第197話 『対立』
『それ』の存在を初めて知った時、本当に驚愕した。
私がイミグラへ来てまだ間もない頃、観光に連れて行ってもらった隣街・カブール。
その中心にある、かつて『魔王』が住んでいたとされる彼の地、今は観光名所となってしまった巨大地下迷路。
誰もが興味を持つソレなんかよりも私の興味を惹くモノがそこに設置されてあったのだ。それは
『スターリングエンジン』
人の力を、『魔力』を使わず、さらには何も消費することなく『雷撃』の力を恒久的に生み出し、そしてそれを生活に活用する技術。
『これは僕の母が設置したんだよ』
そう言ってその仕組みを解説してくれたユヅルさん。それ自体は本当に簡単な物理現象の理屈を組み合わせて創られた『機械』だった。
けれども私がその知識を持っていたとして、はたしてその結論に至れただろうか。
私は『リカリフの変人』と名高い(?)父・ミシェルから幼少の頃より教育を受けていた。他の人より多くの知識を持っていると自負していた。けれどもそれは本当に『机上の空論』にすぎなかった。
たとえどんな知識でも、技術として活かされなければそれは『力』とはならない。
そんな言葉を思い知らされた。
それと同時にこの機械の製作者であり天人でもある、ユヅルさんの母親『シズ』さんにも会いたくなった、会って話を聞きたかった。ユヅルさんはつねづね洩らしていた、『あの人は天才だよ』と。
ニースも言っていた、夫であるユーキさんもとても人柄の良い人だと。ユヅルさんもいずれ紹介してくれると言っていたので二人に会う事はとても楽しみにしていた。
楽しみにしていたのに、なのに…どうして?
「母さんっ!あなたは自分が何を言っているのかわかっているのかっ!?」
激昂し、ニースを庇いながら母親を睨みつけるユヅルさん。
けれどもシズさんもユーキさんも全く感情のない瞳をユヅルさんに向けるだけ。そしてシズさんとユーキさんの間にはいつもと違う雰囲気の、黒を基調とした教皇服に身を包み、髪まで黒くなってしまっているハルカ様の姿が。
え、どういうこと?ニースが…消去される!?
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始まりは何の変哲もない普通の日の夕方。
学園での受講が終わったニースとロジーは、まだ仕事が残っている結弦に代わり買い物をしてから帰宅、結弦が帰宅すると三人で料理をする。それがニースとロジーが結弦邸に下宿してからの日課だった。
「あっ!そういや今日の講義で言ってた…」
「ニース。質問はいいけどさ、とりあえずは口の中のもの飲み込んでからにしてよ」
あわてて口の中のものを噛み砕き、水で流し込むと
「ごちそうさまっ!ノートノート!」
そう言ってニースは自身の食器を片すと、ノートを取りに二階の自室へと上がっていった。ロジーも手を合わせて『ごちそうさま』と呟くと食器を片づけ
「たぶんニースの質問ってアレだよ、今日の講義で言ってた…」
と、今日一日の報告やら復習などが始まる食後の時間。そんな時だった。
コン、コン、コン、
ドアのノッカーが鳴らされた。夕食も終わり、もう陽も落ちたこんな時間。普通なら来訪など遠慮するこんな時間に来客?その正体とは
「ユヅル、私です、スタンです。大事な用があって来ました。こんな時間に失礼しますよ」
あわてて玄関をあける結弦。そこにいたのはスタンとミラの夫婦、そして
「すまないなユヅル。しかし本当に大事な用なのだ」
荘厳な司教服に身を包んだ男性
「ギリアムさん…一体どうしたんですか?それにスタンさん達も。お二人は今は旅先だったのでは?」
ともかく三人をリビングへと通す。と、そのタイミングでニースがノートを持って上から降りてきた。
「あれっ、父さん?母さんも。どうしたの?」
「やあニース。元気そうだね」
そう挨拶するスタン。その表情はやや暗い。
「なによ父さん、このまえ旅に出るって出てったばっかじゃん。もう帰ってきたの?」
そんな寂しそうな顔してさ、とニースは笑っているが、そのスタンとミラの表情は『寂しさ』ではない。どちらかというと『困惑』や『憐憫』に近い。
「ニース、落ち着いて聞いてね。大司教様からお話があるの」
とミラに即されてギリアムはその苦い表情のまま卓上に一枚の書状を広げる。
「すまぬ。私にはどうする事も出来なかったのだ」
散々、手は尽くしたのだが…と洩らすギリアムが広げた書状に書かれていたのは
『ニース・スペンサー、貴殿に異端の疑念あり。天人立ち会いの元、教皇が審問する』
「えっ、異端…審問?またぁ!?」
まさかの異端審問、しかも二度目。
いや、二度目とあってあまりそれを重く捉えていないニースだったのだが
「すまぬニース。これは私の娘の悪戯だった前回とは違い、本当にまずいのだ」
そう言って己の無力さに苦悶するギリアム。
それも仕方あるまい。真の意味での『異端審問』、それはほぼ『極刑』だ。しかも教皇直々にと書いてある。ん?教皇?
