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らせんのきおく  作者: よへち
結月編
174/205

第174話 閑話24『人』




「ねえ祐樹。『人』は何をもって『人』なのかしらね」


月出の日。乗合馬車から遠ざかるインの街を眺め、しずはボソッと呟く。


「それは…哲学的な意味で?」


「ううん、現実としての話」


振り返ったしずは祐樹の眼を見据える。


「それは…肉体と脳を持ち、思考する存在。みたいな感じ?」


「そうね。私の求めた答えとは少し違うけど概ねそういう事よね」


だが祐樹、本当はしずの求めた答えについてある程度の目星はついていた。


「例えばさ、カンドのシドは結婚を少し諦めながらも機会があればって希望を持ってる。インのアリアさんもみずから動いただろ?ウィルとミカだって無難と言っちゃあ失礼だけど同じ孤児院の幼馴染同士で結婚するんだ。それもある意味で人間らいしいっちゃ人間らしいだろ」


「ええ、でもね…」


と言葉を濁すしずに祐樹から核心に迫る一言が飛び出す。


「俺はみずからの足でこの身の重さを感じる。けどその仕組みはこうだ、その感覚は電気信号として足から脳に送られ、脳はそれをシナプスの回路で電算処理をし、そして俺はその重みを自覚する。言うならば『人』とは『回路と電気』で出来ていて『思考』する存在だ、しずの言いたい事はそういう事だろ?」


しずしばし絶句し、そして口を開く。


「祐樹は…知っていたの?」


祐樹は自身の目を見据えるしずの目を、さらに深く覗き込む。


「なあしず。君の目の前にいる俺が俺じゃなかったら、俺は一体誰だ?」


俺はあの時に死んだ『真島祐樹』。今の自分はあの時の続きを生きる、まごう事なく真島祐樹だ、と祐樹は語る。


「俺はさ、真実がどうだとかはあまり気にしないんだ。ただ俺はしずに再会できた。そしてあの続きを生きている。今を生きる俺が今を生きるしずと共にいられるんだ、それが俺にとっての全てであり、それこそが俺の『答え』だよ」


馬車の窓から遠くを眺めて微笑む祐樹。その横顔を見ながらしずは首を横に振り、小さくため息をつく。


「そう。もうシンプルにそう受け止めるのが一番いい結末に繋がりそうね。祐樹、その事にはいつ気づいたの?」


「うん、そうだな…気づいた、と言うより一番最初に思いついた答えの一つがそれだったんだ」


あの石室で死の記憶から目覚め、そして見た『モノ達』。魔獣や魔法、街には獣人やエルフ、ドワーフに鬼人まで。文明も発展途上のまま止まり、天人教会が管理する世界。


「カブールの迷宮でしずと再会した時、この世界があの世界の続きだと思ったのは思ったんだよ、確かにね。それでもやっぱり魔法や異種族を目の当たりにしてそれが『現実の世界』だとは思えなかったんだ」


そして祐樹はしずと旅をして思考は堂々巡りをし、再び同じ結論に至った。


「俺は見てないんだけどさ、絶滅したはずの恐竜もいたんだろ?ましてや存在しなかったエルフや獣人なんて創造できるはずもないじゃないか」


だがあったのだ、それらが存在し得た世界が。


「…私ね、祐樹が目覚める前にもハルカとは色々な話をしたわ。その中で彼女はそれを明言はしなかったけど、今思うとそれを隠すつもりもなかったみたい」


ただ単に私たちの気づきが至らなかっただけみたいね、としずも苦笑する。


「まあいいじゃないか。俺の目の前には間違いなく本物のしずがいる。カンドの彼らもインの彼女たちも、今から行くナワにいる知り合い達も間違いなく生きている『人』だ。みんな元気にしてるといいんだけどな」


