第161話 『原因』
アマンダは敵意も露わに遥を睨みつける。
「さて、グリムルの始まりについて話を聞きたいと伺ったのですが…?」
遥は立ち上がり、一同を見渡す。
「うむ。どうやら此度の件、儂と遥にも関係がないというわけでもないようなのじゃ。ともあれ儂らの知っている事を話そう」
そう言って着席する永と遥。
「まずはじめにアマンダさん、貴女には私たちについて説明が必要なようですね」
そう語る遥から飛び出すとんでもない言葉
「私と隣にいる永、私たちがこの世界を創った『創造主』です。そして私は管理者でした」
今現在の私は『天人教会の教皇』としてこの世界を『観測』し続ける者です、と語る遥。
話の冒頭から突拍子もない事を言い出す遥に
「…なに言ってんだ、正気か?」
アマンダは半笑いで結月とルークを交互に見る。がそこに冗談が見つからない事を察すると、首を横に振り深いため息をつく。
「そっか…大丈夫だ、ちょっと理解が追いつかないだけだ。続けてくれ」
そして彼女たちから語られる『グリムル創成の昔話』
昔、天人たちが目覚める頃よりももっともっと遠い昔。遥と永(当時の永遠)の二人はこの滅びた地球に『新たな住人』を創造していた。小さな微生物から虫、魚、動物、魔獣…そして人種。
「その際のことでした。私の管理する村の一つに『変異種』が生まれたのです」
予定外に発生してしまった変異種族。遥が気がついた時には既に何世代か交配が行われ、その村の住人の全てが変異種として生まれていたという。
「私の計算外に発生した彼らだったのですが、その『規格外』な能力の為に私は一つの決断を迫られたのです」
当時存在していたあらゆる人種を遥かに凌駕するその変異種の身体能力の高さと繁殖能力。
それは遥の目指す『人類の再びの繁栄』においてこの上ない逸材ではあったのだが、同時にそれは当時の地球を網羅し、その他の人種の全てをも駆逐しかねない危険な存在でもあったのだ。
そして遥の下した判断、それは『変異種の消去』。つまりは撲滅だった。しかし永はそれに異論を唱えた。
「儂の計算では人類が駆逐されるリスクより 変異種の持つ性能を残すほうがこの世界にとってプラスになると出たからな。じゃから儂は遥に何かしら使い道はあると説き、この大陸より西の海を隔てた地に彼奴等を置くことを同意させたのじゃ」
こうして永の提案により、その変異種族は西の海に浮かぶ大きな島へ住まうこととなった。
「そして私はその対岸である西の果てに『最も強き者』の治める街を置きました。彼らによる侵略を防ぐ為です。それが武王の治める街・グリムルの始まりでした」
アマンダの手が静かに腰のナイフへとのびる。
「…じゃあなんだ、『王殺し』のルールってのもテメェが作ったのか?」
遥は目を伏せて首を横に振る。
「私は『天啓』をもって彼らに指示を行ってきました。その際、その『天啓』を受けた者が選民意識を持ってそのような定めを設けておりました」
私はそれを見守ってきました、と。
要は昔のグリムルの住人がその『王殺し』の定めを勝手に決め、それを遥は把握していながら放置していたという事だ。
結月の横から歯ぎしりの音が聞こえる。このままではおそらくアマンダは遥に斬りかかるだろう。
まあ目の前にいる遥は永へのアクセスと身体の一部を借りた『遠隔操作義体』のようなものだ、斬られたところで別に問題はない。だが結月はここで目に見えた対立構造を作りたくなかった。なので
「でもね遥、教会や天人の名も関係した定めなのよ、何故やめさせなかったの?」
結月は遥の会話の舳先を自分へと向けさせる。
「彼らが作った定めです。それを守るも破るも彼ら次第なのでは?」
温情のカケラもない言葉。さらには
「そもそも人は人を殺す生き物だと私は認識しています。有史以来、最も人を殺害している生き物は人です。人は放っておくと人を殺します。この事は太古からの統計上でも私の経験則からも間違いありません」
『同類殺し』は古より続く人の営みです、だからグリムルの『王殺し』も不自然な事ではないと考えて見守ってきました、とそんな事を臆面もなく語る遥。それにはある意味彼女の身内である結月ですら少しあきれてしまう。
「…私、今わかったわ。母さんに言われてたの、『遥は正しいけど間違っている』って。遥、あなたちょっとおかしいわよ」
すると遥は困惑の表情を見せ
「えっ…私、また間違えてしまったのでしょうか?」
そう言って青い顔をする。結月はため息ををつき
「遥。あなたに人の『思考』や『行動』は理解できても『心』や『想い』を理解するのはちょっと難しいのかもね。いいわ、私たちでなんとかする、だから…」
だから…遥が謝るのか?いや、それは何かが違う気がする。言い方はどうあれ遥のあの言葉はある意味正解だ。
グリムルの『王殺し』のきっかけは遥たちにあったとしても、あの因習は『人の性』がもたらした結果なのだ。
