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らせんのきおく  作者: よへち
祐樹編
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第002話 『真島祐樹』



「じゃあ真島課長、お疲れ様です」


「はいよ、お疲れ様ー」


そう言葉を交わし、帰途につく。

一日の仕事を終えた彼はビルの谷間から見える狭い空を見上げると、苦笑まじりの溜め息をつき駅へと向かって歩き始める。


真島まじま 祐樹ゆうき・四十五歳。

三十歳の時に職安を通じて中途採用で入ったこの会社だったが、それも勤続十五年。少々不慣れな営業職ではあったものの、持ち前の気合いと愛想の良さ、そして家族の存在を心の支えに何とかここまでやってきた。


夕暮れ時の街は金曜日という事もあり、今夜を遊ぶ浮かれる人たちや若者たち、そして家路を急ぐ人たちでにぎわっていた。その雑踏の中を祐樹は足早に歩き、彼もまた家路を急ぐ。


と、道の脇へ寄ると祐樹は足を止め、カバンからスマートフォンを取り出す。ディスプレイには妻からのメール着信の表示。


[お疲れ様ー。今日はいい話があります、なるべく寄り道せずに帰ってきてね。ちなみに今夜は筑前煮で〜す(^^)v]


祐樹の妻・真島まじましず・三十九歳。

祐樹が以前に勤めていた勤務先にアルバイトとして来ていた縁で知り合い、紆余曲折を経て祐樹と結婚した彼女。華奢きゃしゃで可愛げな見た目とはうらはらに、その実態はなかなかの『女傑』だった。


実家が剣道場を営んでおり、物心ついた頃から竹刀しないを握り続けていた彼女、高校時代には全国大会での優勝経験もある。

学業の方も、大学のゼミでの研究を大学院まで続けて博士号を取得。まさに『文武両道』を絵に描いたような人物だった。

そんな彼女も結婚・妊娠・出産、そして育児を経て角が取れたのか、今は『あそこのスーパーの卵が安い!』と自転車チャリンコをかっ飛ばす、まあ良い母親だ。


---


普段通り『帰るメール』を送り、普段通りに返事を貰う。いつもの時間の地下鉄に乗り、なんとなく見覚えのある乗客たちに囲まれながら電車に揺られ、そして見慣れた自宅近くの駅を出る。


『昨日と同じ今日はない』


人はそう言うが、祐樹にとっての今日は昨日とほぼほぼ同じだ。だが別にそれを悪いことだとは思わない。

そこそこにやり甲斐のある仕事、一般サラリーマンの平均的な給与、そして何より『賑やかな家族に囲まれるこの日常』。それを否定的に捉える要素などどこにあろう。

『家賃の代わりに』と背負う事を決意した住宅ローンでさえ、少しずつ減ってゆくその残高を見てほくそ笑む毎日だ。


そして明日もまた今日と同じような一日が訪れる。その事をこの時の祐樹は信じて疑う余地など微塵もなかった。


---


筑前煮か…なら今夜はビールより焼酎だな。


そんな勿体もない事を考えながら歩く駅から家までの道のり。ふと前を行く女子中学生二人に目がまった。

剣道具一式を担いで歩く二人。一人は祐樹の娘の結月ゆづきだ。もう一人は近所に住む佐伯さんのトコの娘で幼馴染の絵里ちゃん。二人とも剣道場の帰りのようで、タイミング的にどうやら同じ電車に乗っていたらしい。


真島まじま結月ゆづき・十四歳。

祐樹と静の娘で、現在中学二年。そんな年頃のせいか最近の彼女の言葉には辛辣しんらつなものが多い。だがそれが本音ではない事くらい祐樹にもわかっている、なのでそれに目くじらを立てるような事はしない。まあいわゆる『ツンデレ』さんだ。ただし『デレ』はない。


だが母である静は違うようで『お父さんに向かってなんて態度なのっ!』と結構な剣幕で叱っていたりするのだ。そしてそれをたしなめる祐樹。

だがそれはある角度から見るとバランスとコミュニケーションの良く取れた家族だった。会話も関心もあるのだ、互いに。


祐樹の少し前を友達と共に歩く結月。おそらく彼女も祐樹が少し後ろにいる事に薄々は感づいているだろう。だが祐樹は声は掛けない。もしここで祐樹が声でも掛けようものならば後で


『ちょっと!友達といる時は声かけないでよね。ずいじゃん!』


なんて言われてしまうのだ。

なので祐樹は素知そしらぬ顔で彼女らの少し後ろを歩く。

自宅近く交差点、信号は青。彼女らはなんの疑いもなく横断歩道を渡り始める。それにならい祐樹も横断歩道を渡ろうとするのだが、その時、右側から尋常ではない気配を感じ、目を向けると…


減速もせず大型トラックが突っ込んで来る!


運転手は手にスマートフォンか何かを持っているのか手元に視線を集中し、前なんて見ちゃいやしない!

大型トラックの進路上には横断歩道を渡り始めた結月たちが!祐樹はとっさにダッシュし、彼女らを突き飛ばす!


「あぶないっ!」

「なにっ!?」

「きゃあ!?」


彼女らが見た祐樹の顔はどんなだっただろう。


死の恐怖に恐れおののく顔か。

二人を救えた安堵の顔か。

最愛の家族との別れを惜しむ顔か。

はたまた食べ損ねる事となってしまう筑前煮を想う顔か。



何も確認する事の出来ない音と衝撃を最期に、祐樹はその意識と生涯を閉じた。





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