第165話 『神の鉄槌』
「テメェっ!最後の手段が『神頼み』ってそんな無茶苦茶な話があっか!?」
アマンダはリカルドに摑みかかる。もはやリカルドはアマンダのなすがままだ。もしかするとリカルドはこの計画が失敗した時点で、もうアマンダに命を奪われてもいい覚悟があったのかもしれない。
アマンダの手が拳を握りしめ、リカルドを殴ろうとするそんな時だった。
「カカッ!そうか、遥の言っておった『手の出せぬモノ』とはこれの事じゃったのか」
彼奴も無茶振りしよるな、と永は笑う。
「笑い事じゃねえ!あたいの親父が死んじまうかもしれねえんだ!」
「ああそのようじゃな。放っておくとまずい」
と永が指差したのは、山頂にある例の『天人像』
「あれじゃ。あれに人の思念が『呪術』となって残留し『逃げる王』を呪っておる」
曰く、天人像に残留させた魔力が逃げる王を呪い、緩やかに『死』へと誘っているらしい。
「え、でも永、じゃあゲオルグは?」
約三百年前。グリムルから王位を持って飛び出した、当時のグリムル最強の男『ゲオルグ・グリムウィン』
だが当時のゲオルグに呪いの類に苦しめられていた形跡など全くなかった。その後も彼は東の果てを越え、子を成し、ナワのあるあの島で生涯を閉じたはずだ。
「カカッ!ゲオルグな。そもそもヤツのような者がおったからその呪いが『発生』したのじゃ」
約三百年前、王位を持ってグリムルの街を出たゲオルグ。それを境に『獣人の街』は衰退を始める。
だがそれに取って代わったのが、当時には既に西の島より少しずつこの大陸へと移り住み始めていた『鬼人族』。
その彼らこそ創造主・遥にその身体能力を恐れられ、永遠の計らいによってグリムルから海を隔てた西の島に住まう事を許された『変異種族』だ。
「その鬼人族の高位の呪術士が、死に際して自分たち鬼人族が獣人たちと同じ轍を践まぬよう、強き王を敷き決して逃さぬよう『呪い』をこの街にかけたようじゃ」
巨大建造物を媒体にしてな、と永は窓の向こうの天人像を顎でしゃくる。
「そ、そこまでわかってんならその呪いも解けんだよな?あたいの親父も助けられてんだよな、な?」
その時の永の微笑み、そしてその後の光景をアマンダは一生忘れる事はないだろう。永は『無論じゃ、まあ見とれ』と窓の外に目を移す。
昼間だというのに雨雲に覆われて薄暗く、雨霞に煙るその山々の景色。
そして遠くの山の頂にそびえ立つ『天人像』。
永につられて皆が外の景色に注目する中、突如として天人像の上にだけポッカリと雲に穴が開き、美しい青空を覗かせる。
「あ?なん…」
アマンダが疑問を呟こうとした次の瞬間!その『雲の穴』から強烈な光の柱が天人像へと降り注ぐ!
「きゃっ!眩しっ!何!?」
強烈な『眩い光』。思わず結月でさえ悲鳴を上げてしまう。皆が手で目を覆い、正視できない。
皆、その指の隙間から何が起きているのか確認しようと試みるのだが、眩しすぎて全く何も確認できない。
唯一確認できたのは、腕組みをしていた永が顎をさすって『うむ、こんなものか』と呟いた事くらいだ。
と、止んだ、『光の伴流』。が、
「次は『耳』じゃな。耳を塞ぐのじゃ、急げ」
永に言われるがまま、皆は疑問顔のまま急いで耳を塞ぐ。と同時に轟音と共に強烈な振動、『衝撃波』が城全体を襲いかかる!
