第163話 『簒奪者』
グリムル。武を競い、最も強き者がそれを統べる街。
さすがは武の街らしくその佇まいは壮観で、槍を持つ屈強な男たちが守衛に立っている。街の奥には荘厳な城が見え、そしてそのさらに向こう、街を見下ろす遠くに連なる山の頂に白く巨大な『像』が建っている。
「あれが天人様とやらの像なんだってよ」
ユヅキ、アレお前ぇがモデルか?とアマンダはニヤリと笑い、わかってて結月に聞く。
「…どこ見て言ってんのよ」
遠くに見える巨大な『女神像』。手を広げ、街に加護を与えるが如く立つその女神像なのだが、とにかくとても豊満なのだ…胸が。
「はぁ…もうそのネタはもういいわよ。で、どうする?戦いの準備してるみたいだし、傭兵希望とか言って街に潜入する?」
「あたいに策がある。いいからついてきな」
そう言って先頭に立って街へと向かうアマンダ。
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「な、ア、アマンダ様!?」
守衛の男たちはアマンダを見るや跪く。
「ようお前ぇら、久しいな。奴を、リカルドをブン殴りに来た。通せよ」
思わず頭を抱える結月。策があると言っていたのは一体誰だ?
「し、少々お待ちを…」
「あぁん!?待たねぇよ」
そう言ってアマンダは守衛の男たちを無視して街へと入ってゆく。結月たちもそれに続こうとするのだが、当然
「と、とまれっ!」
と槍を向けられる。するとアマンダは
「こいつらはあたいの友人だ、見たらわかんだろ?」
そう言って腰のナイフに手をかける。
「死にたくなきゃ通せ。こいつらあたいなんかより格段に強ぇぞ?」
アマンダの言葉に従い、下がって控える男たち。結月にしても強引に押し通るつもりもなかったので、軽く会釈して彼らの前を通りすぎる。
「こんな強引に通るつもりもなかったんだけど…」
「気にすんなよ。ここは強いモンが正義だ」
そう言って笑い、街へと入ってゆく。
そして驚いた事に、街の人々はアマンダを見るや跪く者や喜びの表情で涙する者など様々、アマンダはここではとても有名で人気もあるようだった。
「ま、一応は王の娘だったからな」
『闇討ち王女』とか言われてたぜ?と笑うアマンダ。曰く、気に入らない重鎮たちの不正を暴き、それを笠に着てボコボコにしばき上げては街から追放していたそうだ。
「まあ王が『消えろ』っつったら簡単に追放は出来んだけどな。それじゃあ誰も面白くねえだろ」
さっさと行こうぜ、と一行は城を目指す。
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「アマンダ王妃、登城ー!」
城の外門で衛士がアマンダの来訪を大声で伝える。
「「王妃!?」」
結月とルークは揃って驚きの声を上げる。
「あたいにゃそんなつもりはねえ」
とアマンダは吐いて捨てる。城まで続く長い通路には、左右に立ってアマンダに剣を捧げて並ぶ衛士たち。それは完全に王族を迎えるそれだ。
そして通されたのは城内、ではなくここは…城の前にある前庭。察するに練兵場のようだ。
そこに待ち受けていた一人の男。細面の優男。ストレートで艶のある長い黒髪にそこから覗く二本の短い角。糸のように細い眼。一見すると華奢で文官のような佇まい。
だがこの鬼人の男こそ先王を廃したグリムルの新王・リカルドだ。
「やあアマンダ、おかえり」
優しい微笑みでアマンダを迎えるリカルド。がアマンダは瞬時に彼へと飛び掛かり、容赦なくナイフを突き立てる!
