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らせんのきおく  作者: よへち
結弦編
190/205

第190話 『暴走』



「間違っている?僕が?」


結弦ゆづるはニースを見て真顔で首をかしげ、そして笑い出す。


「あははっ!何も間違っちゃいないさ。僕はカノンに会いたい。だから会うだけだよ」


そう言ってロジーから本を取り返そうとする結弦ゆづる。それをニースはすかさず魔法で牽制する。そして


「ロジー!カレン先生連れてとりあえずこの場を離れて!」


ニースはさらに追加の魔法弾で結弦ゆづるを牽制、その隙にロジーはカレンと共にホールを脱出した。


「なんだよ、また一手間増えちゃったじゃないか」


「…ユヅ兄。ちゃんと目を覚まさないと私も本気で怒るよ」


ホールで睨み合う二人。


「そこを通してくれない?」


ホールの出入り口の前に立ち塞がるニースに対し、静かに身構える結弦ゆづる

他に誰もいない、ホールに結弦ゆづると二人きりになったニース。会話を誰にも聞かれない事を確認したニースは少し本音を漏らす。


「ねえユヅ兄。天人で強くて立派で一所懸命で優しくて…そんなユヅ兄だもの、世界に対するワガママも多少は許されるって私は思うわ」


「だったらそこを…」


ニースは自身の周囲にプラズマ光球を展開させる。


「でもね、今のユヅ兄は間違ってる。だから止めさせてもらう」


結弦ゆづるに飛来し襲撃する光球。相当な速度だが結弦ゆづるはそれを難なくとかわす。壁や床に当たり派手に爆ぜて消える光球たち。


「ははっ、さすが『破壊不能オブジェクト設定』だ。あれで傷一つつかないなんてね」


以前、結弦ゆづるが姉と共にメサイアに捕らえられた時も、このホールはどうやっても破壊できなかったのだ。


「話をそらさないでユヅ兄。何を間違えてるかわかってる?」


「そりゃ今のカレンをカノンに書き換えるんだ、普通に考えたら反対されるとは思ってたよ」


そう言って結弦ゆづるは肩をすくめるのだが、ニースは静かに首を横に振る。


「ユヅ兄。さっき言ったでしょ、そんなワガママくらいならいいんじゃないかって」


「じゃあなんで…」


身構えていた結弦ゆづるの腰が少し下がる。来る!


「僕の邪魔をするッ!」


それを読んでいたニースは用意してあった魔法を展開する。即座に圧縮空気の壁を作って結弦ゆづるの攻撃軌道をわずかに逸らすと同時に自身も横に移動して攻撃をかわす。

そしてニースのその手にはペン程の大きさの『魔道の杖』が二本。


「ねえユヅ兄。なんでわからないの?」


そう呟いてニースは再び光球を周囲に展開させる。


「ふざけるなッ!君に何がわかる!僕はいつも一所懸命にやってきた!我慢もしてきた!皆の事を考えてきた!なのになんでわかってもらえない!なぜこんな一つの願いさえ…なんで僕は報われちゃいけないんだよ!」


ニースに心情を叩きつける結弦ゆづる


「そうだよね。ユヅ兄はいつだってそう一所懸命で真面目で、誰もが認める人…そうね、例えるならユーキさんとかシズさんみたいな『立派な大人』であろうと頑張ってるよね」


ニースの展開した光球の一つが硬貨ほどの大きさに圧縮され、その手元へと移動する。


「だからさ、今みたいにワガママで暴挙で自分の心に素直なユヅ兄を見てね、本当は私、嬉しかったんだよ」


「だったら…そこをどいてくれ!僕にはあの本が必要なんだ!」


再び攻撃の構えを見せる結弦ゆづる


「いいかげん…」


ニースの持つ二本の魔道の杖に電流が走った。その間に挟まれるように光球が収まる。


「目を覚ましなさいっ!」


ニースが杖を持つ手を前に突き出し、空いた手でその手を支えた。次の瞬間!凄まじい轟音と共に光球は射出され、その軌道上の周囲にある空気や床、壁、天井までもをえぐりながら結弦ゆづるの横をかすめ、その背後の壁を木っ端微塵に粉砕した。


「……えっ?」


結弦ゆづる自身も、そしてあの姉とあの刀でさえ傷一つつけられなかったこのホール。世界が破壊不能と定義付けたそれをニースは破壊したのだ。それも結弦ゆづるの知らない、なんだかよくわからない魔法で。

