第162話 閑話17『ロジー』
「ごめんくださーい」
結弦がドアをノックする。とその次の瞬間!
『どごーーーーん!!』
爆発し、天高く吹き飛ぶ屋根。思わず結弦も空を見上げてそのまま固まってしまう。すると
「ゴホッ!ブホッ!また間違えてしまった、かな?」
そう言って黒煙と共に玄関から出てきたのは爆発アフロヘアーの中年男、ミシェル。
---
『結弦様、結月様より伝言です。あなたに渡したいモノを持つ者が西の街・リカリフにいるようですよ』
遥からそう聞いた結弦は、リカリフにいるという変人・ミシェルの元を訪れた。
が、のっけからの大爆発。
「あ…あなたがミシェルさんですか?初めまして、僕は結弦といいます」
するとミシェルはスクッと姿勢を正し、煤と埃を払うと
「むむっ、お主が天人・ユヅキ殿の弟君、ユヅル殿であられるな!いかにも我輩がミーツォが末裔、ミシェルである!」
と自己紹介。胸を張り『よろしくな』と結弦の手を取る。
---
「おかえりなさい、あなた」
ミシェルの工房は屋根や部屋の諸々が吹き飛んでしまった。なので場所をミシェルの自宅へと移した二人。自宅ではミシェルの妻と娘が出迎えてくれた。
簡単に自己紹介をして着席する結弦。
「これが件の本である」
そう言ってミシェルは結弦に本を差し出す。結弦はさっそくそれに目を通す。
「そうですか。これを大教皇様が僕に…」
なんてことはない、結弦が吉井教授に言ったただ一言
『そういや環境ってどういう風に変わったんですかね?』
そんな重く言った言葉でもなかったのだが、もしくはその言葉が吉井教授の研究者としての琴線に触れたのか、今現在の地球環境を徹底的に調べ上げ、それに伴う物理現象の変化を記したこの『物理・上巻』
「…上巻?」
て事は続きがあるのか?
「うむ。我輩の一族ではこれしか受け継いでおらぬのだ」
長い年月を生きた、大教皇である前に研究者であり教授だった『吉井三津夫』
もしかしたらこの物理の本の続き以外にも何かしらの書物を遺しているのかもしれない。
ふとコポコポという音と共に漂う香ばしい香り。結弦がその音のする方へ目を向けると
「え…コーヒーサイフォン!?」
ミシェルの妻がコーヒーを淹れてくれていたのだ。しかもコーヒーサイフォンで。
「コーヒー…サイフォン、というのですかな?」
曰く、全自動でコーヒーを淹れられる何かを作れないかと思い、『本』の知識を参考にミシェル自身で生み出したという。
「家内の淹れるコーヒーは絶品ですぞ、むふふっ!」
そう言って結弦にもコーヒーを出し、自身もコーヒーを啜るミシェル。
「…ねえ父さん。いつまでその口調つづけるの?」
そんなミシェルをジト目で睨む彼の娘・『ロジー・ヨシイ』。歳の頃は十二〜三歳くらい、世代的にはスタンの娘『ニース・スペンサー』に近い女の子だ。
「むむっ!?こんな口調とは?私は、いや我輩は…」
どうやらあの変な口調は対外的なモノであるようで、普段の家では違うらしい。
「ミシェルさん、いいですよ。ご自宅ですし普段通りにして下さい」
そう言って微笑む結弦。
「うむ、あ、いや、すみません。家人以外に普通の口調で話すのに慣れておりませんモノで…」
変人である事を周囲に主張し、その研究内容をごまかす為に始めたその口調。だがその研究ももう天人本人にその赦しを得ており、異端指定される事もないのだが。
「まあ外と家では違う顔を持つ、という面では私も世の父親たちとそう変わらないという事です。このように家では普通に父親ですよ」
だが娘のロジーは『でも父さん、私はずかしいよ…』と呟き、そして
「ねえユヅルさん、あなたイミグラから来たんだよね、イミグラってどんなトコ?」
とイミグラについて興味津々な様子。
「大きな街ではありますが…雰囲気はこことそう変わらないですよ」
確かに大きな街ではあるのだが、中央に教会塔が建っていること以外、街の雰囲気はココと大差ない。高層建築物があるわけでもなく、石造りの建物が立ち並ぶその景色はどこの街を見ても似たり寄ったりなのだ。
「え〜。立派な学校とかあるって話だよ、私も行ってみたいなあ」
その若さゆえかロジーは中央にたいして憧れを持っているようだ。するとミシェルは手を『ポンっ』と叩き
「そうです!ユヅルさん、あなたの家にウチの娘を下宿させてもらえませんか?私もつねづね娘をイミグラの学校に通わせたいと考えていたのです」
えっ!?いいの父さん!?と喜びの顔で父を振り返るロジー。
「あ、いや、僕は一向に構いませんが…実は僕、イミグラでは独り暮らしをしているのです。そこに幼い女の子を下宿させるというのは…」
結弦もさすがにこんな幼い女の子に食指は動かない。だが世間体もあるのだ、結弦にもロジーにも。
そしてミシェル夫妻も若い男性をあてにして娘を単身で下宿させるのは心配するだろうとは思うのだが
「天人を信じずして誰を信じましょう?」
そう言って笑い合うミシェル夫婦。その信頼を裏切る勇気も結弦にはない。なので結弦も考えを決める。
「ええ、わかりました。ですがさすがに僕の家というわけにはいきません、ちょっとツテがありますのでそちらに相談してから返事させて下さい」
おそらく快諾していただけると思いますのでご安心を、と結弦。
「そのお宅にも学校へ通う予定の娘さんがいます、学友にもなれますし丁度良いのではないでしょうか」
---
帰路。
結弦の手には例の物理の本と、ミシェルの娘・ロジーの紹介状が二通。学園長宛ての分とスタン家へ渡る分だ。
「学校か…ロジーとニースの見守りもしておきたいし、僕も通ってみようかなぁ、学校」
見た目だけは学生っぽいよね、僕。と独り笑う結弦だった。
やはり爆発から始まるミシェルの話。ですが今回は彼の娘・ロジーの登場です。
次の章『結弦編』のメインキャストとなる結弦、ニース、そしてロジー。舞台は学園です。
そして繰り広げられる怪事件!それを解決して行く名探偵・結弦。
『父ちゃんの名にかけて!』
下半分はウソです。