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らせんのきおく  作者: よへち
結月編
169/205

第169話 閑話19『危険な新婚旅行・承』



しずとて何の準備もなく内戦状態にあるこの国へと赴いたワケではない。

だが今回の目的が物資を運ぶという事である以上、自分の為の手荷物は必要最小限に制限されている。


なのでしずの用意した準備、それは『知識』だ。


東南アジアの中ほどに位置するこの国。元々は王政の国家だったのだが第二次大戦後に民主化、以降は民主政治を行なっていた。

だが近年王政復古を唱える元・王族の議員が反体制派として立ち、そしてそれは内戦へと発展した。


その影に見え隠れするのは西側と東側の存在。まあ東アジア地域ではよく見られる構図だ。


そして王政復古を唱える王族、『王党派』の代表は、日本では国家転覆を狙うテロリストの首領として報道されている。そういう事にあまり関心のない静ですらその名と顔を、存在を知っている人物だった。


「ふ〜ん、テロリストねぇ…」


インターネットでその国の成り立ちや言語、通貨、情勢などありとあらゆる情報を調べ、頭に叩き込んでゆく。

そしていざ、意気揚々と乗り込んだこの国に対してしずの持った感想は…思っていたより『平和』だった。


空港のあった首都では自動小銃を持った兵士が警備にあたっているのを見たが、一歩街を外れるとそこは熱帯雨林のジャングル、一定間隔で街や村、集落のある田舎の山奥といった風景だった。


この村に滞在して三日目。特に何もすることもなく子供たちと遊んだり、子供についてジャングルに踏み入って果実を採ったりしながら一日一日を過ごしていた。

大半がゴム農園で生計を立てているこの村の大人たちは、基本的に昼間は農園へ行っている。大きな子供たちはとなり村にある学校に通い、昼間の村には女性と小さな子供たちしかいない。


「ま、こんなもんだよ。でも日本人としては何だか焦っちゃうよね?」


「え…ええ、まあね」


見透かされたようで静は少し動揺する。何かしなきゃいけないんじゃないか、こんなジッと待つだけでいいのか?と少し焦り始めていたのだ。


「あはは。俺も初めてアフリカに行った時はそうだったんだよ、『え、俺なにもしなくていいの?』ってさ」


やるべき事があればやる、なければ何もしない。困っている人がいれば助ける、いなければ何もしない。

行動に移す理由がなければ行動しない。出来ない時にはしない。これがこの辺りでも基本スタンスだ。


「何が良し悪しなのかは俺にはわからないよ。『杞の国の人の憂い』じゃないけどさ、俺たち日本人は暇があればいつ落ちてくるかわからない空を心配して『備える為に何かしなきゃ』っていう心境になっちゃうよね」


