第194話 『進歩と便利と研究者』
「でね、この流れとこの流れがこうで…」
ロジーは図面に線を書き入れて、電気の流れと力の向きと動きを説明する。
「その時の数値がこうだから、こっちはこうして…」
図面に黙々と線を描き重ね、さらにそこへ正確な数値を書き込んで『術式』を完成させた。
「ふぅ。これで…どうでしょうか?」
机の紙面上に出来上がった広大で複雑な『術式』。結弦はしばらく熟読し、それを理解するとその顔から驚愕を隠し得なかった。なんとそれは
「これは電磁加速による投射砲…レールガンか!」
なるほど、結弦が講義で教えた電磁誘導。それを応用し続けると最終的にはこれに辿り着くだろう。ただしそれはその存在を知る結弦であるのならば、の話だ。
だがロジーは『レールガン』というモノの存在を知らないままその理論に辿り着いたのだ。しかもよく見ると反作用力を利用して射出者に反動が来ないようにも術式回路が組まれている。
『もっと効率の良い方法がある』などと豪語した結弦だったのだが、ロジーが組み上げて完成させたその術式は一寸の隙もない、まさに『完璧』な術式だったのだ。
だがしかし一見しただけですぐわかる、それの扱うエネルギー量があまりにも膨大だ。発電所何基分とかいう話でしか見た事がないような恐ろしい数値だった。すなわち
「でもこれってばほんの少しの誤差で…」
結弦は、そしてロジーも青い顔をしてニースを見る
「ええ。射出者が消し飛ぶの」
今、ニースが無傷で目の前にいるのはある意味で奇跡的な事なのだ。
「ん?でも大丈夫だったじゃん?」
ロジーは『バンッ!』と机を叩き、立ち上がると
「だからなんであなたはそんなに楽観的なのっ!」
『大体あなたはね…』と、再びのロジーのお説教が始まる。そのかたわら結弦は別のことに気が囚われていた。
「でも…それでもなんで『あのホール』を破壊できたんだ?」
もしや、と結弦は『物理・上巻』を開く。
「え、そんなのに何か書いてあるの?」
とニースも説教から逃げるようにその開かれた本を覗き込む。が、結弦の開いたそのページは『白紙』だ。
「あれ、白紙じゃん?」
と拍子抜けするニースに
「この本はね、こういう風にも使えるんだ」
そう言って結弦は『本』に思念を送り込む。すると
「あっ!文字が」
なんと勝手に文字が浮かび上がってきたのだ。そしてそこに書かれていたのは
【教会地下ホール:航行艦船底部の危険物品及び兵器格納庫・周辺硬度99】
「こうこう…かん?」
それに兵器って?とロジーも説教を一旦停止して本を覗き込む。そして疑問の声を上げた。
「まあそれについての説明はまた今度ね。この本はさ、僕が開くとこの世界の『モノ』の情報を参照できるんだよ」
その内容も結弦だと改編も可能だったりするのだが、とりあえず今はそのことには触れずそこに表示された数値『硬度99』を凝視する。
おそらくその数値はカンスト値、それ以上は表示できないという事なのだろう。だが
「99までしか表示ができない、けど実際の数値としては『その上』が存在する、って事なんだよな?」
その数値が百だか一万なのだかはわからない。だがニースの放った電磁投射砲のエネルギー量がその硬度が持つ耐久値を上回った、という事なのだろう。
「へぇー!すごいんだねその本!…ってあれ?でも上巻って?」
とニースは首を傾げる。
「うん、『上巻』なんだ」
「じゃあ下巻は?」
当然なニースの疑問。それに関して結弦には一つの推論があった。結弦は少し考える表情を見せると
「う〜ん、おそらくだけど存在しないよ」
そう言ってから、ある『思念』を本に送る。すると
【domain error:この領域はリクエストされた情報を表示するドメインではありません】
「…なにこれ?」
「表示できる情報にパーティションを入れて区切ってあるんだよ」
結弦が本に送った思念、それは『陽子や中性子の過剰核、重い原子核などが分裂してより軽い元素を二つ以上作る反応』、いわゆる核分裂反応の事だ。
「僕らの生きた時代にはさ、とある物質を利用して半永久的に熱エネルギーを取り出せる夢のような機関があったんだ」
だがこの本にはそれに関連する技術や物質の情報を開示できないよう設定がなされてあるようだ。
「え、じゃあなんでこの本で見られないようにしてあるの?」
そんな便利なのに?とニースは声をあげるのだが、椅子に腰を下ろし考える表情を見せたロジーはポツリと呟く
「…私の勘だけど、そんな都合のいい半永久機関なんてないんじゃないかしら?『力』にはそれなりのリスクや代償があるものですよね」
現実的なロジーの言葉。その学生として、いや研究者として正しい物事の捉え方に結弦も感心する。
「その通りだよロジー。それはおおよそ人間に制御できる代物じゃなかったんだ」
『物理・上巻』の範囲に核分裂反応に関する情報の開示が含まれていない。その事を鑑みると吉井教授もそう考えたのではないのだろうか
「だから大教皇様はこれを作る時に情報を『上巻』と『下巻』の二つに区切ってパーティションを入れて、下巻はあえて作成しなかったんだと思う」
結弦は静かに本を閉じる。
「ふーん…便利ってのも考えものなんだねー」
そう言って小さく息をはくと、ニースも椅子に腰を下ろす。
「そうだね。まあそれとはちょっと次元の違う話だけどさ、例えばこれなんてどう?」
そう言って席を立った結弦は机の横にある棚からポットとカップを取り出した。
「君たちも知っての通り僕はコーヒーが好きだ」
まあこれは父さんの影響なんだけどね、と結弦はポットからカップへとコーヒーを注ぐ。
そのポットはずっとそこに置かれていたにもかかわらず、コーヒーは芳醇な香りと湯気の立つ、まさに『淹れたてのコーヒー』だった。
カップを差し出されたロジーとニースはそれに口をつけ、結弦もその香りを愉しむ。
「そのポット、『保存の魔道具』だよね。便利だけどそんな珍しいモノってわけでもないじゃん。…ってまさかコレにも代償とか何かあるの!?」
とポットを持ち上げ、まじまじとそれを見るニース。
「そうだね。コーヒーは、まあ紅茶もそうだけどこれは『嗜好品』、いわば『時間を愉しむモノ』なんだ」
その為に時間を作り、手間をかけ、それを愉しむ。
「その為の時間を用意して準備するところから片付けるところまで、それも一つの『愉しみ』だったんだって事をこのポットを使って初めて知ったよ」
そう言って結弦は替わりの一杯をカップに注ぐ
「いつでも好きな時に淹れたてを飲めてとても便利な道具なんだ。でもさ、そのかわりに何か愉しみを一つ無くしちゃったような気もするんだよ」
そう言って苦笑しコーヒーを啜る結弦にニースから当たり前な一言が出る
「じゃあ使わなきゃいいじゃん?」
結弦は肩をすくめ
「でも結局、便利には勝てないんだよねぇ」
そう言って自虐的に笑うのだった。
昨今の事情でアウトドアがブームになってますよね。
これは私的な感想ですが、キャンプとかはある程度の不便をバランス良く愉しむモノだと思ってます。
でも女性や家族と一緒ならグランピングとかも有りかと思います。のんびりとハンモックに揺られてスマホを充電しながら動画鑑賞とか。
…ってそれなら自宅でいいじゃん、と思ってしまうのは男性だからなのでしょうか。
まあ日常生活でも愉しめる不便はそのまま愉しんでもいいかな、なんて思ってしまいます。
マイクラも最初の方が楽しいですもんね(笑)