「え、でも教皇様って事はハルカ様がって事だよね?ハルカ様なら…なんとかしてくれる、よね?」
と助けを求めるようにニースは結弦を見る。結弦も
「天人立ち会い、って書いてあるし、て事は僕が立ち会うって事ですよね?」
結弦もその事を重く捉えはしなかった。
「ともかく貴方がたが直々に呼びに来られたのです、すぐに参りますよ」
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行き慣れた教会地下のあのホール。そこに着くやいなや大司教ギリアムは膝を折り跪く。続いてスタン、そしてミラも。そのホールの中央にいたのは
「え、父さん!?母さんも?」
結弦の両親、祐樹と静が見たこともないような格好を、『教会の儀礼服』を着て立っていた。だがそんな事も霞むほどの人物がその間に立っていたのだ。その驚愕に思わず結弦も身構える。
「お前は…メサイア!!」
黒い遥。あの時の恐怖が脳裏に甦る。その恐怖の象徴が両親と共にそこに立っていた。
「教皇の御前です。頭を下げなさい」
感情の籠らない目と口調で静は言葉を紡ぎ、ニースとロジーはあわてて跪く。だが結弦は
「メサイアっ!お前は僕の両親に何をした!?」
と怒りも露わに叫ぶ。あの両親がメサイアに同調するなど考えられない。まさかマインドコントロールでもしたのか!?
「メサイアっ!あの『約束』、まさか忘れたとは言わせないぞ!」
どうなんだ、答えろっ!と叫ぶ結弦にメサイアはなんの反応も示さない。そんな結弦を無視して静は話し出す。
「ニース・スペンサー。貴女はこの世界で超えてはならない枠を超えてしまいました。よって貴女はこの世界の脅威と判断され、『世界』により『消去』されます」
「…えっ、それってどういう…」
茫然自失にその言葉を聞くニース。そして結弦。一体この母は何を言っているんだ?
「ははは…何を言ってるんだよ母さん。そんなの冗談だとしてもタチが悪いよ」
父さんも何か言ってよ、と結弦は祐樹を見るのだが
「これが世界のルールだ」
母のように無表情でそう言い放つ。そこに慌ててスタンが口を挟む
「ユーキ!それにシズさん!そこをなんとかお赦し願えませんか!?なんなら私のこの命も差し出します!」
そう言って立ち上がろうとするスタン。だがその腕にミラがしがみつき、悲しそうな表情で首を横に振る。
「そ、そんな…」
その様子にスタンもこの嘆願が無意味である事を悟り、絶望に打ちしがれて地に伏してしまった。
「心配は不要です。世界は彼女が最初から存在しなかった事として再構築されます。天人以外、誰の記憶にも残る事はないでしょう」
そんな静の言葉にさすがの結弦も激昂する。
「母さんっ!あなたは自分が何を言っているのかわかっているのかっ!?」
「ええ、わかっているわ。前にあなたがしようとした事をしているだけよ」
静はカレンの一件の事を言っているのだ。たしかに結弦はカレンの存在をカノンに書き換えようとした。今、静がやっている事は自分がやろうとした事と同じなのだ。
しかも過去の結弦の行いはただの我儘にしかすぎなかった。だが今回の静と祐樹の行動には『世界の秩序とルールを守る』という大義名分が存在する。
完璧な正義があちら側にあるのだ。
「…ふふっ、はははっ!だからなんなんだよ母さん。だから諦めろって?」
そう笑うと結弦は敵意もあらわに両親とメサイアを睨みつける。そして
「ふざけんなよ。僕は貴方達を叩き伏せてでも…彼女を守ってみせる!」
そう言って身構えた。
普段から親に対しては反抗心を持たない結弦。少し遅れてきた反抗期、ってわけでもないですね。ここで怒らなきゃ『男』じゃないです。
そんなワケで親子喧嘩勃発。どう考えても勝てない相手ですがガンバって男を見せて下さい、結弦くん。