俺なんて貧乏人だから特にね、と祐樹は笑う。

と、そんな二人の元をベネッタが訪ねてきた。


「ユーキさん、今、大使館と繋がってます。話したい事があるようなのでこちらまで来ていただけますか?」


すると祐樹はしずを振り返り


しずさん、ちょっと向かいへ行ってきます。一人で出ちゃいけないとは言わないけどあまり遠くへは行かないでね。あと道を外れると地雷とかあるかもだから気をつけてね」


と少し恐ろしい言葉を残して祐樹は向かいの家へ。


「地雷、ね。なんか実感ないなぁ…」


しずが差し入れでもらったドライフルーツを摘んでいると


「シズ、シズ!」


女の子がしずを呼びに来た。先日あやとりを教えた、たしかこの村の村長さんのところの女の子。何か遊んで欲しいようだ。


「そっか…そうね、今日はゴム跳び教えよっか」


しずが女の子に『ゴム?ガム?ラバー?』と言って手を広げ『長い』というのをジェスチャーで示す。するとその子はしずの手を取って走り出す。どうやら伝わったようだ。


「/&☆$%→!」


何かを言うと女の子は玄関扉を開け、そのまましずを女の子の自宅へと引き入れた。


「あ!お、おじゃまします」


しずは言ったものの、女の子の自宅『村長宅』には誰もいないようだった。


「#&/$%?」


女の子は部屋にあった戸棚の引き出しから長いゴム紐を取り出す。ゴム跳びに使えそうな、いい長さのゴム紐だ。


「あ、これこれ!いいのあるじゃない、使っちゃってもいいのかし…」


しずは壁に掲げられた一枚の写真に目が釘付けとなり、言葉を失う。

きらびやかな額縁がくぶちに入れられ、仰々しく掲げられた男性の写真。まるで『神』かの如く崇められているその写真の人物にしずは見覚えがあった。

忘れようもない、テレビでも見たことがあり、この国へ来る前の予習でも散々見た『男』の写真。

この国の王族の男。そして


反政府組織、テロリストの首領だ。


女の子はしずの視線に気がつくと、彼女もその写真に向き直り手を合わせて深々と拝む。


「$☆♪%#%」


そして何かわからない言葉を発すると、何事もなかったかのように笑顔でしずの手を引き、家を出る。


(ここは…村長の家よね。その幼い娘が日常的にあの男の写真を拝むよう習慣づけられている。それが意味する事は…)


ここが反体制派の村。テロリストの居城の一つだという事に他ならない。

ダメだ!気づいた事を村人に気づかれてはいけない。なにせ反体制派だ、ヘタをすると人質として国を相手に脅迫されたり、まかり間違えば見せしめに『処刑』だ。

しずは動揺を見せぬよう普段どおりに子供たちと遊び、しばらくの後に祐樹も合流。やがて日も暮れて子供たちは帰っていった。


「ふぅやれやれ。今日も平和に一日が終わったね」


と笑う祐樹にしず


「祐樹さん。少しお話いいかしら?」


出来ればシュミットとベネッタも、という事なのでとりあえず二人は彼らの家の方へ。


「どうしたんだいしずさん。そんな暗い顔をして」


もうそろそろホームシックかな、と笑う祐樹をよそにしずは家の周囲のキョロキョロ確認し、誰もいない事を確認してからその重い口を開いた。


「祐樹さん。ここ、反体制派の村よ」


途端、祐樹もシュミットもベネッタも息を飲む。


「…しずさん、それって他に誰かに言った?」


「言えるわけないじゃない!あの男の写真を見た瞬間から今現在まで生きた心地しなかったわよ。バレないようにその荷物持って早く逃げ…」


嫌な気配を感じ、しずは言葉を止める。ふと見た窓の外、夜の闇の中にこちらへ向かう人影と彼らが手に持つ光るモノを見つけた。刃物を手に誰かがここへ向かっている!


「ダメ!バレたみたい。来るわ」


しずはとっさに足元にあった木の棒を拾う。竹刀にも近い長さの棒、相手が刃物であれ自分の距離ならば負ける気はしない。



しずっ!」


祐樹の叫び声に振り返ったしず。その目に飛び込んできたものは


「動かないで。私はあなたを撃ちたくない」


しずの顔に銃口を突きつけるベネッタ。

知っている。この拳銃の事は事前にこの国について予習した時に見たし知った。旧ソビエト製のオートマチック拳銃で、上部のスライドでチャンバー内に弾を装填しなければ初弾は出ない。撃鉄が起きていないという事はまだ装填されていないはずなのだ。

そしてこの距離。竹刀ではないにせよ手には棒を持っている、自分の距離だ。だが


「あ…あぁ…」


その銃口の、螺旋の奥へと続く暗闇にしずは目を奪われ、身動き一つ出来ずに後ずさる。自分の読みが違っていたら、ベネッタが指を一つ動かすだけで自身の生涯が幕を下ろすのだ。


