第178話 『樹ノ静弦月』
挑発する結月の目の前に転移してきたメサイア。そして仕返しとばかりにメサイアはルークの顔、ルークの声で甘く囁く
「なあユヅキ。俺のために消えてくれねえか?」
そんなメサイアに結月は問答無用の一閃を浴びせる。
「ふんっ!あいつがそんなこと言うわけないじゃない」
結月は知っている、ルークは欲しいものはその手で掴み取る男だ。何かを犠牲にしたり、ましてや結果を他人に委ねたりするような男ではない。良い意味で『傲慢』なのだ。
「そんなの私に通用するとでも思ってんの?」
結月はメサイアを睨みつけ、刀を構える。
「そうですか。では仕方ありませんね」
次の瞬間、メサイアは結月の背後へ転移し斬りつけてくる。が結月はそれを読んでいた。
「甘いッ!」
大剣を受け流し、その返す刀でメサイアを斬りつける。すかさず転移して距離を取るメサイア。
「……このターミナルはあなたの想い人ではなかったのですか?私を斬ればこの男も死ぬのですよ?」
メサイアの受け皿である『ルーク』に躊躇なく刀を振るう結月にメサイアは少々驚いた表情を見せる。
「ふんっ!あんたはメサイアじゃない。それにルークだって私に斬られて死ねればきっと本望よっ!」
そう言い放って今度は結月から仕掛ける。一気に距離を詰め、『いつもの』連撃を加える。するとメサイアは『いつも通り』に結月の刀を受け、連撃と魔法で反撃をしてくる。
この事で結月の推測は確信へと変わった。
(やっぱり。ルークは意識を乗っ取られているけどあの動きはルークに染みついた動きそのものだわ)
静を墜としたあの氷の槍からの雷撃。あれだって以前にルークが結月と手合わせをした時に何度か見せた連撃だ。ならば…
「来なさい。教えてあげる、あなたは私に勝てない」
「お覚悟を」
再び結月の背後へと転移するメサイア。と同時に空気をも穿つような鋭い突きを繰り出す。だが知っている、この突きをかわすとルークはそのまま首を刈らんと剣を横に薙いでくる。なので
「ふんっ!」
結月は身体を屈め、メサイアの脚を払う。普段のルークはそれを跳んでかわす、そこを結月は脚払いの回転そのまま後ろ手に刀の峰で撃ち落とすのだが、今回は刃で斬り落としにかかる。だが
「甘いですね」
刀で空を斬った結月の目の前に転移したメサイア。その姿勢は引き絞られた弓のごとく、突きを出す寸前だ。
しまった!コイツは転移するのだ!まずい、このタイミングはかわせない!
一瞬、結月の脳裏に死がよぎった。その時だった。
「お…お……」
突如メサイアが苦しみに似た表情を浮かべて顔に手を当てて後ずさり、言葉を漏らす。
「お…おれの…おん……なに…てを…」
「ルーク!!」
なんと、メサイアに支配されていたルークが少しだが自我を取り戻したのだ。
「ユヅ…キ…いまの…うち…だ…はや…く……」
「だれがあんたの女なのよっ!」
こんな時にも結月は腰に手を当ててわかりやすく『ご立腹ポーズ』
「ば…かや…ろう……はや…く」
「バカはあんたよっ!」
結月は『ビシッ!』とルークを指差すと
「人の闘いを邪魔してんじゃないわよ!…ま、助かったっちゃ助かったけど。それに…」
そこまで言うと結月は急に顔を赤らめ
「あ、あんたいつも人のこと『オレの女』とか言うけど、そ、そういうのはキチンと相手に言葉で伝えなきゃい、い、い、意味がないのよっ!」
蒸気を噴き出さんばかりに真っ赤になる結月。それにはメサイアの精神支配に抵抗しているルークもポカンとしている。その闘いを見守っている結弦でさえ『なに言ってんだこの姉?』的な呆け顔だ。
「は…ははっ…やっぱ…つえぇな…おめえは…」
いよいよルークの抵抗も限界なのか、その眼から光が失われつつある。
「なあ……この…たたか…い…がおわっ…た…ら…おれの…はな…し…」
そこまで言った時点でその眼から光が失われ、そして光なき眼が結月を見据える。
