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らせんのきおく  作者: よへち
結月編
173/205

第173話 閑話23『アリア』




「え…!?あっ!ユーキさん!!」


祐樹を見つけて駆け寄ってくる二人の男女。人族の青年『ウィル』とエルフの少女『ミカ』だ。

インの街に到着して月陰をやり過ごした月出の日、祐樹たちは以前にやなを作ったあの孤児院を訪れた。


「やあ。二人とも元気だったか?」


「元気だったかじゃありませんよっ!何も言わずに行ってしまわれるなんて…」


そう言って涙目で祐樹に以前受けた恩の感謝を述べるウィルとミカ。


「まあまた来ることもあるかな、ってさ。元気そうでなによりだ。で紹介するよ、家内のしずと…息子のエンだ」


よろしくね、と二人は頭を下げる。


「こちらこそよろしくお願いします、私はウィルといいます。こっちがミカです」


ウィルとミカも頭を下げて自己紹介。


「ユーキさんもお元気そうでなによりです。ところでユーキさん、今日はルークさんとマールさんはご一緒ではないのですか?」


孤児院から子供たちも出てきて『あれ、ルーク兄ちゃんは?』とキョロキョロ。


「ああ、ルークならエイとウチの娘との三人で大陸の西の果てまで行くって旅立ったんだ」


そしてマールというのは偽名で本当の名前は結弦ゆづる、自身の息子で今はイミグラで独り暮らしをしている事を話す。


「え…?ユーキさんの息子さんだったのですか!?あの時おっしゃってくれていれば…」


「いやちょっと事情があってね、まぁそりゃいいさ。で、院のほうはどう、順調?」


子供たちも表に出てきてエンとともに遊びだした。大きな子たちはみな学校に行っており、今は不在のようだ。


「ええ、おかげさまで」


と孤児院の中から二人の女性が出てきた。

一人は見覚えのある女性、この孤児院の出身で街で食料品店を営む『アリア』。そして


「皆から話は聞いております、貴方がユーキさんなのですね。はじめまして、私は新たにこの院を手伝うことになりましたレベッカと申します」


天人教会の法衣を着た彼女。聞くに教会から正式に職員として派遣されてきたそうだ。


「おやユーキじゃないかい、また何しに来たんだ風来坊?」


腕を組んでニヤリと笑うアリア。以前に会った時と口調は変わらないが、表情はやや柔らかくなっている。


「いや、その後どうかなって思ってさ」


「はんっ、手を出すだけ出しといて後の面倒も見ねえなんて、ホント無責任だねぇ」


そう言ってため息をついて笑うと、アリアは『じゃああたいは店に戻るよ』とその場を立ち去った。


「あの、ユーキさん…」


「ああ、わかってるよ。君たちが作った竹カゴや帯紐、それも彼女が買い取って販売してくれてるんだろ?」


カンドの街でも、そしてシドの宿にもあったのだ。その竹で作られたザルやカゴ、そしてそれらを独自に発展させた竹細工や飾り帯も。

それらは今やインの街の特産物になりつつある。


「前に会った時は笑顔なんて見せてくれなかった彼女が笑ってくれたんだ、それだけでも譲歩してくれたようなもんだろ」


と肩をすくめて苦笑する祐樹のかかとを、後ろからしずがつま先で軽く小突く。


「…バカ。鈍感」


「え、何?」


しずは小さくため息をつくと


「なんでもないわよ。ねえ、こんな道端ってのも何だし、院のほうにおじゃましてもいいかしら?」


---


院でなんだかんだと話し込んでいるといつの間にやら陽も傾き、学校に行っていた子達も帰ってきた。


「ユーキさん。やなで獲れた魚もあります、皆と一緒に夕食いかがですか?」


本来ならば今朝の乗合馬車でまたナワの街へと向かうのが定石なのだが、孤児院のその後も気になるという事なので、祐樹たちは次の乗合馬車の出る月出までこの街に滞在することにしたのだ。

