第177話 『穿つ大剣』
そこにいたのは間違いなく『ルーク』だった。
だがギムもエイダも声をかけない。それどころか二人とも殺気にも近い気配をその『ルーク』へと向けて発し、身構えている。
「やあ。お久しぶりですねギム伯父さん」
手を広げて微笑む『ルーク』。
「…テメェなめてんのか?ルークがそんな挨拶するわけねえだろ」
幸い今、ギムは帯剣していない。いきなり斬りかかる事もないか、と祐樹が安心した次の瞬間、轟音とともに爆ぜる地表!『ルーク』のいたその場所は大きくえぐれ、そこに数本の『氷の槍』が突き刺さる。ギムがいきなり魔法を放ったのだ。
しかしそこに『ルーク』はいない。
「つれないですね、久々の再会だというのに」
その『ルーク』の声は皆の背後から聞こえる、速い!ギムはもちろん祐樹にも、静にさえその動きをとらえる事ができなかった。そして『ルーク』からギムへと繰り出される殺意も何もない大剣の一閃!
それを静が間一髪のところで刀で受け止める。
「遥、昨日あなたが救った命じゃない。また消すつもり?」
「……このターミナルの固有名は『ルーク・グリムウィン』だと認識しておりますが?」
静の言葉に本気で意味がわからないといった表情を浮かべ、首を傾げる『ルーク』。
「違うわよ、外見の事を言ってるのじゃないわ。中身よ、あなた遥なんでしょ?」
「私、ですか?私はtype034用パッチプログラムです。正式な固有名はありませんが『メサイア』と仮称されております。type034に生じた不具合を検知し、解凍されました」
どうやら本当に遥ではないらしい。
「まあ何でもいいわよ。あなたが用事があるのは私たちでしょ、それ以外の人は巻き込まないでくれない?」
「その指示を受諾します」
ルーク、いや『メサイア』がそう答えると祐樹と静以外の人物の全て、教会関係者から野次馬だった街の人までがみな消失した。
「なっ!?みんな『消した』のか!?」
慌てる祐樹。だが静は冷静に
「違うわね。同じグリッドを持つ違うマトリクスに移動した、ってところかしら」
あちらからしたら私たちが消えたのよ、と静。メサイアは
「では私からのお願いです。祐樹様、静様、結月様、結弦様、消えていただけないでしょうか?」
何かの気配を感じ、ハッと振り返る祐樹。そこには遠く離れた場所にいるはずの娘と息子の姿が。
「あ、あれ?父さん?ってええっ!?ここナワの街!?私たちさっきまでイミグラの中央教会にいたのに…?」
結月も結弦もいきなり変わった周りの景色に呆然と周囲を見回す。
そんな二人の子供の無事な姿を見て静は安堵し、そして意を固める。
「そうね。私たち家族はあなた達の世界に入り込んだ『最高権限を持ってしまったバグ』みたいなものよね。でも…」
そう言って静は刀を構える。
「あなた達の都合でこんな世界に甦らせといて都合が悪くなったら削除って、そんなの道理が通らないわよっ!」
瞬時に斬りかかる静。が、確実に捉えていたはずのその一閃は空を斬る。メサイアが消えてしまったのだ。漂う緊張感…
「そうですか。自ら消えていただく事が私たちなりの『温情』だったのですが…」
メサイアは静の後ろにいた!その動きは誰にも見えない。仕方あるまい、それは素早い動きなどではなく座標移動、言うならば『空間転移』だ。
背後からメサイアが放つ大剣を静は間一髪のところでかわす。
「ふんっ、温情ですって?どこまで上から目線なのよ。ようするに今ここに最高権限者がいるからこの『仮想世界』をやり直せない、だからこの世界の中で物理的に消すって事でしょ」
静のさらなる一閃。それも確実にメサイアを捉えていたのだが、静のその手には空を斬る感触が。
