第168話 閑話18『危険な新婚旅行・起』
結月たちがグリムルへ赴いている一方、祐樹たちはというと…
「おい、お前ぇら!ここは通行止めだ。大人しく荷物を置いてくってんなら通してやるぜ」
運が良いのか悪いのか、たまたま乗った乗合馬車が盗賊たちに襲われていた。
「なぁに命まで取ろうとは考えちゃいねえ、おとなしく金目の物を…」
と、そこまで前口上を丁寧に述べた盗賊団のリーダー格らしき男の背を、瞬時にして背後へと回った静が刀の鞘で薙ぎ払う。
「ふんっ、この程度で山賊稼業なんて。よく今まで命があったものね」
「いや…君が規格外すぎるんだよ」
思わず祐樹も静へツッコミを入れる。
港町・マイルにもほど近い峠越えの街道。そこで祐樹たちの乗った乗合馬車は盗賊団の襲撃を受けたのだ。
一瞬にしてリーダーを屠られた盗賊たち、静の睨みを受けると後ずさりし、そして一目散に逃げ出した。
「追わないのか?」
「ええ。彼らには彼らなりの事情があったのでしょ、あの時みたいにね」
まあ乗合馬車に私たちが乗っていた事が彼らの運の尽きね、と静は笑う。
「あの時?」
祐樹が思い当たる節もなくポカンとしていると
「なによ。忘れたとは言わせないわよ、一生言い続けるって言ったじゃない」
そう言って静は挑戦的に祐樹の瞳の奥を覗き込む。
「げっ、まさかアレの事か?」
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「吉井さん、そりゃダメだって!」
祐樹は思わず大声でそれを拒否する。
「いいじゃないか。渡航費はこっちで二人分負担するって言ってんだ、二人で行ってこいよ」
事の発端は祐樹の海外ボランティア活動に静が同行したい、という話だった。
だが今回は国の援助機関やNPOの依頼ではなく、吉井教授の知人・太田会長個人からの依頼であり、その上行き先は東南アジアの某国、政権争いから反体制派が立ち、内戦へと発展した彼の地。
我が身を守れず自分が死ぬのは無念ではあるが仕方がないにせよ、恋人を、もう間も無く妻になるであろう婚約者を連れて行くなど祐樹には考えられなかった。
なのでそれを知人であり静の恩師でもある吉井教授に止めてもらおうと静と共に教授の元を訪ねた祐樹だったのだが、そんな祐樹の考えを知ってか知らずか吉井教授は『ちょっと早めの新婚旅行をプレゼントするって言ってんだよ』とニヤリと笑う。
嬉しくて小躍りする静を横目に祐樹は深いため息をついた。
「ま、中村さんにとっても良い経験になると思いますし。ただ…」
と言うと吉井教授は真顔に戻り
「中村さん、何があっても祐樹のことを信じる事。それと祐樹の言うことに従う事、これだけは必ず守ると約束して下さい」
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「で、その結果がコレってな」
祐樹はため息を吐く。
現地の空港を出て二日目。ガイドの案内で目的の村まで向かっていた祐樹と静、そしてガイドと通訳のあわせて四人。
が、途中のジャングルの奥で乗っていた四駆車は反体制派の置き土産の罠にかかり立ち往生、車を捨てて近隣の村に助けを求めたのだった。
「ふふっ。私は命があっただけでも儲けものだと思ってるわよ」
そう言って笑う静。
僻地の村と言っても未舗装ながら道路もあれば車も走っており、貸してもらえた空き家も壁床天井の揃った、電気も通った立派な『家』だ。
かといって決して清潔な場所とも言えず、あまり女性に勧められた環境ではない。だが静はそこに不満もないようだ。
「まあ中村さんがそう言ってくれると…」
「し・ず・!」
静は祐樹の呼び方を強い口調で訂正する。
「もうすぐ私も『真島』の姓になるのよ、それに今回は『夫婦』って設定じゃない」
万が一の事態で国に救援を求める際に『無関係で部外者の女子大生を同行させていた』というワケにもいかず、今回は『共に支援活動をしている夫婦』という設定で二人はここへと赴いていた。
「そっか、そうだね。わかったよ静さん」
その『さん付け』の呼び方に若干の不服さを見せながらも静は『まあいいわ』と笑顔を見せる。
「でね祐樹さん、今回届けるはずだった物資はどうするの?」
太田会長から預かった『救援物資』。この国の奥地、医療過疎地で医療に従事する日本人医師へと届ける物資。主に抗生剤やワクチン、医薬品の類だ。
「ああ、あれね。それならこの村の人たちが車まで行って取ってきてくれたよ」
祐樹は自分たちがあてがわれた家の向かいにある家を指差す。そちらにはガイドの若い男性『シュミット』と通訳でその妻、自分たちと同世代くらいの女性『ベネッタ』が同じように家をあてがわれている。
「大使館と連絡がついてまた別の車を手配してもらったら輸送再開だ」
と、静がふと表を見ると、こちらの家を隠れて伺うように視線を向ける子供たちの姿がチラホラと。
「子供…いっぱいいるよね?」
すると祐樹は表へ出て、大きく手を広げて手招きをする。一人、また一人と祐樹の前へ集まってくる子供たち。
「☆€%○×<$〆!」
「&#@$%!」
知らない言語で話す子供たち。祐樹は拾った枝で地面に連なった丸をいくつも描いてゆくと、それを片足で跳んだり両足で着地したり、ようするに『ケンケンパ』を始める。
すると子供たちも祐樹の後について同じように跳びはじめる。笑顔で殺到する子供たち。
「へぇ〜意外。子供の相手がうまいのね、祐樹さん」
「これアフリカでも子供に受けたんだよ」
と戻った祐樹は自分のバッグから手帳を取り出すとおもむろにページを破り、斜めに折り目を入れる。そして余白を切り落とし『正四角形』の紙を作った。
それを静へ渡し
「静さん、何か『折れる』?」
折り紙だ。
祐樹はそう言うともう一枚正四角形の紙を作り、そこから『鶴』を折り始める。興味津々で集まる子供たち。
「ほら、ごらん」
出来上がった折り鶴の胴に空気を入れると頭と尻尾を引っ張って羽ばたかせ、祐樹はそれを小さな女の子に渡した。するとその子は嬉しそうに折り鶴を受け取り、同じように羽ばたかせるとその折り鶴を掲げて走り始めた。
「ふふ〜ん、なるほどね。でも私のはちょこっと凄いわよ」
と静が折り上げたのは…なんだこりゃ?
