第191話 『試作魔法』
「本っっ当に申し訳ありませんでしたっ!」
ホールを脱出して外で様子をうかがっていたロジーとカレンは、しばらくののちニースに呼ばれた。
もう大丈夫よ、というニースの言葉を信じて二人がホールへ戻ると、そこには膝を折り地に手をついて、要するに『土下座』して頭を下げ、開口一番に謝罪する結弦の姿が。
その姿を恐る恐る見ていたカレンが声をかける
「マジマ…さん?」
「カレン、僕はどうかしてました。許してくれとは言いません、ただ謝らせて下さい」
そう言って再び地に手と頭をつけ謝罪する結弦。カレンはそんな結弦の元へ歩み寄ると、膝を折って結弦のその手を取った。そして
「『人は思い込みで行動をおこして過ちをおかすもの』、そう仰ったのは貴方じゃないの」
「でも僕は…あなたの存在を消そうとしたんだ」
もう少しで取り返しのつかない過ちを、と平身低頭な結弦。
「それを言うのでしたら私もですわ。私もあの二人を使ってあなたを亡き者にしようとしていたのですもの、これでおあいこですわ」
頭を上げてくださいな、とカレンに言われて顔を上げた結弦に
「えいっ!」
ごちん!
「あいだっ!?」
なんとカレンは結弦に頭突きを喰らわせたのだ。もちろん軽くなのだが。
「あら、おあいこと言ったのに頭突きをしてしまいましたわ。これではまた私のほうが悪い側になってしまいましたわね」
許して下さいますか、と自らの頭突きで少し涙目になったカレンは微笑む。
「ははは…ありがとう、カレン」
その時、カレンは結弦と視線をかわしてある事に気づく
「…やっと、ようやくカレンを見て下さったようね。あらためて私はカレン、カレン・グラシエ、あなたのお友達よ。よろしくお願いするわね」
そう言って結弦を立たせると、カレンは結弦のその手をあらためて握りなおした。
「ふーん、良かったじゃんユヅ兄。でももう一人謝んなきゃいけない人いるよ?」
もちろん彼女のことである。
「ごめんねロジー。怖い目にあわせちゃったね」
「本当だよ!めちゃくちゃ怖かったんだから!」
そう言うとロジーは手元の本を結弦に差し出そうとして…引っ込める。
「…夕食一回でいいです」
「え?」
ロジーはニースに視線を送る。ニースはニヤリと笑うと
「そうね。今から帰って母さんに晩ご飯はいらないって言ってくるからさ、その間にユヅ兄は晩ご飯つくって待っててよ」
ユヅ兄なにげに料理上手いもんね、とニースはほくそ笑む。するとロジーは
「あ、そうだ、カレン先生も一緒にどうですか?」
と誘うのだが
「私は…そうね、もういい時間じゃないかしら?主人も帰ってくる頃ですし、またの機会とさせてもらいますわ」
「そうだね。また今度あらためて機会を設けるようにするよ」
ご主人によろしくね、とにこやかに会話するカレンと結弦。その横でロジーとニースは絶句している。
「ん?どうしたんだい、二人とも」
「「カ、カレン先生って結婚してたのー!?」」
唖然とするロジーとニース。
「ええ。ご存知なかった?」
「あれ、知らなかったの?」
何をいまさら、と顔を見合わせる結弦とカレン。
「だ、だってユヅ兄ってばカレン先生のトコにずっと入り浸ってたじゃん!」
確かにここ最近、結弦は空き時間や終業後になると足繁くカレンの元へ通っていたのだ。
「入り浸りってのは聞こえが悪いけど…カノンのことを色々聞かれたり歌を教えたり教わったり、そんな感じだったからね」
それがなんで?という顔をする結弦とは裏腹に、カレンはニースの考えと想いと勘違いに気がついた。
「空き時間を見つけて色々と聞いていたのは事実です。けれどもそういうものではありませんよ、私には主人もいますし。そもそもマジマ先生は私ではなく私の中に見える誰かに会いにいらしていたようですけど」
そう言ってカレンは薄笑いとジト目を結弦に送る。すると結弦は『うぐっ!?』っと呻いたまま何も言えなくなってしまった。
「うふふっ、お返しですわ。それでは皆さん、ごきげんよう」
また明日、と一礼をしてカレンは去っていった。
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「でねユヅ兄、これなんだけど、どうしよう…?」
と苦笑いでニースが指差すのはボロボロに破壊されたホールの一部。
「すごいよね。ここは僕やヅキ姉が何をやっても壊せなかったのに」
結弦は欠片の一つを拾い、それを力一杯握りしめてみた。だが崩れる様子は全くみられない。
『この世界のモノは脆い』
散々、姉や母に言われてきた話だ。古代人類がうかつに力を込めて殴ると岩をも砕いてしまうし、刃物を持つと斬れないモノなどない。あの姉も『またつまらぬモノを斬ってしまった…』などと呟いていたくらい、本当になんでも斬れてしまうのだ。
そんな姉でも傷一つつけられなかったこのホール。何か設定に秘密があるのか、はたまたニースの魔法に何かあるのか。
だがその破壊痕がニースによるモノだと知って一番驚いたのはロジーだった。
「えっ!?ニースがコレを!?…ってまさかアレを試したの!?」
わかりやすく『あっ、ヤバっ』という顔で苦笑いを浮かべるニース。
「『アレ』って?」
と不思議顔をする結弦を他所にロジーは『ちょっと手を見せて!』とニースの手をあわてて確認する。が、その傷一つないニースのキレイな手を見て安堵のため息をつくロジー。が一転、叱りの表情を見せると
「…ねえニース。わたし言ったわよね?キチンと正しい術式を組めてから安全を確保して試すって」
普段から温和なロジーの叱り。それにはニースも萎縮し思わず後退ってしまう。
「え、あ、でもね、わたし自信あったし…」
小さくなって反論するニース。そんな彼女にロジーから雷が落ちる
「ダメって言ったでしょ!コレのエネルギー量ハンパないんだから!!」
あなたに何かあったらどうするのよ!と叱るロジーに、ニースはさらに小さくなって『ごめんなさい…』と謝る。ロジーはため息をつくと結弦にこの魔法の事を説明する。
「今ね、私とニースはユヅルさんに教わった物理科学と魔法を混成する研究をしているの」
その中で生まれた『試作魔法』なのだそうだが
「まだ安全性も確認してないし、どれだけの反動が生まれるかも未知数だったの。だから極小出力で試して数値と反応を見てから出力を上げていこう、って話をしてたのに…」
まああなたに何事もなくて幸いよ、とロジーはニースとその試作魔法による破壊痕を眺め、結弦に向き直ると
「こんな危険な魔法を思いついた私も問題だし使ったニースも悪いわ。けどそんな状況を作ったユヅルさんがもっと悪いし一番悪い!」
と結弦を指差し
「だからあなたが責任を持ってこの事をハルカ様と大司教ギリアム様に説明して下さいね!」
そう言ってロジーは二人を叱るのだった。
ロジー。魔法の才は平凡ですが、なにせあの変態…もとい変人ミシェルの娘、ひらめきとアイデアに溢れる発明少女です。トレードマークは父から貰ったグルグルメガネ(笑)
講義で結弦に教わった『電流が磁力に関わると力になる』。この法則を聞いた瞬間にロジーの頭に原理とその回路が生まれ、回路の説明を受けたニースが術式として組み立てたのがあの魔法です。