当然、宿も食事も必要になってくる。


「ああそうだな。せっかくだし厄介になろうかな。しずもそれでいいだろ?」


だがしず


「ごめんなさいあなた。私、ちょっと街で用事があるの。そっちの方で夕食とるからあなたとエンで御相伴にあずかってね」


後で宿には戻るから、そう言うとしずはウィルとミカにお茶の礼をして席を立ち、院を出て街の方へと戻って行った。


「今回初めて来た街、だよな?」


『用事ってなんだろ…まいっか』と祐樹は呟くと席を立ち、遠慮するウィルを『まあまあ』となだめながら二人で夕食の準備を始めるのだった。


---


「ごめんよ、今日はもう閉店さ」


閉店準備をしていたアリアは最後に入ってきた客に声をかける。


「ごめんね、客じゃないの」


「あんたはユーキの…」


しずを見てアリアは少し寂しげな愛想笑いをこぼす。


「『しず』よ。そんな顔をするって事はわかってると思うけど、祐樹は渡さないわよ」


「なっ!?」


一瞬、警戒するような表情を見せたアリアだったが、すぐさま肩を落として俯くと苦笑し、小さなため息をつく。


「バレバレ、だよな?」


「バレバレね」


しずも苦笑い。


「あ〜あ、最初から見込みのない縁だったんだねぇ」


久々に見るいい男だと思ったんだけどなぁ、と苦笑するアリア。


「いい男ってのは同意するわ。けどあの人全然気づいてないわよ」


そういう所はホント鈍感なのよね、としずは肩をすくめる。


「だろうね。ダメだねドワーフの女ってのは。不器用すぎて自分でも腹が立っちまうよ」


アリアは自虐的に笑うのだが


「あら、ドワーフは器用さが売りじゃないの?わたしの家の隣もドワーフの奥さんだけど、色んな意味で器用なひとよ」


「そうだね、前言撤回だ。あたしゃホント不器用なんだよ」


そう言って苦笑する二人。


「まあ立ち話もなんだし、夕食でも行かない?」


しずの提案で二人は連れ立って街の飲食店へ。


---


「ねぇシズさぁん、どっかにいい男いなぁい?」


少々酔ったアリアはシナをつくってしずに寄りかかる。


「あら、そんな風に男に寄りかかったら大抵の男はイチコロだと思うわよ?」


ドワーフ女性独特の幼い見た目に少し酔った妖艶な笑み、熱を帯びた目で見上げるその視線。よほどの熟女趣味でもない限り、この視線に射抜かれてなびかない者などいまい。


「違うわよぉ。あたいになびく男が欲しいんじゃないのっ、あたいがなびく男に出会いたいのよ。誰か迎えに来てくんないなかぁ…」


そう言ってグラスを煽ってため息をつき、天を仰ぐアリア。


「まぁ私もとやかく言えた口じゃないけど、待ってるだけじゃあ何も起きないわよ?だいたい『白馬の王子さま』なんて好みのタイプじゃなけりゃただのストーカーじゃない」


私は欲しいものは必ず自分で手に入れるし奪われても絶対に取り返すわよ、とこちらも笑ってグラスを煽るしず


「シズさんあんた男前だねぇ。ホントは男なんじゃないの?もう女でもいいや、あたいと結婚してよ〜」


と再びシナを作ってしずに寄りかかるアリアだったのだが


「残〜念。私にそっちの趣味はありません」


と素っ気なく言葉を返し、軽く押し戻す。


「あはは、また振られちゃったぃ。よし決めた!あたい街を出る!」


そう宣言して立ち上がり、拳を握りしめるアリア。


「…そんな大事な事、酔って宣言しちゃっていいの?」


酒の席での後先考えない発言にも聞こえたのだが


「実は前々から考えてたんだ。ほら院のウィルとミカがいるだろ?あの二人ホントは早く結婚して一緒になりたいんだよ。でもさ、ちょっと前までは院から手も離せなかったし院を出ても行く先も仕事のアテもなかったんだよ」