「034セントラルプログラムが仮想世界の者に手を加えた時点でこのシミュレーションは意味をなくしました。早急に次のシミュレーションへと移行する必要があります」
大剣を振るうメサイア。瞬時に所定位置へと転移し、ありえない速度で襲いくる大剣。距離も間合いもあったものではない。さらにはそれに魔法も加わるのだ、こんなもの静以外の人間ならば瞬殺だろう。
「そうやってあなた達はいくつの『世界』を生んでいくつの『世界』を滅ぼしてきたのよっ!」
メサイアの猛攻の隙をつく一閃。だがそれも当たっているはずなのに空を斬る。
「8192回です。ですが私が解凍されたのは今回が初めてです。あとの8191回は人間たちが勝手に殺し合い、自ら滅びて世界を終えました」
すぐ背後から聞こえるその声。静は前へと跳び、距離を取る。
「だとしても、今この世界に生きる私たちには生きる権利があるわ!」
「この世界は無駄です。もう意味を成しません」
静を穿たんと飛来する氷の槍。それらを払いおとすその刀に雷が落ちる。
「あっ…」
それは一瞬の出来事だった。刀に落ちた雷に怯んだ静、その背後に転移したメサイアはその手に持つ持つ大剣で静の背から胸元までを穿ったのだ。胸元を突き抜けた大剣を呆然と眺める静。
「静っ!!」
そして言葉なく倒れる。祐樹が駆け寄り、抱き起す。
「静っ、静っ!?」
「…………」
静は祐樹と見つめあうと無言で微笑み、その手を祐樹へと伸ばそうとしたところで力尽きて息絶えた。
「静……」
静を抱きかかえ、ただ呆然と亡骸を見つめる祐樹。
「全ては無に帰すのです」
その祐樹の背にも大剣を突き立てるメサイア。抵抗するすべもなく祐樹は大剣に刺し貫かれ、静と折り重なるように倒れ込む。
「う、嘘だ…父さん…母さん…」
心身を喪失し崩折れる結弦。結月は奥歯を噛みしめると気丈にも刀を抜き、静かに構える。
「あんた…メサイアだっけか。許さないわよ。いい死に方できるとは思わないで」
「『死』、ですか?私には『生』も無ければ『死』もありません。それはあなた方も同じなのですよ」
「ほざけっ!」
叫びながら結月はメサイアに斬りかかる。
「無理ですね。あなたの精神回路はこのターミナルの男に精神侵食されています。あなたはこのターミナルを斬れるのですか?」
そう言ってルークの姿で大剣を構え、薄ら笑いを浮かべるメサイア。
「ふんっ!そんな時だけ表情が出るなんて、あんたホント腐ってるわねっ!」
すかさず斬りかかる結月
「だいたいターミナルターミナルってうるさいのよっ!彼は端末なんかじゃない、立派な一人の『人間』よっ!」
空を斬る結月の刀。それでも果敢に斬りかかる。それをメサイアは『空間転移』で避け続ける。
「いいえ。これは端末です、あなた方と同じ」
動きを止めたメサイアから飛来する魔法。この流れは氷の槍からの雷撃、さっき見た母に浴びせたアレだ。結月は氷の槍を撃ち落とすと刀を地面に突き刺し、避雷する。
「くっ!」
多少の痺れと衝撃はあるものの意識を失うほどではない。そしてその事から一つの事を推測する。
結月は刀を片手で肩に担ぐともう片方の空いた手を前に突き出し、指を『クイッ』と曲げて嘲笑いメサイアを挑発する。
「ほら、私を消すんでしょ?やってみなさいよ」
結月。実は真島家の四人の中で一番先に、すでに『この世界の全て』を知っていました。
だからギリギリのところで冷静さを保てているのです。
そしてその結月が戦うこととなった『メサイア』。彼(彼女?)は空間転移する上に通常の物理攻撃は通りません。
さらにはこの世界のルールをある程度無視できる存在です。
強敵ですよ、がんばってくださいね結月。