第181話 『卒検』
「ギムッ!!」
祐樹は叫ぶ。ルークの大剣は静の刀に逸らされたものの、その刃はギムの美しい金髪を舞い散らせた。
ナワの街、教会前の広場。世界はあのとき止まった時間を取り戻した。ただ違ったのは…
「なっ!?クソっ!」
ルークを睨みつけるギム。が
「…んぁ!?」
その状態で静止するギム。ルークと目があったギムはルークの様子に、ルークが正気に戻っている事に気がついた。
ルークがメサイアではなくルークなのだ。そのルークがギムの耳元で囁く。
(シッ!ギム伯父さん、わけは後で話す、今は黙って俺たちに流れを合わせてくれ)
「おや?こちらではなかったみてぇ…ゲフン、ようですね」
そう言ってルークは群衆を見渡し、そして一人の人物を見つける。そこにいたのは
「なぁっ!?俺が…もう一人!?」
ギムは絶句する。ナワの街の人々の中に紛れた一人の男、そこにいたのもギムレット・グリムウィン。自分と同じ姿をしたモノがそこにいたのだ。
「街の住民になりすますとは考えたな、ましたね。だが私にはそんなもん通用しませんぜ!」
もうルークのセリフが無茶苦茶だ。どうやらルークも祐樹と同様、役者としての才能は皆無のようだ。
噛み噛みのセリフを吐いてルークは偽ギムレットへ斬りかかる。偽ギムレットはその大剣を素手で軽々と受け止める。
「……クックックッ。こんなに早くバレてしまうとはな。さすが一度は我の膝を地につけさせた男か」
そう言うと偽ギムレットはその姿を変化させる。その異形の巨躯に街の人々は恐怖し、悲鳴をあげて我れ先にと逃げ出した。
その巨大な姿、山羊の頭に人間の胴体、猛禽のような下肢に漆黒の翼。悪魔の王を体現したような巨躯、それはまさに『魔王』そのものだった。
「久しいなルーク・グリムウィンよ。今こそ決着をつけようぞ!」
ノイズのような耳障りの悪い声で『魔王』はそう吠えると、空中に黒く輝く魔法陣のようなモノを形成、そこから二振りの蛮刀を取り出した。
祐樹と静はその二人の衝突の巻き添えを喰らわぬようギムを連れて距離を取ろうとする。するとギムは
「…なあ。あの気持ち悪ぃ『魔王』っての、ありゃエイ姐さんじゃねえのか?」
なんと『魔王』の正体を見抜いた。
「…なんでわかったんだ?」
「そりゃ『眼』を見りゃわかんだろ。てかアレ、ルークなんだよな?」
ギムの視線の先には完全にバケモノと化した魔王と対峙するルークの姿が。
この街を出て約二年、ルークもその頃から比べるとずいぶんと様変わりした。
街を出るにあたって坊主頭にしたルークの髪。今は伸びて肩のあたりで切り揃えられ、その身長も少し伸びた。
筋肉も付いて体躯も一回りも二回りも大きくなり、それ以上に心に強さを、その眼差しには力を湛え、少年から青年へと成長してルークは故郷へ帰ってきた。
「でユーキ、あれば今から何をすんだ?」
祐樹は頭をポリポリとかくと
「まあ体面上、今回のこれは『魔王討伐』って事になってるからさ。あ、でも永は『卒業検定』だって言ってたな」
「ふ〜ん、そっか。まあ詳しい話はアイツを交えてまた後で聞かせてもらうぜ?」
そう言ってギムは近くの木陰に腰を下ろした。
「でもあれだ、あれをユーキ達にあずけて正解だったな。本当に見違えたぜ」
感謝してるぜ、と礼を述べるギム。
「ん?でもまだルーク何もしてないぞ」
「だから眼を見りゃわかるっつっただろ」
並んで木陰に座るギムと祐樹。その傍に立つ静と結弦。そして
「やあギムレット・グリムウィン。久しぶりだね」
ギムの傍に立ったのは愛くるしい笑顔で微笑む幼い男の子。
「……そんな姿してもお前ぇが恐ろしいのはあまり変わんねぇな、エン」
遠は『あははっ』と笑うと
「あれが僕の役割だったからね、敵意も悪意もないよ。だから悪いとも思ってないし謝ることもしないよ」
でも露骨に恐れられるのは少し悲しいかな、と遠が視線を向けた先には、ルークと魔王の戦いを遠巻きに見守るエイダとガイルの姿が。
「仕方ねぇだろ、あん時のお前ぇさんは鬼神か悪魔みてえだったぜ」
エイダ達に手招きをするギム。ガイルは猫耳のメイドに手を引かれて恐る恐るやってきた。
「あれルークだよね。すごいじゃないか!」
ルークの動きに感心するエイダ。二本の蛮刀を振りかざし襲い来る魔王を巧みな剣さばきで回避し、時に反撃を入れる。
しかも驚いたことにルークはまだ魔法を使っていない。体術と剣さばきだけであの魔王に拮抗しているのだ。
「でもルークが戦ってる相手のあの変なの、あれってばエイだよね。なんで?」
