第199話 『茶番劇』
時系列を少しさかのぼる。
静と祐樹が久方ぶりにカブールへと戻った際、祐樹は知人の男『ギリアム』に話があると呼ばれて出かけていた。そして
「あらどうしたの?そんな浮かない顔しちゃって」
シャルとトマの相伴に預かっていた静はその夜、宿にて祐樹と合流した。が、静の元へと戻ってきた祐樹の顔は暗い。ギリアムから聞いてきた話は決して良いモノではなかったようだ。
少し深刻そうな表情で祐樹は話し出す。
「そうだね…まあ単刀直入に言うと、ニースがメサイアに睨まれて世界から消されるかもしれない、って話だったよ」
「ニースが?」
もちろん静もニースの事はよく知っている。友人でもあるミラの娘だ。祐樹は静にもニースのその事情を詳しく説明する。
「そっか。そうね、でも回避する方法もあるわよ」
気づいてる?と静は祐樹に振るのだが、祐樹は渋い顔で首を横に傾げる。
「…すまん、わからない。どうしたらいいだろう?」
そこで静はヒントを出す。
「そうね、じゃあ…私たち『真島家』の人間は、あの時メサイアと遥と『約束』を取り交わしたじゃない、おぼえてる?」
遥が世界の存続を決断したあの時、遥は祐樹たち『古代人類』、そして自身を護る回復プログラム『メサイア』との間で約束を取り交わした。それは
「ええと、たしか『世界の存続のために協力し、互いにその存在を不可侵とする』だったっけか?」
簡単に言うと『世界の未来の為に協力し、ケンカせずに生きよう』という事だ。
「そうよ。だから世界にとっての脅威が発生したら、メサイアがそれを排除する事を私たちは妨害できないの」
静のヒントに祐樹は困惑する。
「なんだよ、じゃあニースはもう絶望的って事じゃないか?」
だが静は言ったのだ、『回避する方法もある』と。
「でもね、ニースが脅威判定されるもっと前に、世界の摂理を超える力を手にしていながら未だメサイアに目をつけられることもなく生きている男がいるわ。誰だかわかる?」
祐樹の記憶の中に、該当する人物が一人いた。
「…ルークの事だよな?」
ルーク・グリムウィン。彼はメサイアの乗っ取りを喰らった際、『空間転移』の力を手に入れた。それはこの世にあってはならない、世界の摂理を超えた能力。だがメサイアの処分対象にはならず、今もグリムリッド皇国で皇帝として結月とともに暮らしている。
「でもさ、それってその責任の一端をメサイアが担っているからじゃないのか?」
無論、メサイアにその身の乗っ取られなどされなければ、ルークにあの能力が身につく事もなかった。だが
「ちがうわよ。メサイアは、アレは遥とは違って純粋な『プログラム』ですもの、責任感なんてモノは皆無よ」
その言葉を聞いてしばらく考え込んだ祐樹は『はっ』と顔を上げると
「結月と結婚したからか!」
祐樹の気づきに静も満足げにうなずく。
ルークが脅威判定の対象外になったのは、真島家の一員に、『天人の血脈』に参入した為に『互いに不干渉』を適応される存在になったからなのだ。
「そう。だからね、スタンたちとも話し合ってニースを私たちの養子として『養子縁組』してもいいんだけど…この場合はあの子と『結婚』してもらったほうが良策かもね」
そう言って静は微笑むのだが
「あの子って…結弦のことか!?」
祐樹は渋い顔をして唸る。
「あらあなた反対?」
ニース。スタンとミラ、あの二人の娘らしく聡明で気立も良く、家族の一員として迎える事に静は何の不満も見当たらない。静は何が不満なのかと祐樹に問うのだが
「いや、そうじゃないんだ。彼女にも思うところがあるんじゃないか、って事さ」
そんな事情だとしても『望まぬ結婚』など押し付けたくない、というのが祐樹の考えなのだが
「まあ呆れた!あなたあの子たちと一緒に旅したんでしょ?なんで気づいてないの」
肩をすくめ、静は首を横に振ってため息をつく。静から見るとニースの結弦への想いなどあきらかに見え見えだったからだ。
「そう…だったのか。なら俺は反対しないよ。でもそっちは良いとしても結弦のほうはどうなんだ?」
祐樹から見た『結弦』は、色んな意味で『強者』だった。だが強者であるが故に他者を求めない、独りで目的を遂げようとする志、そしてその力を持つ人物。
祐樹自身の若い頃と比べても、結弦のほうが圧倒的に強く立派だと思えた。
だからこそ伴侶を、人生を分かち合える誰かを彼が求めるとは思えなかった。
「あの子そういう部分は私たちに似たのかもね、私もそうだったし」
大学生だった頃に静は祐樹と出会った。
だがその頃の静も、ある意味で『満たされていた』。没頭できる学業と研究、そして剣道。文武両道を地で行く我が身に非常に満足していた。自分に足りないモノなどない、と本気で思っていたのだ。
「でもね、そんな私だったからこそあの時に感じた『この人と共に在りたい!』って想いは本物だって確信してたし。私思うの、あの時の自分を信じていなかったら私は一生涯結婚しなかっただろうなって」
そんな静のゆるい惚気に祐樹は少々照れながらも
「じ、じゃあニースは結弦にとって必要不可欠な伴侶になれる、って事なのか?」
静は不敵に微笑むと
「もうなってるわ。あれはあの子が自覚してないだけよ」
だからね、と言って静は祐樹に自身の立てた『茶番劇』を説明する。ニースを失うかもしれない、という危機感を煽るものだ。
「…いや、それって少し酷くないか?」
「え、誰に対して?」
その内容、どう考えても自分たち夫婦が『嫌われる役』になってしまう。
「いいじゃない。ニースは救われ、あの子はニースと結婚する。万々歳じゃない?」
「そのかわり俺たちが嫌われるけどな」
祐樹は渋い顔でため息と共に言葉を吐き出す。
「あら、私は好かれる為に母親やっているわけじゃないわ。あの子が幸せになるのなら私は鬼婆でかまわないわよ」
優しい表情でそう語る静。祐樹も
「…その通りだな。よし、今回は俺もガンバるよ」
こうして静発案の茶番劇は実行に移されたのである。
もちろん、結弦はこれで納得しません。てか怒ってます。といいますか静はわざと怒らせたのです。
それは結弦が一人の大人として立つための『通過儀礼』だと静は考えたから。
なぜ怒らせたのか、それはまた次話の後書きあたりで説明します。