しず。彼らに逆らうんじゃない、大人しくするんだ」


そういう祐樹も両手を頭の後ろで組んでいる。シュミットに拳銃を突きつけられていたのだ。この二人、ガイドと通訳の夫婦も『反体制派』だったのだ。


状況は…完全に詰んだ。


---


ほどなくして長いなたのような刃物を持った男たちが数人やってくる。その内の一人にしずは見覚えがあった。

この村へやってきた時に話をし、自分たちとシュミット夫婦に家を貸してくれた男。そして昼間遊んだ女の子の父親。村長だ。

彼はシュミットと一言二言の言葉を交わし、そしてそれをベネッタに告げ、ベネッタが通訳をしてくれる。


「この村の事を知られた以上、日本人であるあなたたちを滞在させるわけにはいかない。なので出て行って欲しい、そうです」


「へっ?」


てっきり人質にされるか殺されるかを覚悟していたしずは、その言葉に突拍子もない声を上げてしまう。

さらに村長はベネッタに耳打ちする。


「ただし、アレは置いて行って下さい」


とベネッタが指差すのは、今回の依頼で運んでいた『支援物資』。

ダメだ、今回の目的はアレを届ける事だ。それだけは…としずが異論を挟もうとするその前に、それを祐樹に目で制される。


「ああ、かまわないよ。でも私物は持って帰ってもいいんだろ?」


再びベネッタは村長と二、三、言葉を交わし


「ええ、構いません。あなたがたには悪いとは思ってますが…」


「いいよ。事情は察するよ。でも銃口を向けながら話す言葉じゃないなぁ」


と祐樹は苦笑し


「じゃあしず、行こうか」


と、祐樹は銃口を向けられてすくみあがっているしずに手を差し伸べる。


「大丈夫だよ。俺たちが暴れたりしない限り彼らは撃ってきたりはしないよ」


そう言うと優しくしずの手を取り、自分たちの荷物を取りに行くとそのまま二人は村を後にした。


---


そんなのも束の間、村から三分も歩いていないような場所で立ち止まると


「ま、とりあえずココで夜を明かそうか」


と。


「えっ、何!?こんなトコ!?村から全然離れてないじゃない!?」


先日、子供たちと果実を取りに来た森の入り口あたり。ここから少し木の向こうを覗き込めば村の灯りが目に入るような場所だ。


「ま、人里に近い方が猛獣も出ないだろうし。第一こんな時間にジャングルを歩くなんて自殺行為だよ」


そう言って祐樹はバックパックを下ろし、中からナイフを取り出す。


「え、でも彼らに見つかって襲われたりしないかしら?」


すると祐樹は笑い出す


「あははは!ないない。そのつもりならあの場で撃たれてるって。彼らは彼らの立場があって俺たちを村の中に滞在させるわけにはいかなかっただけだよ」


そしてそのナイフで、あたりにあった巨大なシダのような植物の葉を切り落としてゆく。


しず。虫とか平気?」


「うん、ある程度なら大丈夫、かな」


まあぶっちゃけ毒さえなければ全然平気だ。ゴキブリを食べろとか言われない限り、触ったりする分にはなんの問題も感じない。


「じゃあコレ、簡易のベッドだからここで仮眠とりなよ」


それは巨大なシダの葉だけで作った簡易のテントとベッド。確かに虫は入り放題だ。


「祐樹、あなたは?」


「俺は夜の番をするよ。明日の日中に仮眠とるからさ」


レディファーストだよ、と祐樹は胸に手を当てて笑顔を見せ、もう片方の手でしずを簡易ベッドへといざなう。



「ここが高級ホテルだったらそれも様になったんでしょうけどね」



しずも緊張を解いて笑い、束の間の休息をいただいたのだった。








宗教、政治、人種、主義。戦争や内戦には様々な理由があります。

ただ、根底に西側と東側が絡むとどうしても『西側=正義』『東側=悪』みたいな表現にされてしまいがちですよね、日本は西側ですし。


人が人である以上、対立とは避けられない『コミュニケーション』の一つなのかもしれません。

ですがそこに正義も悪もなく、言うならば『大義vs大義』でしょうか、それを『戦争』という手段で解決しようとする行為そのものこそ『悪』ではないかと私は考えます。


そして悲しい事ですが『戦争』という人の命まで消費する『大量消費』、これにより潤う人や国も存在するという事も目を背けてはならない事実です。





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