第164話 『神への祈り』
「ふっ、何を世迷い事を…」
リカルドはルークの名乗りを一笑に付す。
「ま、信じなくても、いいぜっ!」
ルークはそう言って斬りかかると同時に魔法を放つ。だがそうそうは当たらない。
次、次、次とテンポよく連撃と魔法を繰り出すルーク。
「さすがは彼女が、アマンダが雇うだけのことはあるようですね。ですが…」
リカルドの『気』が一気に高まる!
「『王』を名乗るのは度し難い!」
ルークの連撃の隙を突いて刀を一閃、速い!ルークの眼には追えないその速さ。が、そのモーションでどこに来るのかは大体わかる。それを剣で受けようと構えるルークだったが身体が警告する、これを受けてはならない!それを信じ咄嗟に後ろへと跳ぶ。が、
「ぐあっ!?」
吹っ飛ばされ、身体に受ける『衝撃』。立ち上がろうとする身体に痺れが走る。受けてもいない、当たっていない刀によるダメージを受けたのだ。
「受けていれば楽に送ってあげられたのですが…残念ですね」
再び構えるリカルド。よろめきながらもルークは立ち上がり、自身の手足の感覚を確認。若干の痺れはあるものの出血やひどい痛みもない。
「ふんっ、効かねえぜ。こんなの序の口だろ?来いよ」
「いい覚悟です」
小雨の降り始めた練兵場に緊張が走る。再びルークに襲い来る『一閃』。だがこれはさっきのアレとは違う、ルークはそれを剣で受ける。続いてまた一閃、これも違う。そしてリカルドに気がこもる
「お逝きなさいっ!」
青白い光の軌跡を描くリカルドの一閃。ルークはこれを待っていたのだ。
「甘ぇ!」
その輝く一閃をルークは剣で受け止めた。途端、交わった剣と刀は猛烈な光と火花を放つ!
「くっ!?」
うめき声を上げて弾かれたのはリカルドだった。
雷撃を纏わせた『リカルドの一閃』。それを一度受けて理解したルークはさらに高電圧の雷撃を剣に纏わせ、リカルドの『雷撃の一閃』を弾き返したのだ。
驚愕の表情で呻き、膝をつくリカルド。そこへルークの放った追い討ちの氷の槍が次々と襲い来る!
素早く下がり、それらをかわすリカルド。そして最後の一槍を刀で払い落とし、視線を前へ向けるがそこにはもうルークはいない。
「後ろかっ!」
咄嗟に刀を上にかざし、後方からのルークの一撃を防ぐ。さらなる一撃を加えようとするルーク。だがその瞬間、リカルドは有り得ない素早い動きでルークから距離を取り、再び身構える。
「チッ、やっかいだな、『天人』の血ってのも」
そう舌打ちしボヤくルークの周りに火球が現れ、リカルドを矢のような速度で襲撃する。
「ふっ、こんな物が当たるとでも…っ!?」
とリカルドがかわした次の瞬間!火球はリカルドのそのすぐ横で白煙を上げて爆ぜる。例の『爆裂火球』だ。その爆風を真横でモロに受け、吹っ飛ばされるリカルド。
「どうだ、なかなか面白れぇだろ?」
即座に立ち上がるも少なからずのダメージを受けたリカルドは膝をつき、睨むような目線でルークを見上げる。
「なあ。ここまでやりゃぁお前ぇにもわかんだろ?お前ぇは確かに強ぇよ、けど俺には勝てない、『中央』にもだ。だから俺たちの話、ちょっと聞かねえか?」
リカルドは怒りをあらわにルークを睨みつける。
「話を聞いたとて…話したとて何が貴様にわかる!我ら鬼人族の悲運も知らぬ貴様にっ!」
再び立ち上がり、刀を構えて襲い来るリカルド。
「チッ、なんでこんなに『天人』ってのは物分かりが悪ぃんだ、あ?」
と肩をすくめ、ルークは結月を振り返る。そんな戦いの最中によそ見をするルークに結月は驚くのだが、さらに驚かされる事が
「ルーク!?それ使っちゃ…!」
ルークの横に現れた二つの『光球』。プラズマ核融合の高エネルギー体だ。ひとたび人に当たりでもすれば塵すら残さず消し飛ぶ、もし外れたとしても大爆発。もはや殺害以外には使い道のないような魔法だ。
「わかってんよ。だからこうすんだ」
二つの光球は瞬時にリカルドの左右に展開する。その距離、左右におよそ五メートルほど。身構え、それを訝しげに警戒するリカルド。だが次の瞬間!
『バンッ!!』
左右のプラズマ体から発せられた『プラズマ放電』。その高圧電流は中間地点にいたリカルドを左右から直撃!