幾分かの壁は崩れ落ち、窓も粉々に粉砕、城の山側にある窓は窓枠もろとも全てが吹っ飛ばされた。
「な、なんだ!この世の終わりか!?あたい死ぬのか!?」
そんなアマンダの動揺も恥ずかしいくらい、それはほんの数秒で終わった。
「終わった…の?」
「うむ。これでどうじゃ」
永の指し示す先は窓の外。そこには…
「な、何も…ない?」
そう、何もない。何も無くなっていたのだ。あったはずの天人像はおろか、それの立っていた『山』、さらにはそれに連なる山々さえも。
「最初は残存する思念だけを消す事を考えておったんじゃがな」
遥が『後々ややこしいし、もう全部消しといてね』なんて言うからの、と永は笑う。
さっきまでは曇天に煙る山々が見えていた窓の景色。
それが今や雲も蒸発し尽くして雲一つない晴天。そして山は跡形も無くなり太陽に照らされるだだっ広い『原野』だけがそこに広がっていた。
「…もちょっと加減できなかったの?」
呆れ顔の結月に
「これでミニマム出力じゃ」
なかなかじゃろ、遥の『人工衛星砲撃』は、と永は笑う。
『人工衛星砲撃』
本来は宇宙移民船の周囲警戒用ビットだった今の地球の『人工衛星』。
そのビットの本来の役割、それは宇宙を航行中の移民船の周囲の警戒はもちろん、航路上に接近する宇宙塵や彗星、小惑星なんかを探知し速やかに『消滅』させる事だ。
今のサイズになってしまった地球ならば、現存している八基のビットが同時に全力でレーザーを照射すればおそらく地球を丸ごと消滅させられる威力を持つ。
そんなモノの一つを使って天人像を山ごと消滅させたのだ。いうならば
『とりあえず玉子を割るのに三階から十トンの鉄塊を投げつけるバカがここにいる』
という事だ。まあ正しい結果にはなったのだが。
その変わりきってしまった景色を眺め、結月が呟く。
「はぁ…もう言葉もでないわね。でもこれで一件落着、なのかしら」
こんな力技でいいの?と結月は永を振り返る。
「うむ。これでこの街の『王』に関する呪いは消え失せた。あとは此奴らがまた勝手に『呪い』なんぞ拵えねばいいんじゃがな」
と今度は永がリカルドたちを振り返る。
「…もしや…あなた様は…」
「リカルドよ。何も遥はヌシら『鬼人』が憎くて滅ぼそうとしたわけではない。そして儂も別に鬼人が愛しくて救ったという訳でもないのじゃ」
ま、まさか…と呟き唖然とするリカルド。
「結果として鬼人の存在はこの地に住まう者達にとっての強固な礎となった。それは儂や遥の計算や想像を超えてな。だから儂らも遥もヌシら鬼人族には感謝しておるのじゃぞ」
永は微笑む。
「…あなた様が…」
「儂はな、母様に新たな名を貰ったのじゃ。今の儂は『永』と、そして我が同胞は『遠』と名乗っておる」
「…永遠様!」
地に跪き、拝むように合掌するリカルド。
「もうその名は使うてはおらぬのでな。それに勘違いするな、儂は神などではない。造りは違えど儂も一応は『生き物』じゃ」
横で結月が『ブッ!』と吹き出す。
「…なんじゃ、異論があるのか?」
「いや『一応』って…その自覚あったんだ」
重めの空気を払拭するような永と結月のプチ漫才。だがレオナルドとリカルドは暗い顔は晴れる事もなく
「エイ様。我らグリムルの鬼人族は中央教会に叛意を持ち、準備をしておりました。これは全て兄と私、二人で目論んだ企みにございます。罰は全て我ら兄弟に…」
そう言ってレオナルドは頭を下げ、リカルドも『我ら兄弟、いかなる罰でも。ですが鬼人族だけは…』と頭を下げる。が
「ちょっと待て!テメェらに罰を喰らわすのはあたいが先だ!それまで誰にも手出しさせねぇぞ!」
と、アマンダが彼らの前に立ちはだかる。
「ふむ、参ったな。それでは我らには手出しできん」
永はニヤリと笑い、顎をさする。
「いえ、冗談を申しているわけではありません、エイ様がお赦し下さっても『天人様』がこの事をお赦し下さるはずが…」
