄ると、スタンとミラは再びの旅立ちの準備をしていた。
「そもそも私たちは大司教様に急遽呼び戻されたのですよ」
大司教ギリアムはメサイアの件が自身の手に負えないと判断すると、即座に祐樹とスタンに連絡を取った。そしてスタンは娘の危機を知り、旅先から飛んで帰ってきたのだ。
「そっか。じゃまたグルメツアー再開だな」
祐樹の言葉に『一応は仕事なんですよ』とスタンは苦笑。
ニースと結婚した結弦は、借家だったあの石造りの家を返却しこちらのスタン邸へと引っ越す。
「誰もいない家は傷みますからね」
なので当面、二人はこの家で新婚生活を送るようだ。
「こんにちわー。あ、ユーキさん!『例のモノ』準備できましたよ」
そう言って玄関から顔を覗かせたのは
「やあロジーこんにちわ。そっか、ありがとう。じゃあそっちも見に行くか」
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「とうさま、かあさま、どうだいコレ」
そう言ってドヤ顔で胸を張る遠。その遠の前に鎮座する二台のとある『モノ』
「おおっ、スゲぇ!いいな、いいなコレ!」
祐樹はそう言って満面の笑みでそれのハンドルに手を添える。
場所は結弦の勤務先であった学園にある物置小屋。そこにはロジーが機構を設計し、祐樹が助言とイメージを加え、そして遠の能力をもって製作したモノ達があった。一台は発明者であるロジー自身の分、そしてもう一台は祐樹が静との旅に使う分だ。
「ふふふっ、いい感じに仕上がりました。それじゃあさっそく起動しますね」
ロジーがソレの始動スイッチを入れる。すると
ダダタンッ、ダッ、タッ、タッ、タッ、タッ、
スチームエンジンからリズミカルなアイドル音が鳴り出し、排気パイプからは白い蒸気を吐き出す。『鉄の馬』とも称される二輪の機械。いわゆるバイク、もとい『スチームエンジン式自動二輪車』だ。
その燃料はライダーの持つ『魔力』。この時代に生きる普通の人々ならば己の精神力の持つかぎりどこまでも走り続けて行ける。
だが祐樹たち『天人』は魔力を持たない。なので祐樹たちのバイクは特別仕様だ。ロジーがそのバイクの燃料タンクを持ち上げる。するとその上部がパカッと開いた。
「どんなモノでも構いません、ここに魔石か魔力の帯びたモノを入れて下さい」
タンク内には大小様々な魔石がはいっていた。そしてそのタンク表面にはアナログメーターが備わっている。それでタンク内に残存する魔力の量を量れるようだ。
「いいかい、捻っても?」
子供のような顔で祐樹はそうロジーに問う。ロジーの許可を確認すると祐樹はそのバイクのアクセルを軽く捻る
ダタタンッ!ダタタタタンッ!
小気味良い単気筒エンジンの排気音が周囲に響き渡る。
「これは…これは、良い!」
祐樹はその素晴らしさを静に伝えようと言葉を駆使して語るのだが
「私はあなたと一緒なら馬でも何でもいいのよ。でもあなたのそんな顔がみられるのならバイクも悪くないかもね」
と静も自身の指定席であるその後部座席に跨がる。柔らかいクッションシートには背もたれもあり、さらにその後ろには荷物が積めるように工夫されてある。
「ふぅん。悪くはないわね」
その言葉とは裏腹に満足げな表情の静。
これに乗り、祐樹と静の気ままな二人旅は再び始まる。
「じゃあまずは試験運転よね。ロジー、あなたの実家まで行くわよ」
その最初の行き先はリカリフである。
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あらかたの引っ越し荷物を片付けた結弦は、ニースと共に街を見下ろす小高い丘にある墓地へと赴いていた。
歌聖カノンの眠る墓標。その墓前へと花を手向け、しばらく黙祷を捧げるとポツリと呟く。
「俺、カノンの事が好きだった。でもさ、俺が後悔したのは彼女と一緒にならなかった事じゃなかった、その思いを伝えなかった事だったんだ」
横に立つニースのその手を取り、瞳を見つめる。
「だからさ、もう後悔しないよう大事な想いはすぐに伝えていこうと決めたんだ」
結弦は跪き、ニースの手を両手で優しく握る。
「ニース。俺は君が好きだ。俺が一生守る。だからこれからもずっとそばにいてくれないか」
ニースは目に涙を溜めながら微笑むと
「なに言ってんのよ。私たち結婚したんだよ?一生ずっと一緒よ。嫌だと言っても絶対に離したりなんかしないんだから」
そう言って結弦に抱きつく。
しばらくの沈黙の後に結弦は口を開いた。
「…もうここにはあまり来ない、かもしれない。カノン、君も俺の幸せを祝ってくれるよな?」
無論、墓石は返事をしない。だが
『おめでとうユヅル!キミ達も幸せになるんだよ!』
二人にはそんな声が聞こえた、ような気がした。
おめでとう、結弦。君も姉のように幸せになるんだよ。
…ってアナタ幸せですよねユヅキ?
最近とんと出番のないユヅキ。結弦編を締めたら各々の短編を入れる予定なので、出番はそこまでお預けです。
ちなみに結弦は学園を退職。カレンも既に退職しています。
その代わり、という訳でもありませんがニースが非常勤講師として学園に所属しています。
そして結弦の再就職先、それは次話以降にて。