曰く、アリアは二人に新たな生活の拠点とその生業なりわいとしてあの店を提供しようというのだ。


「アリア、あなたはそれでいいの?」


「ああ。このまま無難に現状維持ってのもあたいの性分には合わないって思ってたんだ。ま、とりあえずはカンド行って大陸渡って、て感じかな」


酔いながら『うふふっ』と笑うアリア。だがさっきまでの愚痴をこぼしていた時よりは幾分か良い目をしている。


「そう、いいんじゃないかしら。もし行くあてを見失ったら私の所に来ない?カブールで商売をやってるの」


と例の名刺を取り出すしず。だが


「ははっ、やめとくれよ。旅の果てに失恋相手に会ったらあたいの決意が揺らいじまうよ」


あんたの旦那、取っちまうかもよ?と不敵に笑うアリア。


「ふふっ、そんなの杞憂すらしないわ。あの人、私以外には絶対になびかないもの」


しずも不敵に笑い、グラスを傾ける。


「ああ〜!くそ熱いこんちきしょう!酒が足んないよっ!店員さん、追加だよ!冷えた酒と美味いアテ、あといい男を頼むよっ!」


「私は男は間に合ってるからいいわ。冷たいお酒をお願いね」


若い男の店員は苦笑しながら奥へと注文を伝える。


『追加オーダー通しまーす!冷酒と今日のオススメ盛り合わせ、あとイイ男を一人お願いしまーす!』


奥から返事が聞こえる


『イイ男は品切れだよー!』


店は笑いに包まれ、そして夜はけてゆく。


--- --- ---


翌、『月陽の日』の孤児院。


突然のアリアの旅立ち宣言、そして全てをウィルとミカに譲るという話。当然ウィルとミカはアリアの旅立ちに反対し、店を譲り受ける事を猛烈に遠慮する。


「ならあの店は廃墟になるだけさ」


どちらにせよ私は旅立つんだよ、と笑うアリア。


「それにさ、誰かがあの店を続けなきゃ院で獲れた魚も買い取れないし。どうすんだよ?」


そのアリアの言葉と決意が変わらない事を悟ったウィルとミカの二人は、渋々ながらアリアの話を聞く事にする。


「あんたら、あの店くれてやるから早く結婚して子供でも作っちまいな」


顔を見合わせるウィルとミカ。


「でも…アリアさんは?」


「バカヤロウ!あんたらにそんな心配されたくないんだよっ!それに旅先でいい出会いがあるかもしれないじゃないか」


そんな折にまた祐樹たちが孤児院を訪ねてきた。

アリアは昨夜の事を祐樹に話したのかとしずの顔を伺うのだが、しずは優しく微笑み首を横に振るだけだ。


「やあ、こんにちはみんな。アリアさん、しずから聞いたよ。旅に出るんだって?」


アリアは祐樹の挨拶を鼻で『ふんっ!』と笑うと


「ああそうさ、あんたみたいに無責任な生き方してるヤツ見てたら真面目に生きてんのがバカバカしくなっちまったんだよ」


そう言われて肩をすくめる祐樹を他所にアリアは


「ウィル、ミカ、ちょっと一緒に来な。店のイロハを叩き込んでやるよ。レベッカ、院の方は任せるからね」


そう言ってウィルとミカを連れて街の方へと行ってしまった。


「…何か手伝おうか?」


レベッカにそう聞く祐樹だったのだが


「そう仰っていただけるのは有難いのですが、今は特にこれといって手伝っていただきたい事もありませんので…お気持ちだけありがたく頂戴いたします。まあゆっくりしていって下さい」


と笑うのだった。












アリアはこのあと旅立ち、カンドから海を渡って…の予定だったのですが、そのカンドで思わぬ出会いをし、結婚します。


気風のいい魚を扱える適齢期の女性を待ち侘びる某男性、彼と互いに一目惚れをし、彼女は漁師宿の女将さんとなるのでした。




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