なんとエイダも魔王の正体を看破した。
事情は後で説明するから、という祐樹の言葉にエイダもギムの隣に腰掛けて二人の戦いを観戦する。
鬼のような魔王の猛攻。それを器用にかわし続けるルーク。だがその魔王の一閃が確実にルークのその脇腹を捉えようとする、その瞬間だった
「「「あっ!?」」」
誰もが目を疑うその動き。確実に捉えていたはずの魔王それは空を斬る。そしてルークは魔王の背後へと転移していたのだ。
当の本人であるルークですら『えっ!?』という顔をしている。 すかさず距離を取り仕切り直すルーク。
「クックックッ…ガァッハッハッ!!やるなッ、やるなルーク・グリムウィンよ!」
耳障りの悪い声で魔王はそう吠えると、再びルークへと猛攻を繰り広げる。
そんな修羅場をよそにギムは
「…なあユーキ。今のルーク、ありゃなんだ?」
「…うん。それもまた後で説明するよ」
そう言って祐樹はため息をつく。どうやらルーク本人も気づいてないようだったが、メサイアの使った『座標移動』、あれが使えるようだ。
だが再び始まった剣戟の応酬の中でそれや魔法を使う様子もなく、二本の蛮刀を交わしてはそらし、隙を見ては打ち込むを繰り返し、徐々にそれらは加速してゆく。
必死の形相のルーク。それに対して魔王は…山羊の頭なので表情はうかがえないが、心なしか喜んでいるようにも見えなくもない。
永遠に続くかと思われた剣戟の応酬。だが決着は唐突に着いた。隙を見て打ち込んだルークの一閃が魔王の首を捉えたのだ。
宙を舞う『山羊の頭』
首のない胴体はフラリと倒れ、黒い煙を発して消失、地面に落ちた生首だけが残った。その生首が断末魔の叫びをあげる。
「我は滅びぬ…!必ずやこの地この場所にて復活を遂げよう!刹那の平穏を、束の間の安寧を貪り、そして我の復活を恐れ続けるがいい!グァッハッハッ!!」
耳障りの悪い大声でそう笑いながら、その残った頭部も黒い煙となって消失した。
しばしの沈黙の後、ものすごく遠巻きに見ていた街の人たちがルークの元へ駆け寄ってきた。
「あんた、ギムんトコのルークだよなっ!」
皆が拍手喝采でルークを讃える。だがルークも魔王との『死闘』でもうクタクタだ。そんなルークを見兼ねて、というワケでもないのだが一人の女性が
「皆、静まりなさい」
それは決して大きな声で言ったわけでもなかった。だがその強く通る声に街の人たちは静まり返り、潮が引くかのようにルークから離れていった。
そしてルークはその女性の元に跪く。
「此度の件、大義でした」
そう語るのは、教会の教皇服に身を包む、透き通るような水色の髪を持つ美しい女性。
「幾多の試練を乗り越えて魔王を討ち果たした事、私、教皇『遥』は大変嬉しく思います」
街の人々の『あれが…教皇ハルカ様…!』とどよめく声があちらこちらから聞こえる。祐樹の横でギムも『あれが…!』と唸っている。
「ですがかの魔王は最期にこう言いました、『また復活する』と」
再び街の人々からどよめきが漏れる。
だが遥はそれを気に留める事もなくユヅキに目配せをする。するとユヅキはルークの横に立ち、そして同じように遥の前に跪く。
遥は横に立っていた老枢機卿から錫杖を受け取ると、それを跪くルークの首元にそっと当てた。
「ルーク・グリムウィン。私が認めし『英雄』よ。教皇が貴方に命じます、この地を統治しなさい。貴方の妻、戦乙女のユヅキ・グリムウィンと共にこの地を治め、魔王の復活を防ぐのです」
「「ハッ!」」
短く答える二人。と同時に街の人々から再び大きなどよめきと拍手と喝采の声が上がる。祐樹の隣に座るギムからも大きな声が
「なにっ!?妻ぁ!?どういう事だ!?あの娘、旅立ちン時に一緒にいた娘だよなっ!?どうなってんだユーキ!?」
戦乙女ってどういう事だ!?とギムは祐樹をグラグラと揺さぶる。
「……あとでまとめて説明するけど、あの娘ウチの娘なんだ」
まあよろしく、と祐樹は苦笑い。ギムも息を呑むと『はぁー…そっか、ははっ』とため息をついて苦笑いし、祐樹の背中を軽くバンバンッと叩いた。
『シャリーン!』
街の人々の歓声の中に錫杖を地に打つ音が響いた。一瞬にして静まり返る広場。
「ルーク・グリムウィン。古の王の末裔よ。魔を封じしこの地を治めること、しかと頼みましたよ」
そう言うと遥は踵を返し、老枢機卿や教会騎士とともに教会へ姿を消した。
案の定、首が宙を舞いました(笑)
そして『魔王』が消失して即座に老枢機卿へと姿を変えて遥とともにあらわれた永。大忙しですね。彼女が今回のMVPです。