「ごめん、アマンダ。でもこればかりは遥と永だけが悪いとは思えない」
アマンダは俯いたまま、拳を震わせる。
「あたいの親父は…死んでんだぞ…!?」
その言葉に遥は『ハッ』と顔を上げ、結月は
「ごめん、わからない…どうしたらいいのか。でもね、私は私の出来ることに全力を尽くす。もし因習の解決の為に必要だと思ったら…」
そう言って腰の刀に手を添え、真正面からアマンダを見据えると
「グリムルの王も、斬る」
苦渋の表情でそう話す。
だがそんな重い空気の漂う中、遥が微妙な苦笑いを浮かべながら遠慮がちに口を開く
「あ、あのぅ…これは今更ながら申し上げて良いのかわからないのですが…」
その後の遥の衝撃的な発言に、アマンダも結月もルークも、そして永ですら口を開けて固まってしまう。
「アマンダさん。貴女のお父様、生きておられますよ?」
「「「…はあ!?」」」
結月たちは見事に異口同音。アマンダはテーブルに『バンッ!』と手をついて立ち上がると
「な、テメェ!適当なこと言ってんじゃ…」
だがそれをルークが制する。
「落ち着けよアマンダ。ハルカ様は人の生死も把握してられるんだぜ?俺の親父の死んでんも確認してもらったんだ。そのハルカ様が『生きてる』って仰ってんだ、だから生きてんだろ。良かったじゃねぇか」
そう言ってルークは『ははっ!』と笑う。だがまだアマンダは納得のいかない様子。なので結月は
「ねえ遥。そのアマンダのお父さんって今どこにいるのかわかる?」
そのアマンダの父親の生きている証拠を確認する。
「はい。彼女の父、個体名『アルバート・グリムウィン』の情報を検索します……今現在のロケーションはグリムルより北へ約五十キロほどの地点、海沿いにある中規模の港街『オークレット』。その中ほどに位置する商店の立ち並ぶ通りにある食料品店を示しております」
バイタルサイン及び精神状態も良好。精神に外部からの攻撃干渉を受けているようですが、特に影響することもなく異常はみられません、と遥は微笑む。
それを聞いたアマンダは『すとん』と着席すると
「ははっ…なんだよ。そっか、そうなんだ…」
と呟き、手で顔を覆って肩を小刻みに震わせる。
「なんじゃ、ならなぜ先にそれを言わぬか遥」
と抗議する永。そもそも最初からそれを言ってもらえていたのなら、話はこんなに拗れる事もなかったのだ。が
「あら、永。あなた私に『グリムルの始まりについて聞きたい』としか言わなかったじゃない」
「う、うむ…確かにそうじゃったな」
うむむ…と永は唸る。
「結月様。グリムルへ赴かれるのでしたら一つお願いがあるのです。今現在、グリムルには人と物が異様に集結しつつあるのですが、私の手の者たちすべてが街から退去させられており現状が把握できません」
なので見てきてもらえませんか、と遥。だが
「ねえ、それって…」
結月はルークと顔を見合わせる。
「ああ。おそらく『戦い』の準備だな」
それはそれでまた頭を抱えるアマンダ。
「くそっ、なんだよ、なんなんだよ。何考えてんだよあのボケ」
とりあえず父は生きている。そして元の恋人が父の仇では無くなったのには安堵はしたものの、どうやらその彼が王であるアマンダの父と教会関係者を排斥し、街を我が物として大きな戦いの準備をしているようなのだ。
「遥の手の者も排斥、という事は中央にケンカを売ろうとしているという事じゃろうな」
面白くなりそうじゃ、カカッ、と永は笑う。
「もう…笑い事じゃないわよ。で、どうするアマンダ?とりあえず仇は討つ必要もないみたいだけど、お父さんのほう先に行く?」
アマンダの事を思うと死んだと思っていた父親との再会を優先しておきたい所なのだが、グリムルのほうもあまり後手に回すのも良くない気がする。
「いや、とりあえず先にグリムルだ。んであのボケを一発ブン殴る!」
そう言って拳を握りしめ、立ち上がるアマンダ。
「んじゃ決まりね。事が起こる前には止めたいし、行き先はグリムルのまま変更なし。ただ少し急いだほうがいいかもね」
そしてふと思い出したかのように遥は手をポンっと叩き、永に一言告げる。
「そうそう、永、あなたにもお願いがあるの。そのグリムルに関する事なんだけど私じゃちょっと手の出せない領域なの。だからあなたにお願いするわ」
私の力、使っちゃっていいからね、そう微笑むと遥は
「では皆様、よい旅を」
そして溶けるように姿を消した。
「ふむ。どうやら儂は余計な面倒を押し付けられたようじゃな。まあとりあえずはグリムルへ向かうとするか」
生きてました(笑)
気の短い彼女の事です、幼馴染の恋人に『王を討った』と聞くや否や逆上して『テメェら絶対ぇブッ殺す!』と城を飛び出したという事は容易に想像できます。
ちなみにその幼馴染で元恋人、現在のグリムルの王『リカルド』はアマンダより二つほど歳下で、さらにリカルドには二つ歳下の『レオナルド』という弟もいます。
三姉弟のように育っただけに、その裏切りも衝撃的だったようでして。