第160話 『独り語り』
私が彼を初めて見たのは、父さんと永がナワの街で連れているところだった。
第一印象はチャラい田舎者。幼く色白で貧弱そうな手足。女みたいな顔をしたエルフの少年。金髪碧眼の美しい容姿とは相反する、品のない口調とくだらない悪言。
当初、永が彼を鍛えている姿を見ていてもなぜ永が彼を弟子にして連れているのか理解できなかった。
『永が弟子にする』という事。それは彼が迷宮を閉じる役目を担う、魔王である静を斃し『英雄』の称号を得るという事なのよ。なんでこんなヤツが?
私はあえて名前では呼ばなかった。三百年前のナワの街にいたレイの言葉でもないけど、名前で呼ぶと認めてしまいそうだったから、何かを。
そうこうしながらも旅は始まり、インの街を経てカンドに到着する頃には私にも次第に彼の『人となり』がわかってきた。
とにかく負けず嫌い。態度は悪いが意外と人を気遣う。照れを隠す不器用な悪言。その行動原理は誰かの為であったり幼い子供の為であったり。そういう部分では父さんに似ているのかもしれないわね、彼は。
だからこそ、尚のこと認めたくなかった。
マイルの街で私たちは彼らとは別れる。彼らはカブールへ、私たちはイミグラへ。その道中でも彼の安否は気になっていた、少しだけ。この大陸にだって魔獣は生息しているのよ。
けど運命はもう一つ上の舞台を用意していた。
彼らが教会から指名手配を受け、教会騎士に追われているというのだ。
真っ先に浮かんだのはあいつの、ルークの安否。
もちろん父さんの事も心配よ。けど暗示の解き方も知っているようだし教会騎士程度が相手なら大丈夫でしょ。永の事も…ま、彼女は死なないし問題ないか。
けどルークは、あいつだけは今の時代に生きる『普通の人』。
私の思いを知ってか知らずか、スタンは私たち姉弟に彼らを追うよう指示をする。
野を駆け山を分け入り、彼らを追い、そして見つけた。永の背には月の影響で意識を失っているあいつの姿が。
父さんには少しイタズラしちゃったけど、どうやらあいつも無事なようだった。
スタンの滞在する宿へ戻り、独り部屋へとこっそり戻る。すると途端に眼に浮かぶ涙。
何これ?なぜ私は…泣いてるの?
心にあるのは穏やかな安堵感。あいつの無事を知り、今あそこには弟の結弦もいる、もう心配はない。だから安堵して…涙?
翌朝。スタンに報告し、そのまま彼らの元へ。そこで初めてあいつを名前で呼んでみた。
軽くなる心。スラスラと出てくる悪言。言葉のキャッチボールが楽しい。まさか私はこいつに惹かれている?ううん、最初から惹かれていたの?こんな歳下の少年に…
…わからない。ただ、それを意識したのはこの時が最初だったと思う。
彼らと共に到達したカブール。彼のリクエストで修練場へ。けれども彼の相手を出来る者が見つからず、私は『仕方なく』対戦相手として立候補。
この時、私の持っていた疑問が確信に変わろうとしていた。
私は、彼のことが好きなのかもしれない。
剣を合わせてわかった彼の『有り様』
我武者羅な剣。我流。技術も何もあったものじゃない。
けど、一太刀ごとに彼は私の剣筋を吸収して取り込み、それを私へと向けてくる。私を真似て剣術にメリハリを、『隙』を操り、次第に『流れ』をコントロールしてゆく。
『強くなりたい』ただその一心で自分の形もプライドもかなぐり捨て、相手の良い部分、『強さ』を取り込み、自分のモノへとしてゆく。
父さんの友人で年齢的には弟と同い年、歳下の少年だった彼。ルークはこの短い旅の間に『世間知らずな少年』から『志を持つ青年』へと成長を遂げつつあった。
決して『一目惚れ』や『熱い恋心』ではない。だけれども私の中に一つの『感情』が芽生えようとしていたのはなんとなくだけど実感していた。
その私の気持ちが確信へと変わろうとするその時、運命はもう一つイタズラを用意していた。
『俺の名はルーク、ルーク・グリムウィン』
なんと、永の話によると彼は『あの男』の遠い子孫にあたるという。
それを聞いた私は愕然とする。
グリムルの戦士『ゲオルグ・グリムウィン』
三百年前、私が勝てなかった男。黄金色にたなびく美しい狼毛。隻眼の気高き狼の獣人。そして…私が恋した、もう今は亡き憧れの男。
はっきり言ってルークとゲオルグは全然似てない。似ても似つかないし、彼には遠く及ばない。
けど、もしかすると私は知らず彼の中にある『ゲオルグ』の要素に惹かれていた?この感覚は単なる既視感だったの?勘違い?