すると永とルーク、アマンダの視線が結月に集中する。
「…なんで私を見んのよ?」
とぼけようかとも思った結月だったのだが、もうこの状況でそんな事もできるはずもなく
「はいはい、わかりましたよ。私も遥もグリムルの企みについては知ってたけど、実行に移されなかったそれを教皇も天人も罪には問わない、これでいいわよね?」
そう言って結月は例の『教皇のお墨付き』を、ものすごく嫌々に出す。
「これは…貴女も我々と同じ『天人の血を引く者』なのですか?」
結月が『まあそんなところよ』と茶を濁そうとしたところを
「否、このお方は三百年前に目覚められた五人の天人の内の一人じゃ」
と永にかぶせられる。途端に目を見開き驚愕の表情で結月を見るリカルドとレオナルドの兄弟。
「はぁ…だから自分が天人だって知られるの嫌なのよ。そういや自己紹介がまだだったわね、私は結月、一応天人よ。でも私は私なの、あまりそういう目で見られると私だって傷ついちゃうわ」
そう言って結月は肩をすくめ、ため息をつく。
「わかりました。先ほども、そして先刻も刀を向けてしまい失礼しました。我々は貴女のことを『旅の女剣士・ユヅキ様』として扱わせていただきます」
そしてまだ自己紹介をしていない男が一人。
「あ、俺か?俺ぁお前ぇと剣を合わせる時に名乗っただろ?」
「いえ、貴方は『グリムウィン』の名を名乗っておりましたが…」
ルークは懐から『登録証』を出し、机の上に『バンッ!』と置く
「見てみな。そのまんまだ」
登録証といってもそれはDNAデータをベースとした『ステータス・ウインドウ』なのだ。偽造は遥とて不可能だ。そもそもそれが偽物だと疑う余地をこの世界の人間は持たない。
「おお…古の王の末裔というのは真でしたか!」
リカルドとレオナルドはまじまじとルークを見る。
「やめてくれ、そもそも俺とそのゲオルグとかいう男は全然似てねぇし、俺を見ても仕方ねえだろ」
「でも向こう見ずな所は似てるかもね」
と結月は苦笑い。
「まあ『王位を返しに来た』ってのは冗談だけどよ、さすがに名前を返すわけには…ってお前ぇら前王は、アマンダの親父っさんの事はどうすんだ?」
アマンダの言葉通りなら彼ら兄弟が『王位を簒奪』したという事なのだが
「そうだ!親父だ!テメェら親父が戻ったらその王位返すんだろなっ!?」
だが兄弟は困ったような顔を二人で見合わせて
「その先王なのですが…『王なんてメンドくせえしテメェら兄弟の企みの方が面白そうだ、お前ぇら好きにやれ』と言って野に下られました」
とため息をつく。
「だぁ〜!なんであたいのまわりはバカばっかなんだ!」
そのせいで己の命を落としかねない事になっているというのに、だ。さすがアマンダも地団駄を踏む。
「じゃあこうしましょう、とりあえず集めた兵は報酬を払って王命をもって解散、追放した天人教会関係者には使者を出して復帰、でアマンダのお父さん、アルバートさんだっけ?、その方も王城から向かいの者を派遣してとりあえず一度戻ってもらいましょう」
関係者全員が集まったら私が『中央の代表』として説明するわ、と結月。
「もうついでよ、面倒ごとは一気に片付けたいし。一度だけ『天人様』になってあげるわ」
グリムルにかかった『呪い』の話、永はそれを遥から聞きました。
じゃあなんで先日の会合の時に結月たちに話さなかったのかって?それは『聞かれなかった』からです。
まあ遥の気が利かないのは今に始まった事ではありませんけどね。やはりそこはどこまで行っても『人工知能』だから仕方がない事なのでしょうか。
とか思ってたら先日、iPhoneのA.I.に翌日の目覚ましアラームの時間設定を『これでいかがでしょう?』と通知で推奨されてしまいました、しかもちょうどベッドに入る頃に。
さらには曜日によるパターンを学習しているのか、時間もキッチリ合ってるし。