「まさか私の上書きに耐えうるデータなど…」
そう言って大剣を構えるメサイア。
「あははっ!バカじゃないのルーク!そんな王道な死亡フラグ立てちゃってさ」
結月は刀を両手で構え、ニヤリと笑う。
「でも私、そういうフラグへし折るの大好きなの」
仕切り直しよ、かかってらっしゃい、と結月は再びメサイアを挑発する。
「私に敵うとでもお思いなのですか?」
「それはこっちのセリフよっ!」
すかさず駆け出しメサイアに斬りかかる結月。だがこれは本命ではない、ジャブだ。
繰り出される結月の連撃、そしてそれを受けて返すメサイアの体捌き。時代劇の殺陣のように、空手の演武のように。示し合わせたかのような大剣と刀の攻防。
結月にとっては全てに馴染みのある動き。知っている動き。
幾度も剣を合わせた。幾度も試行錯誤をした。
そして生まれた『ルークの型』。たとえ精神が支配されていようとも、そこで剣を振っているのはまごう事なく『ルーク』だった。
結月はもう認めているのだ。彼は、ルークは静に次ぐ『最強の剣士』だと。
だからこその策が結月にはあった。
不意にメサイアが結月の目の前から姿を消す。いや、背後に転移したのだ。
「お逝きなさい」
死角から突きがくる。心臓を穿つルークの突き。
結月は信じていた、ルークを。ルークのその剣技を。あの大剣は寸分の狂いもなく自分の心臓を刺し貫くと。
その瞬間、結月はわずかに身体の軸をずらし、大剣の突きをその身に受けながらも心臓からギリギリで外す。結月の胸の横を突き抜ける大剣の切っ先。そして
「…っ!!」
結月が自らの脇を通すように背後を突いた刀は、見事にメサイアを刺し貫いたのだ。
メサイアは大剣を手放すと驚愕に顔を歪め、刀が突き刺さったまま後ずさる。
「ば、ばかな…この遥の世界に私を傷つける物質など…!?」
メサイアに突き刺さった刀。そこに彫られた文字が輝く
『樹ノ静弦月』
「それ…は、この世界をも従える…四人の…最高権限者の…名…よ…」
大剣が身体に突き刺さったまま結月は呟き、崩折れる。
「そうですか…私は…負けてしまっ……」
メサイアがそう呟くと、その眼に光が戻る。
「へっ……やりぁ…できんじゃ…」
そう言って崩折れるルーク。
「ごめ…んね、ルー…ク…あたし…あなたのこと…すき…ほん…と…ごめ……」
倒れたルークに寄り添うように結月も倒れ込んだ。
「…おめ…ぇ…と……」
そして結月とルークは事切れた。互いに手と手を取りあって。
「ヅキ姉!!ルークっ!!」
二人の元に結弦が駆け寄る。だがすでに二人とももう息をしていない。
「…な、なんだよ…なんなんだよっ!なんなんだよこれっ!!ふざけんなよっ!!クソがっ!!がああああっ!!」
狂気に叫び、行き場のない感情を撒き散らすかのように吠える結弦。だがそれを聞くものはもはや誰もいない。ここは無人のナワの街。そこにあるのは折り重なるようにして倒れている祐樹と静の亡骸、そして手を取りあって倒れている結月とルークの亡骸。
「………ちくしょう。なんなんだよ…」
結弦は失意のまましばし呆然とし、結月から大剣を引き抜くと、ルークと繋がれた手が離れぬようそっとその亡骸を横たえる。
そしてルークから結月の形見でもある『刀』を引き抜いたその時、結弦は驚愕に目を見開いた。
「なっ…!?」
この瞬間、ようやく結弦はこの世界の『真実』を知ったのだった。
いくら斬りつけても転移でかわすメサイア。そんな相手に対し結月がとった策、それは『相討ち』でした。
結果、そこには結弦だけしか生き残らなかったのですが、『世界の全てを知る結月』にとって『古代人類』の誰か一人と『樹ノ静弦月』さえ残っていればなんとかなる、という計算の元による相打ちでした。
ギムだって瀕死から甦ったじゃないですか。私は言いましたよね、こんなふうには誰も死なせないって。