「リカルドっ!!てめぇなに考えてやがる!?」
鍔迫り合い越しにリカルドを睨みつけるアマンダ。
「おや?私を殺すと言って飛び出しておきながら貴女たちからは殺意が感じられませんね」
と苦笑し、リカルドは結月たちを見渡す。
「てめぇ…なんであんなウソをついた?」
「さて、なんのことでしょう?」
心の読めない、穏やかな眼でリカルドはアマンダの言葉を流す。が、次のアマンダの言葉でそれは一転する。
「もうわかってんだよ。親父、生きてんじゃねえか」
リカルドの表情は笑みであるものの、その糸のような眼に敵意がこもる。これから始まるであろう『闘い』に衛士たちを巻き添えにせぬよう、衛士隊長に目配せをして練兵場から衛士たちを退かせ、側近一人だけを残して人払いをする。
「はて?」
「しらばっくれんな!オークレットにいんじゃねぇか!」
リカルドはアマンダを強引に弾き飛ばし、鍔迫り合いを解く。
「…アマンダ。その話、他に誰か知る者がいるのですか?」
「あたいらはみんな知ってんよ!」
するとリカルドは結月たちへとその視線を向け
「ならばここで彼らを始末すれば誰にも漏れない、という事ですね」
殺意を露わに刀を構える。
「待てこらリカルド!とりあえず一発ブン殴らせろ!そっからてめぇの話を聞いてやるっつってんだよ!」
だがリカルドはそんなアマンダの言葉に聞く耳を持たない。
「アマンダ。貴女は何もわかってないんですよ。この街の呪いも、我々鬼人族の歴史も…そして『天人』と呼ばれ神として崇められているあの悪魔の正体も」
そう言って遠くの山の頂に立つ『天人像』を刀で指し示す。
「我々鬼人族はあの悪魔によって『消される』べき存在でした。私たち兄弟にはその『鬼人族』の血、そしてあの忌まわしき『天人』の血、その両方が流れています。私はそれを知った、知ってしまったのです」
「…はあ?リカルド、てめぇどしたんだ?何か変なモンでも喰っちまっ…」
呆れ顔でボヤくアマンダの目の前からリカルドが一瞬で姿を消す。とその刹那、アマンダは頸部に衝撃を受ける。
「なっ…リカ…」
そして意識を失う。瞬時にしてアマンダの背後を取ったリカルドは彼女の首を刀の柄で軽く小突き、気絶させたのだ。
リカルドは意識を失ったアマンダを優しく抱きかかえると
「おやすみ、アミー。君が起きるまでには全て終わらせておくよ」
そう微笑みアマンダの額に口づけをすると彼女を側近の男に託し、再び結月たちと対峙する。
「さて貴方たち。察するにアマンダの雇った傭兵のようですね。私たちとは無関係かもしれませんが、先ほどの話を聞かれた以上は野に放つわけにもまいりません」
己の不運を恨んで下さい、と言った次の瞬間!もう結月の首元にリカルドの刀が届いていた。幸い結月も警戒して暗示を解いていたので反応は出来たがこれは相当に速い!静の本気の剣に匹敵する速さだ。
この事と先ほどのリカルドの言葉で結月はある結論に至る。
間違いない。この素早い動きは『古代地球人』由来のモノ、彼もまたミシェルと同じ吉井教授の遠い子孫だ。
首元で防いだ結月の刀がジリジリと押される。こちらは鍔の近く、向こうは刃の中程なのに力で押し負けそうになる。必死に押し返す結月。
「…あ、あなた、ちょっと誤解してるんじゃない?」
「貴女には関係ありません。逝きなさい」
リカルドの刀に力がこもったその瞬間、彼が瞬時に後方へ飛び退く。と同時に彼のいた場所の地面に突き刺さる数本の鋭く尖った『氷の長槍』。
「てめぇ、誰の女に手を出してやがるっ!」
ルークだ。が
「だ、誰があんたの女なのよっ!」
「バカ野郎!こういう時はあわせろっ!」
結月とルーク、二人仲良く痴話喧嘩。
「ふふっ。心配なさらずとも二人とも一緒に送ってさしあげますよ」
そう言って再び殺意も露わに刀を構えるリカルド。結月も構えようとするのだが
「こういうのは男の仕事だ、すっこんでろ!」
とルークに手で制される。
「なっ、彼すごく強い…」
その反論も永に制される。
「良いじゃろ。ルークよ、心してかかれ」
ただしこれは普段の『手合わせ』ではない。試合でもない。相手は殺意も露わに襲いかかってくる、これは『決闘』だ。
「あなたのような若いエルフの剣士が鬼人に勝てるとでもお思いなのですか?」
余裕の笑みで上品な挑発をするリカルド。それに対してルークも挑発で返す。
「けっ、てめぇ『王位』が欲しいんだろ?じゃあ返してやんよ、こんなクソ下らねぇモノ」
そう言って剣を構え
「俺の名は『ルーク・グリムウィン』。この街から王位を持ち逃げした男の末裔だ」
フラグ回収です(笑)
やっぱり自分から名乗っちゃいましたね、ルーク。
アマンダ、実はグリムルに戻るまで自分が『王妃』になっているという事は知りませんでした。
元の恋人であるリカルドが王位に就き、自分が王妃にされている事を知って憤ってる風だったアマンダ。ですが実は嬉しかったんですよ、彼女。
なんというツンデレ(笑)
まあそれはさておき、やはりアマンダ、なんだかんだと言ってリカルドの事が好きなのです。