茫然自失にそれを眺める結弦ゆづる


「でもねユヅ兄、カレンさんを詩聖カノンに変えたって、きっとその心のモヤは晴れないよ」


「……心の、モヤ?」


結弦ゆづるは呆然とニースを振り返る。


「そう。ユヅ兄はね、たぶんカノンさんに会いたいってワケじゃないんだと思うの」


「いや、僕はカノンに…」


ニースは静かに首を横に振る。


「会ってどうするの?」


そう言われ、言葉に詰まる結弦ゆづる


「ユヅ兄のその眼はね『後悔』だよ。ずっと後悔をしてたんじゃないかな、『カノンさんに会えなくなる選択』をしたって事に」


「でも…でもそうしなきゃ僕は父さんに、家族と再会できなかったんだ。他に選択肢はなかった、仕方なかったんだよ!」


ニースは寂しげに微笑む


「ええ、仕方なかったのよね。でもね、だからといって今のカレンさんの存在を犠牲にしてカノンさんを転生させても、きっと許せないと私は思うんだ」


ゆる…せない?ははっ!誰が?君たちがかい?何を言ってんだよ、月陰が、世界が変化した事にも気づかなかったくせに!カレンがカノンに変わっても誰もその事に気づきやしないんだよ!」


結弦ゆづるの言う通り、カレンがカノンに置き換わったとて世界は最初からそうだったように時が流れる。誰に気づかれることもなく。

だがニースは寂しげに首を横に振ると


「ユヅ兄、まだわかんないの?大事なことが抜けてるんだよ?」


「なんだよ!?」


ニースはポツリと呟いた


「この世界からカレンさんが消えても、ユヅ兄だけはそのことを覚えてるんだよ」


はっ、と顔を上げる結弦ゆづる


「でも、それは…その、仕方のない事なんだ」


「そう、仕方のない事だと私も思う。でもね、今のユヅ兄は家族との再会を望んでカノンさんとの離別を仕方なく選んでずっと後悔してきたんだよ」


ニースは結弦ゆづるのその寂しげな瞳を見つめ返すとこう言った


「そんなユヅ兄がカレンさんを消すことを、そんな自分を許せるとは私には思えない」


ニースの言う通りだった。結弦ゆづるは力なくうなだれる。


「私も知った事は言えないけどさ、カノンさんはこの街で暮して詩聖として幸せに生涯を閉じたんだよね?だったら彼女に自分の子孫の人生をないがしろにしてまで転生する理由なんてないんじゃないかな」


うなだれている結弦ゆづるに歩みを進めるニース


「ユヅ兄は優しいよ、悲しいくらいに。だからどんな理由を立てても『カレンさんの存在を消す』という選択は絶対に後悔する」


そしてニースは優しく結弦ゆづるのその手を取る


「その後悔はね、時を追うごとにだんだんと強くなる。そしてそれはいつかのろいになるんだよ」


「のろ…い?」


ニースは黙ってうなずく


「そう。他でもないユヅ兄が自分自身をのろのろいに」


結弦ゆづるにももうわかった。後悔が自分自身を喰いつぶす、そんな未来が見えたような気がしたのだ。


「じゃあ…だったら僕は、僕はどうしたらいいんだよ!?」


くずおれた結弦ゆづるは縋るような目でニースを見上げる


「ユヅ兄。強くて立派で、弱くて情けないユヅ兄。全部受け入れようよ?ユヅ兄は後悔をしたんだよ。でもそれは仕方のない事だったし、決して悪い事でも弱い事でもないよ」


そう言うとニースはその胸に結弦ゆづるの頭を抱きしめた。


「ユヅ兄。いつも後悔ばっかりで弱虫で泣き虫で、いつかは子供に石を投げつけられて泣いてたりもしてたよね。でもね、私は知ってるよ、ユヅ兄が誰よりも優しいって事。私はそんなユヅ兄が大好きだよ」


昔からずっと好きだよ、とニースは胸元に抱いた結弦ゆづるの頭を優しくでてその髪に頬を寄せ、瞳を閉じる。

長い沈黙が続くホールの中、ニースの胸元からは結弦ゆづるが鼻を啜る音だけが聞こえた。


「ありがとう…ちょっと頭を冷やせたよ。でもごめん、今の僕は君の言葉に答えるだけの言葉も資格も持ち合わせていないや…」


「わかってるわよ。私だってこんな弱っているところにつけ込むようなマネしたくないもの」


そう言うとニースは結弦ゆづるの肩を持ってスクッと立たせた。



「だからね、私がユヅ兄のそばにいてあげる。またユヅ兄が暴走しそうな時は、間違ってるなら止めてあげるし面白そうなら一緒にその先を見に行くよ」



そう言ってニコリと微笑んだニース。

それはいつも結弦ゆづるのそばにあったいつもの笑顔。だがそれが昔から知る幼い少女のものではなく、いつのまにか大人になっていた女性の笑顔だと結弦ゆづるはこのとき初めて気づかされたのだった。






ニース。頭いいですよ。

何より彼女は『努力家』、秀才です。ちなみにこの世界の天才はルークだったりします。

それにしても結弦はいつまでも大人になりきれない感がありますね。歳下のニースのほうがまるでお母さんみたい。


人生には様々な『分岐点』がありますよね。

その中には、どの選択肢を選んでも『後悔』が残るものも。

ですがその責任を他人に押し付けたり外に求めたりせず、自分の中で上手に消化して再び前を向けるようになれたらまた一つ人として成長できるのではないでしょうか。



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