第176話 『認証』
一方、ナワでの出来事が起こる少し前。
イミグラの中央教会、グリムルでのドタバタを解決した結月とルークは、永や結弦、遥ととも教会塔でお茶をしていた。
永はふと動きを止めると
「む?どうやら向こうの方で儂を呼んでおるようじゃ。少し席を外すぞ」
そう言うと永は目を瞑り、そしてその姿が子供の姿に変わる。『遠』と入れ替わったのだ。
「ただいまー。母さま達は今ナワにいるよ」
あ、それ美味そうじゃん、と笑って茶菓子に手を伸ばす遠。どうやら父と母は無事にナワに着いたようだ。だがそのナワで何かがあったらしい、しばらくののちに遥も向こうで呼ばれたようで席を外し、そしてこの場には結月と結弦、ルークと遠の四人が残った。
「なあお前エン、だよな?お前ぇ今の今までナワにいたんだろ。ギム伯父さん元気してたか?」
遠はキョトンとすると
「え、ギムレットの事?彼かぁ…彼ね、ちょっと今は大変みたいだよ?」
言っちゃっていいのかなぁ、と首を傾げる遠。
「た、大変…だとっ!?なんだよ、どうしたんだ!?」
青い顔で遠に詰め寄るルーク。
「まあ待ちなよ。遥も父さまも母さまも向こうにいるんだよ、大丈夫だって。だから落ち着い…ええっ!?な…」
ルークが詰め寄ったその刹那、突如として遠は姿を消した。文字通りその場から消失したのだ、しかも普段から飄々とした表情で笑っている遠が珍しくも焦った表情を見せて。
「おいっ!エン!?逃げたのか!?」
周りをキョロキョロと伺うルーク。
「落ち着きなさいルーク。どうもそんな感じじゃなさそうね今のは。ナワで何かあったのかしら?」
まあ父さんも母さんもあっちにいるし、たぶん大丈夫…と呟く結月の前に遥が姿をあらわす。
「あ、遥。なんか急に遠が消えちゃったんだけ…ど?」
だが結月は瞬時に気づく、遥から漂う『違和感』に。たしかに目の前に現れたのは『遥』だ。だが同じ顔、同じ姿形なのに全く見知らぬ者と対峙しているようなこの感覚。
「ルーク・グリムウィン。あなたは『力』を求めますか?」
無表情、無感情に言葉を吐き出す遥。
「ハ、ハルカ様?俺の伯父は…ギム伯父さんは!?」
そのルークの質問には全く答えるそぶりもなく
「ルーク・グリムウィン、あなたは『力』を求めますか?」
同じ言葉を繰り返す遥。
明らかにおかしい。結月はルークが答えようとするのを手で制する。自分の中の何かが警告する、この問いには答えてはいけない、と。だが
「ハルカ様、俺はもっと強くなりたい!力が欲しい!」
「ちょっ!?待ちなさいルーク!」
一瞬ルークを振り返った結月。再び視線を戻すとそこにはすでに遥の姿はなかった。彼女の声だけが響く。
『ターミナルの認証を確認。インストールを開始します…』
次の瞬間、結月の手は拘束される。自身の後ろにいたルークの手によって。
「ル、ルーク!?」
顔から一切の表情を失ったルークは、その無感情のままに口から言葉を吐き出す。
「結弦様も動かないで下さい。あなた方には静様と祐樹様を逃さぬ為の贄となっていただきます」
その顔、その声。それは間違いなくルークなのだが
「くっ…あなたどういうつもり!遥ッ!?」
---
翌日。あるニュースが世界を駆け巡る。
『魔王と相打ちとなっていた英雄"ルーク・グリムウィン"。かの者が教会の命を受け、落ちのびた魔王を討伐すべく再び立つ』
「なあ、それって…」
「ええ、遥の仕業ね」
ナワの宿屋にて遅めの朝食をとる静と祐樹。
斃されたと思われていた魔王が生きて落ちのびていたという事も大きなニュースだったのだが、それ以上にこのナワの街ではこの街出身の若者『ルーク・グリムウィン』が魔王を斃した英雄だったという事実の方が大きな衝撃だった。
「昨日の遥の感じだとなりふり構わない様子だったけど、案外ルールには従うつもりなのかしら…」
と静が祐樹と話していると、その宿の食堂へ息も切れ切れに飛び込んでくる一人の男が
「ユ、ユーキ!どうなってんだ!?ルークが迷宮を、魔王を斃したって!?」
「まあ落ち着きなよ、はいコレ」
祐樹は水をそっと差し出す。それをギムが飲み干す頃、追いかけてきたエイダが追いつく。
「ギム、ちょ、待ちなってば…」
エイダの息も切れ切れだ。そちらにもコップ一杯の水を渡す。
「とりあえず何から説明しようか…?」
頭をひねる祐樹。
「ギム、君は遠とは面識あるんだよな?昨日君の枕元に来てたんだよ」
途端にギムの顔は険しいものになる。なんといっても遠はあの迷宮最下層でギム自身を屠った『魔王の番人』だ。
「永とは昨日少しだけ会えただろ?彼女と彼は双子みたいなものなんだ」
ギムは『う〜ん…』と頭をひねると
「そりゃなんとなくわかるけどよ、それとルークの件となんか関係あんのか?」
祐樹はあらためて静を紹介する。
「で、彼らがカブールの迷宮で守護していたのが俺の家内で『魔王』でもある静だ」
さぞ驚く事かと祐樹は思っていたのだが、思いのほかギムは冷静だった。
「…いや、まあ驚いちゃぁいるが、まず最初にエイ姐さんに会った時点でユーキとその周囲に関してはみな只者じゃないとは思ってたんだよ」
はぁ、とため息をつくとギムは祐樹たちのテーブルに着席する。
「で、詳しく話してくれんだよな?」
そこは当事者であった静が説明する。三百年前にカブールで迷宮が生まれた理由と自身が魔王と呼ばれるようになった経緯、そしてもう不要となった『迷宮と魔王』を終わらせる者が必要だった事を。
「そっか。じゃあ世界はシズさんのその手の上で転がされてきたってワケだ。怖ぇおんなだなぁ」
両手を上げて降参のポーズで笑うギム。
「まあそんなワケであの迷宮の創設メンバーの血を引くルークにその役割をお願いした次第なんだけど…」
静の説明に祐樹がフォローを入れたその時、慌ただしく食堂に入ってくる騎士たちが。うち一人に祐樹は見覚えがある。
「ユーキ、ここにいたのか。ウチの上役がお前ぇさん達をご指名だ」
大至急連れてこいだとよ、何かしたのか?と肩をすくめるのは度々顔を合わせた街の守衛の騎士、教会騎士だ。
(…間違いなく遥の指示よね?)
静の耳打ちに祐樹はうなずくと
「わかった、すぐに行こう」
---
教会前の広場には人だかりが出来ていた。遠巻きに見守る街の人々の前には騎士や司祭たちが立ち並ぶ。
そしてその彼らの前には…
「「「「ル、ルーク!?」」」」
祐樹、静、そしてエイダとギムが異口同音。そこにいたのはそこにいるはずのない男。白を基調とした教会の司祭服を身にまとう金髪碧眼のエルフの青年、ルークだったのだ。
ルークは乗っ取られました。
それは遥であって遥ではない存在。彼女のしいたルールすら無効にできる存在に。
それの目的は真島家の四人を滅する事。さあいよいよ結月ちゃんの出番ですよ、ガンバって下さいね。