第186話 『猟犬』
書状を読み上げた教会騎士もそうだが、スタンも、そして結弦もその表情は『困惑』だ。なぜなら
「スタンさん、これは一体どういう事なのですか?」
そう問うのは書状を読み上げた教会騎士。彼もスタンとは顔見知りの騎士であり、もちろんニースの事も知っている。
「それは…むしろ私のセリフですよ」
と結弦を見るスタン。
大司教ギリアム・グラシエがニースとロジーの二人を異端審問にかけるなんて事は絶対にあり得ない。
なぜならギリアムはスタンと顔見知りである上に結弦が『天人』であることを知る数少ない人物の一人であるからだ。
なのでその天人が懇意にしているニースとロジーを彼が『天人の御名において異端審問』など、もはや文章としておかしい。
「で、そのギリアムさん、大司教様は?」
「それが…これは極秘なのですが、あのお方は先日から視察のためにカブールの教会を訪れております」
教会騎士曰くあと四日ほど戻らないという。ならば当然この異端審問は大司教が画策したモノではない。むしろその留守中に大司教の名を騙った誰かの仕業に他ならない。
「そんな事できるのは…」
極秘である大司教の不在を知り、なおかつ彼の名を騙る事に躊躇しない人物…
「…僕は随分と彼女に嫌われていましたからね。おそらくこれは僕を呼び出す『嫌がらせ』でしょう」
結弦は夜空に浮かぶ巨大な月を仰いでため息を吐く。
「カレン。こんな事しなくても僕は呼ばれたら君のところに行くのに…」
そう呟いて頭をくしゃくしゃと搔いた。
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ニースたちの捕らえられている場所については教会騎士たちが教えてくれた。教会の地下にある収容施設、以前に結弦たちがメサイアに捕らえられていた地下の広場だ。
「はっきり言って僕はニースたちの事はあまり心配していません」
もうアレだ、以前の祐樹の捕縛騒動の時と同じだ。
ニースは強い。学園に来るもっと前、結弦がスタンの行商に同行してた時の幼かった彼女でさえ相当な強さだった。魔導士である両親の特性を引き継いだのだろう、魔法に関してものすごくセンスが良いのだ。武器は持たないがそれをカバーしても有り余る魔法のセンスの持ち主だった。
そして今、学園で色々な事を学んだ。結弦の教えた物理もそうだが、その他の講義でも知識や技術を身につけている、応用力もある。だから結弦が恐れたのは
「早まるなよニース、怪我人なんか出したら大変だぞ。とにかく早く向かいましょう」
『誰も被害に遭ってませんように…』そう祈りながら教会の地下へと赴く。
教会騎士たちに先導されて地下のホールに入る。すると
「ユヅ兄、助けてっ!」
拘束具を着けられ捕縛されているニースとロジー、そして…
「…お久しぶりねマジマさん。本来ならばこのような神聖な場所にあなたなんかを呼びたくなかったんだけど」
忌々しげな視線で結弦を睨みつけるカレン・グラシエ。
結月と同い年の二十一歳。白にも近い金髪を肩の高さで切り揃えたその髪。三百年の時を経てエルフの特徴である細く尖った耳は失ったが、その姿は三百年前に出会ったあの女性の姿に生き写しだった。
だからこそ彼女のトゲのある言葉は結弦の心に深く突き刺さる。
「ねえカレン、僕の話を…」
「気安く呼ばないでっ!」
嫌悪感をあらわに叫ぶカレン。
「あなたはね、死霊術に取り憑かれているの。その汚れた魂を私が聖歌で浄化して差し上げます、大人しくしなさい」
そう言ってカレンは捕縛しているニースたちを指差す。人質がいるという事を暗に示しているのだ。
なので結弦はとりあえずそっちのほうから片付ける事にする。