そう言って祐樹は笑う。しず


「そうね、深く考えすぎるのは私の悪いクセね。そういう所も私は祐樹を見習わなくちゃ」


と笑った。


---


「やあ旅の方々、よく来たな。ってみんな見たことある顔ばかりだな」


そう言って笑う白い騎士甲冑を着た男。ナワの守衛の騎士で、以前に祐樹が来た時にも衛士をしていた男だ。


「おっと、あんたは確かユーキだったよな。久しいな」


そう言って手を差し出してくる衛士。


「久しぶりだな。今日は家族も一緒だけど街に入ってもいいか?」


祐樹はその手をとり握手する。


「ああ勿論だ。身分証だけは一度見せてくれ」


しずエンも登録証を差し出す。


「ギム達、元気してるかな…」


祐樹が街を眺めて何気なく呟いた言葉だったのだが、その言葉に衛士は少し顔を曇らせる。


「……まあ彼らの所にも顔を出してやってくれ」


---


「ずいぶん立派な城壁が出来たのね」


しずが以前来た時に見たモノとは比べ物にもならない程の強固な城塞。一応、娘と息子からは聞いていたがその驚きは隠しきれないようだ。


「三百年って時間も伊達じゃない…って祐樹、どうしたの?」


街に入ってから祐樹の表情はやや暗く、晴れない。


「いや、あの衛士の表情と言葉さ。彼らに何かあったのかってね」


確かに何か含みのある物言いと表情だった。


「ま、会えばわかるんじゃない?祐樹は知ってるんでしょ、その知り合いのお店。とりあえず向かいましょう」


守衛を抜けて出る大通り。そこをまっすぐ進んですぐにある雑貨店『ギムレット雑具店』。だが看板は出ておらず窓にもカーテンがかけられ、営業していないようだ。

祐樹はノックをしてみるものの


「……いないみたいだ。すぐそこに知り合いの飲食店がある、そっちに行ってみよう」


--鶏料理・ガイルの店--


「いらっしゃいませぇ〜」


語尾の伸びる、ネコミミ眼鏡メイドの女性店員。


「やあ、こんにちは。あ、エイダ」


祐樹の見渡した店内に知っている顔があった。頭からイヌ耳の垂れ下がった中年女性『エイダ』だ。


「おや!ユーキじゃないかい、久しぶりだねえ!て事はそちらの女性と子供は…」


とエイダの視線がしずからエンに向いた瞬間!その笑顔が凍りつく。

瞬時にエイダはテーブルを蹴り倒して盾がわりにし、テーブルナイフを逆手に持って身構える。

その騒がしい音に『何事だ!?』と出てきたコック姿のガイルも、エンが視界に入った瞬間


「なっ!?ひ、ひぃぃ!?」


と腰を抜かし、そのまま後ずさりする。


「……あんた、『魔王の番人』だね!何しに来たんだいっ!?」


そう言って見たこともないような鋭い視線と敵意でエンを睨みつけるエイダ。


「あははっ、何もしないさ。僕は父さまと母さまと一緒に旅をしているだけだよ」


あの時はあれが僕の役割だったんだ、それを恨むのは勝手だけどね、と手を頭の後ろで組んで無邪気に笑うエン

漂う緊張感。ネコミミメイドは震えながらだが気丈にもガイルの前に立ち、彼を守るべく手を広げてエンと対峙している。


「エイダ、急にごめん。けど俺たちに害意はない、そのナイフを下ろしてもらえないだろうか」


しずも会釈をすると


「祐樹の家内のしずです。私にもこの子にも害意はないわ。とりあえず話をさせてもらえないかしら」


しばしの緊張と沈黙の後、エイダが口を開く


「……いきなり悪かったね。とりあえず座んなよ」


---


席に着く四人。ガイルは今のエンについて理解はしたものの、やはりその恐怖は拭い去れないと厨房から出てこない。

あらためてしずエンは自己紹介をし


「で、さっきギムの店に行ったんだけどさ、開いてなかったんだ。こっちに来てないのか?」


その祐樹の言葉に表情を曇らせるエイダ


「ギムはね………もう、ダメみたいなんだ」


息を呑み言葉を失う祐樹


「ダメって…!なんだよそりゃ、どうしたんだよ!?」


エイダは目を伏せて首を横に振り


「やられちまったんだよ、魔獣に」


エイダ曰く、定期便の乗合馬車が街の近くで魔獣の群れに襲われているとの一報を受けてギムは衛士たちとともに現場へ駆けつけた。


「普段はね、そんな魔獣なんかに遅れを取る男じゃないんだよ、アイツは」


だがその乗合馬車の乗客に一組の家族がいた。その家族の連れた小さな子供は魔獣の咆哮にすくみ上がり、その場で動けなくなってしまった。


「衛士の連中が言ってたよ、『もうあれは誰もがダメだと思った』ってさ」


だがギムは違った。とっさの判断で駆け出し、その子供を突き飛ばして身代わりになってしまったのだ。


「アイツね、ホント子供が好きなんだよ。アイツの妹が病で死じまった時もさ、『俺がルークを立派に育てて見せるっ!』って」


実の妹が他界したにもかかわらず、そんな悲しむ素振りも周りには見せずに妹の店を継ぎルークを一所懸命に育てたギムレット。


「あたい一度聞いたことがあるんだよ、『あんたも結婚して子供でも作りなよ』ってね」


だがギムは


『ルークは俺の息子みてぇなもんだ。あいつがこの街で立派に生きていけるようになるまでは俺の事なんざどうでもいいんだよ』


「こんなことになるんだったらあたいが無理矢理にでもアイツのトコに押しかけて一緒になっとくんだったよ」


そう言って静かに涙を流すエイダ。が、涙を拭いて視線を上げると


「なあ番人。たしかエンっていったね、あんたもエイと同じで『力の有る存在』だろ!?アイツを、ギムをなんとか助けられないかい!?」


顔を見合わせる三人。口を開いたのはエンだった。


「ごめんね。僕、君たちの情報は知ってるけど君たちの事あまり知らないんだ。知ってる者に替わるね」


そういとエンは目をつむる。しばしの沈黙の後、目を開くと


「やあ。久しぶりだね、エイダ」


「エイ!!」


その小さな子供に飛びつくエイダ。姿形は変わらずとも、その瞳はまごう事なく『エイ』、その人だった。








余談ですがナワの街の衛士、前に祐樹が来た時も登録地が『カブール』というの見て顔を曇らせていました。

よく顔の曇る人ですね。





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