「ぐぁっ!?」
リカルドは意識を失い、力なく崩折れた。
「と、まあこんなもんだ。殺しちゃいねぇぜ?これでどうですかエイ先生?」
「カカッ!お主にしてはよくやったなルークよ。八十五点じゃ」
百点満点の自信があったルークは『はははっ…そっすか』と苦笑。
皆が倒れたリカルドの元に集まると、先ほどアマンダを運んで行ったリカルドの側近の男も結月たちの元へ現れた。
が、帯剣もしておらず、戦う気配もなく歩み寄ってくると彼はリカルドの生存を確認、結月たちを見渡して胸に手を当てて頭を下げ
「我らが王を止めていただき、感謝します」
と礼の言葉を述べた。
「んまぁこいつも一応は今のこの街の『王』なんだろ?雨も降ってんだ、どっかいいとこで寝かせてやれよ」
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リカルドを担いだ側近の男に案内されたのは、アマンダも眠る城の治癒所だった。
「此度は我らの騒動に巻き込んでしまい、ご迷惑をおかけしました」
と頭を下げる側近の若者。
「ま、気にすんなよ。俺たちだって完全に外様ってワケでもねぇかもしんねえしな」
そう言ってルークは視線を永へと移す。
「そうじゃな。で、どちらから起こすかの?」
意識を失っているアマンダとリカルド。
リカルドから先に起こすと、それこそまたあの一幕をもう一度ここでやりなおす事になりかねない。なので
「…う、うん。あ…なんだ…?」
永に背中を押され、目覚めるアマンダ。辺りを見渡し
「…ってテメェ!リカルドっ!!このクズ何のんきに寝てやがるっ!」
真横で同じように寝かされていたリカルドに喰ってしまわんばかりの勢いで飛びかかるアマンダ。を永が止める。
「まぁ落ち着くのじゃアマンダ。心配せずとも寝ておるだけじゃ。ブン殴ると言うのじゃったら先にルークが一撃見舞っておる、それで溜飲を下げんか?」
「…ふんっ、別に心配ってワケじゃ」
とアマンダはリカルドの横にいる側近の若者に気づく。
「っててめぇレオナルドじゃねぇか!なんでてめぇ兄貴を止めなかったんだ!」
『全く面目もありません』と言ってアマンダに頭を下げる、リカルドの弟で側近の『レオナルド』
「ですが兄が『話がある』と言ったのに『テメェら絶対ぇブッ殺す!』と言って出て行かれたのはアマンダ様じゃありませんか」
「そりゃそうだろ、テメェら『王を討った』つっただろ!まだ生きてんのわかったからいいけどよ、もし親父に何かあったら今からでもテメェらには死んでもらうぜ?」
真顔で脅すアマンダのその手はナイフにのびている。
「謀った事は謝罪します。ですがこの事は当事者である王と王妃、そして我ら兄弟以外には漏らしたくない理由があったのです」
とにかく兄を起こしてもらえませんか、というレオナルドの訴えに応じ、永はリカルドも起こす
「……!!」
意識を取り戻し、周囲を見渡すや否や起き上がり身構えるリカルド。だがその身の近くに愛用の刀はない。
「兄さん、ダメだよ。負けたんだ」
レオナルドは力なく首を横に振る。
「レオナルド…」
観念し、構えを解くリカルド。
「ま、これでこっちの話も聞いてもらえそうだな。けどよ、とりあえずはこいつに説明するほうが先か?」
ルークは親指でクイッとアマンダを指し示す。
「…説明しろっ!」
観念したリカルドは今回の騒動の顛末を語り出す。
そもそもの発端は、とある一冊の『本』を読んでしまった事。
「天人教会から禁書指定されていた本なのですが、禁書もなにも『誰にも開けない』本だったのです」
いつからそこにあったのか、城の宝物殿に紛れていたその古書。誰にも開けない本という話だったのだが、リカルドとレオナルドの兄弟にだけその本を開くことができた。
「そして私は知ってしまったのです。この街にかけられた『天人の呪い』、そしてその『天人』により我ら鬼人族は滅ぼされる運命にあったという事を」
部屋の大きな窓から見える、雨霞のかかった遠くの山。その頂にそびえ立つ『天人像』をリカルドは忌々しげに眺める。
「そしてもう一つ。その本にはこのような意味の言葉が記してありました」
『この本は天人の血を受け継ぐ者にのみ開示を許す』
それを知ったリカルドとレオナルドは愕然としたという。この街が『神』と崇めている天人がこの街の『呪い』というべき掟の元凶であり、さらには自分たちにその血が流れているというのだ。
「私は私の持つ力でこれを終わらせるべきだと前王と王妃に相談し、あのお二方には身分を隠してもらい野に下っていただいたのです」
ならば別にアマンダにまで嘘をつく必要もないだろうし、それに
「でも…だからって『天人を廃する』ってのはちょっと行き過ぎじゃない?」
結月の言う通り、別にそのルールに縛られず彼らが新しく好きに始めたらよかったのではないのか。と誰もが思ったのだが
「いいえ。生きたまま王位を退こうとした王は過去に幾人かいます。ですが皆、『天人の呪い』によって一年を待たずに…」
それを聞いてアマンダはリカルドに摑みかかる
「んだとテメェ!じゃああたいの親父はどうなんだよっ!!」
「だから、そうなる前に呪いの根本である中央教会の天人、『教皇ハルカ』を叩こうと準備していたのですよ!」
そう言ってリカルドは天人像を指差す。それを聞いて愕然とするアマンダ。だが
「ですがアマンダ、神はなにも天人だけではないのですよ」
そう言って微笑んでリカルドは愕然と崩折れているアマンダの両肩に手を取り
「たしかに我ら鬼人族は『神』である天人に滅ぼされるべき存在でした。ですが鬼人族は滅ぼされる事もなく生きています。その運命から救ってくれた『神』が存在するのです」
窓の外の曇天の空を眺め、リカルドは
「我らが神、『永遠』様。どうか今一度我ら鬼人族に救済の御手を…」
そう呟き、祈りを捧げた。
リカルド。前王アルバートよりは弱いですが、即位しても周囲から文句が出ない程に強い男です。
今まで天人達と地球外生物に負け続けてきたルーク。ですがここに来て自分の強さを自覚し始めます。
ま、実際強いですよルーク。以前に永が
『それより何よりお主は…』
と言葉を濁した場面があったのですが、彼自身にも少しの秘密があります、本人も知りませんが。
それを知るのは師匠である永、そして全ての生命を観測する遥だけです。