「ニース。君たちが人質になっていると何かと面倒なんだ、もうそんなところにしてくれないか」
ニースは軽くため息を吐くと
「ちぇっ、ユヅ兄ってやさしくないよね」
だから女の子にモテないんだよ、と口を尖らせてそう呟くとニースとロジーは拘束されていた『ふり』をやめ、トコトコと結弦の側まで歩いてゆく。
「…気づいていましたの?」
「そりゃあなたも学園の教員じゃないですか。まさか本当に生徒を盾に取るとは思っていませんよ」
なかなかに尖った性格だという噂を聞くカレンだが、これだけは確信を持って言えた。彼女は悪人ではない。色々と聞く悪い噂も彼女の美貌や地位を妬んだようなモノばかりだ。
だから結弦は今回の彼女の行い自体に対してはそんなに危機感は持っていなかった。話し合えば誤解も解けるだろうと。
だが楽観視していたその空気は次の瞬間に一転する。
「まあいいです、マジマ先生さえここに来たのならそれでよいのです。あとはこちらで何とかしましょう」
カレンがスッと手を上げる。すると後ろに控えていた教会騎士の二人が進み出てきた。
「あなたたち、あの男を取り押さえなさい」
その二人の騎士の持つ空気に結弦も戦慄し、思わず身構える。
その姿、他の煌びやかな甲冑を着た騎士たちとは全く違い、身に着けているモノは革で出来た軽鎧に鎖帷子、革のフルフェイスマスク、それらのいずれもがかなり使い込まれた傷だらけの装備品。
間違いない、この二人は天人教会保守派の闇の実働部隊、『猟犬』のメンバーだ。
これはまずい!そもそも結弦は戦いなんてするつもりはなかったし、準備も覚悟もしていない。
そしておそらくは何かしらの誤解から始まっているこの騒動に怪我人を出したくない。
何よりこの場にはニースやロジー、スタンもいるのだ。こんなよくわからない争いに巻き込みたくなかった。
「ね、ねえカレンさん、僕の話を…」
「気安く呼ぶなって言ったでしょっ!」
ほらっ!早く取り押さえなさい!と叫ぶカレン。その言葉に対し猟犬の二人のとった行動は…
なんと二人そろって結弦に向いて跪き、こうべをたれたのだ。
その様子に
「「…えっ?」」
結弦とカレンは異口同音する。
「あ、あなたたち何やってんのっ!早くそいつを…」
カレンが叫んだその瞬間、いきなりその場に男
が二人増えた。その場に『空間転移』してきたのだ。
「っとい、間に合ったか!?」
「う、うむ、これは…」
突如あらわれた二人の男。そのうちの一人は荘厳な司祭服を着た男性、カレンの父親で大司教の『ギリアム・グラシエ』だった。
そしてもう一人の男は金髪碧眼のエルフの青年。今日、娘が生まれたばかりのあの男だ。
「ルーク!」
「おう!久しいな」
けど俺の事ぁ『お義兄さん』って呼べよ、と言って高笑い。
「ハルカ様から連絡があったんだよ、お前ぇらがいま大変だってな」
それを聞いたルークは一旦スタンの家へと飛び、ミラから事情を聞くとカブールのギリアムの所へ、そして彼を連れてここへ来てくれたのだ。だが
「けどよ…こりゃ一体なんなんだ?」
ミラから聞いていた話とは違いニースもロジーも身柄を拘束されておらず、そして危険な匂いをさせている猟犬の二人は結弦に向かい跪き不動の姿勢を保っている。
そしてその周囲には成り行きを見守る教会騎士たちが今おきている事の意味がわからずポカンとしている。
「ほんっとお前ぇら姉弟は楽しい事に巻き込まれんの好きだよな」
そう言って苦笑するルークに結弦は『好きで巻き込まれてるわけじゃないよ…』と呟いてため息をついた。
ルークは、それは便利なスキルを手に入れましたがそれを乱用しないように、と言いますか余程の事が起きない限り使用しないよう心がけているようです。
『あ?俺ぁ言ったじゃねぇか。遠回りも旅の醍醐味だってな』