「題して『幻獣』よ」
折り鶴、のようなモノに足が生え、そして前後に頭。これはまさか…
「素直に鶴が折れないと言えば…」
要は折り鶴の出来損ない、失敗作だ。
「いいじゃない、これはこれでカッコいいでしょ?」
その何かよくわからないモノを受け取った男の子も、とても嬉しそうにそれを手に駆け出し、怪獣の吠えるような声を上げてソレで遊んでいる。
「まいっか。子供たちも嬉しそうだしね」
祐樹はそう笑うと手帳のページを大量に破り、沢山の正四角形の紙を作ると子供たちに配る。
そしてそれを受け取ってポカンとする子供たちの前で、祐樹はゆっくり、ゆっくりと折り鶴を折り始めた。
それを見た勘のいい子が見よう見まねで鶴を折り始め、それにならい皆も鶴を折り始めた。
「ほら、静さんも覚えなよ。いい機会だろ」
「うっ…そうね」
見よう見まねで折り鶴を折る静。そんな静に祐樹が『ほら静さん、そこ』と何度も訂正を入れる。すると子供たちも
「ホラシズサン!ホラシズサン!」
と静に呼びかける。
「ほら祐樹さん、あなたがそんなに連呼するから私の名前が『ホラシズサン』になっちゃったじゃない」
すると子供らは祐樹を指差し
「ホラユーキサン!ホラユーキサン!」
と笑う。
「あははは、こりゃまいったな」
祐樹はそう笑うと自身を指差して
「ユーキ、ユーキ」
そして静を指差して
「シズ、シズ」
そんな風にして二人が子供たちとコミュニケーションをとって遊んでいると、一人の若い女性が近づいてきた。通訳のベネッタだ。
「ユーキさん、大使館とは連絡が取れたそうです。車の手配も一応は出来たのですが…」
と少し困り顔のベネッタ。
「ええ、わかってますよ。この辺りは反体制派の集落も多くて派遣に時間がかかると言われたのでしょ?いいですよ、気長に待ってます」
と祐樹は笑顔を見せる。するとベネッタも笑顔を見せて
「そうですか。私と主人も向かいに控えてます、何かあったら気軽に声をかけて下さいね」
そう言って向かいの家へ戻っていった。
そして再び始まる子供たちとの時間。静かな村に子供たちのはしゃぐ声が響き渡る。そんな状況に静がふと呟く。
「平和ね…」
が、祐樹は黙って首を横に降る。
「この国は今、内戦しているんだ。ここもいつ戦場になるかわからない。本当はこんな危険な場所で足踏みしたくなかったし、そもそも君と一緒に来るべき場所じゃないんだよ」
なのになんで吉井さんは…と言って祐樹はため息をつく。そんな祐樹に静は
「あら、私たぶんあなたより強いわよ?何かあったら私が守ってあげるわね」
と余裕の笑顔を見せる。
「うん、まあそうならない事を祈るのみだね」
祐樹はそう言って苦笑すると再び子供たちと遊びだし、村には穏やかな時間が流れ始めた。
祐樹と静の新婚旅行の話、全四話でお届けします。
といいますか、この四話の後も祐樹の最初の旅を逆に辿るナワまでの話になる予定です、結月とルークたちのお話はしばらくの休息となりますね。
降って湧いた新婚旅行。内戦の国という事もあり静も警戒はしているものの、少し浮かれています。
そういう意味では、海外でのモラルや常識の違いをよく知る祐樹の方がその恐ろしさと現実をよく知っています。
ですが無論、誰かが死んだり酷い目にあったりすることはないんですけどね、この話の中では。
…おや、遠くから声が聞こえるぞ?
『こら〜…!私の章を返せ〜…!』