第198話 『選択した未来』
「結弦。私たち『天人』は世界の真の姿を知る者として、世界とそこに住まう者たちとの間の『調停者』で在らなければならない。それはわかるわよね」
相変わらずの無感情で言葉を紡ぐ静。それに対し
「ふんっ、そんなこと知ったこっちゃないよ」
結弦は吐き捨てるように言葉を返す。
「天人は世界の継続を望み、『世界』と契約した。その責任があると言っているのよ」
だから、世界の秩序と安定の為に『ニースの消滅』を受け入れろとでも言うのか。結弦は髪の毛が逆立たんばかりに激昂する
「知るかっつってんだよっ!」
拳を握りしめた結弦が今にも飛びかかろうとする、そんな時だった。
「待って!!」
ニースが結弦を背後から抱きしめ、それを止めた。
「ねえユヅ兄、もうやめて…」
「なんでだよっ!やめられるワケがないじゃないかっ!!」
ニースの『世界からの消滅』、それは死ぬことと同義だ。
結弦は振り返り、ニースの両肩を掴んだ。
「ニース、君がいなくなったら、僕は…僕は…」
そんな結弦に静は追い討ちをするかの如く、さらに無感情に言葉を浴びせる。
「結弦、その娘はもう諦めなさい」
次の瞬間!神のような速度、まさに『神速』で結弦は静との距離を詰め、猛烈な『怒気』とともに拳を繰り出していた!
だがそれは静に見切られ、あっさりとかわされる。至近で、噛み付かんばかりの距離で静を睨みつける結弦。
「…かわりなんてすぐみつかるわよ」
「っざけんなっ!」
一旦後ろに跳んで距離を取り、再び拳を構える結弦。だがその拳をニースがその手で優しく包み込んだ。
「ねえユヅ兄、もういいよ。私、ユヅ兄がそんな風にしてシズさんに逆らってくれて、怒ってくれて、もうそれだけで充分だよ。だから…」
だから…己の消滅を受け入れるというのか。いやそんなワケがない、現に微笑むニースはその瞳に涙を浮かべ、少し震えている。
当然ながら結弦もそんな事を受け入れられるはずもなく
「よくないっ!そんなの僕がダメなんだっ!」
今度は結弦がニースのその手を握りしめた。
一度大きく息を吸うと今度はゆっくりと息を吐き、若干の冷静さを取り戻すと結弦はニースの瞳を優しく見つめる。
「聞いてくれるかいニース。僕はね、本当に愚かなんだ」
そう言って結弦はニースの前に跪いた。
「ニース。僕は君の想いに返事をする事もなく、それでも君はなんとなくずっと僕のそばにいてくれるものだと思ってた」
結弦はニースの手を取ると、その手を優しく包み込み、ニースを見上げた。
「でもね、自分の欲しい『未来』は自分で選ばなきゃいけない、勝ち取るべきなんだ。そんな当たり前のことが今になってやっとわかったんだよ」
そして結弦は片手を胸に手を当て、告白する。
「ニース。僕と結婚してくれないか」
僕と共に生きてくれ、と結弦は微笑む。途端、ニースはボロボロと涙を流し、跪く結弦に抱きついた。
言葉も出ず、ただ涙を流してニースは頷き続ける。
地下のホールにニースが鼻を啜る音だけが響く。
「ありがとう…でもまずは」
ここから逃げなければ未来などない。
だがあのメサイアから逃れられる場所なんて『仮想世界』には何処にもない。それに最高権限者である祐樹と静にはあの本による世界改編も通用しない。
「だからといって…!」
絶対に諦める事など出来ない。これからの未来、彼女と共にあろうと決めたのだ。たとえどんな手段を用いたとしても…!
跪いて抱き合いながら、結弦はニースの耳元で囁く
「ニース。僕はもう決めた、僕は我儘に生きる。僕は僕のために、君を守るために、その為に生きるよ。他の全てをブッ壊してでも!」
決意も新たにニースの手を取り立ち上がった結弦。
が、その目に飛び込んできたものは、先ほどまでの無感情とは打って変わり満面の笑みで微笑む静、そして
「結弦、すまん」
と手を合わせ、若干の苦笑いで謝っている父・祐樹の姿。二人とも普段よく見るいつも通りの姿に戻っていた。
そんな様子に拍子抜けするのの、結弦は油断をしない。
「な、何がおかしいんだよ!?ジャマするんだったらたとえ父さんが相手でも僕は容赦しない!」
僕は彼女と逃げ切ってみせる!と身構えた結弦に、静が優しく声をかける。
「ごめんね結弦。ちょっとだけそのまま待っててくれる?」
そう言うと静はドヤ顔でメサイアへと向き直り
「どう、メサイア?」
「………登録の変更を確認。最高権限者との条約により当該人物を脅威の対象から除外、次いで脅威の消失を確認。現時点をもって警戒フェイズを破棄し、システムを通常モードへと移行します…」
そう言うとメサイアは目を瞑り、その着ている衣装を白を基調にしたモノに変化させ、そしてその髪も漆黒から透き通るような水色へと変化した。
遥が戻ってきたのだ。その戻った遥が一言
「結弦様、ニースさん、ご結婚おめでとうございます」
そう言ってニコリと微笑んだ。
静の茶番でした。
まあ実際にニースは世界の脅威として処分されるところだったのですが、そこから救う方法の一つに『結弦との結婚』があり、静はそこへと誘導したわけです。
次回、時系列を少し戻してその経緯の説明回になります。