そしてまた、わからなくなった。
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「おいユヅキ、お前ぇなにボーっとしてんだ?」
「えっ、あ、いやごめん、ちょっと考え事してた」
昼下がりの街のテラス。結月は昼食がてらアマンダと買い物に出ていた。
彼女の言葉に食後のテラスで呆けていた結月は我にかえる。
「ねえアマンダ。あなたルークのこと好きなの?」
結月から飛び出したド直球な質問。目も虚ろな彼女、どうやらまだ少々呆けているようだ。
「おおっ!?唐突だな。うん、『好き?』か…う〜ん、なんかそういうのじゃねえなぁ」
苦笑を浮かべるアマンダ。
「じゃあなんであんな事言ったのよ?」
例のアマンダの『子供を産んでやるよ』の事だ。あれ以来、結月の中に『ルークが誰かのものになる?』という思いと『そもそも私にとってルークは何?』とが交錯していたのだ。
「前にも言っただろ、ああいう『強い男』の種を貰って『強い子』を産むのがあたいら『女』の喜びじゃねえのか?」
「でも…」
こんな世界だ、アマンダの言葉にも一理あるだろう。だがそれだと『結婚』という言葉の意味も、生涯のパートナーを一人と決めて婚ぐ意味も無くなってしまう。
それに…それはあまりにも寂しい。
「ユヅキ、あたいはあたいの価値観をユヅキに押し付けようとは思わねえよ。それにお前ぇが『私のルークをとるな』っつったらあたいは絶対に手を出さねえぜ?」
そう言ってアマンダは不敵な笑みを浮かべる。
「だから私たちはそういうのじゃないって…」
結月はため息をついて首を横に振り、がっくりと肩を落とす。
「じゃあどういうのなんだよ?」
いいのかよ、あいつの種もらっちまうぜ?と再び不敵な笑みのアマンダ。
「…わかんないわよ」
そう呟き結月はテーブルに突っ伏す。
「ま、あたいは構わねえぜ?なんならあたいが頼んでやろうか、『あたいとユヅキの二人でお前の種を分け合いたい』ってな」
『んなっ!?』と呻き、結月は真っ赤な顔でアマンダを睨み上げる。
「はははっ!何がわかんねえんだ、答えが顔に出てんじゃねえか!」
アマンダにかまされた事を知り、結月は再び力なくテーブルに突っ伏す。
「ははっ!天人様ってのは随分と乙女なんだな。お前ぇずいぶんと永く生きてんだろ、今いくつなんだ?」
アマンダには三百年前の話もしてある。だが実際には三百年間は寝ていたのだ。なので
「…十八歳よ。三百年間は寝てたから」
本来ならば記憶年齢での二十歳に三百年前の一年、そして目覚めてからの二年を足した『二十三歳』。が、そこはあえて肉体年齢でサバを読む。
「ふ〜ん、そっか。じゃああたいが七歳ばかしお姉さんだな」
「ええっ!?ウソっ!?アマンダあなた私より歳上なの!?」
結月はここが公共のテラスであるという事も忘れて驚愕し立ち上がる。どう見ても歳下にしか見えないし、そうだと思っていたのだ。
だがよくよく思い出すとカブールの実家(?)の隣人であるドワーフの夫人・ティリアだって言われなければ子供にしか見えないし、ルークだってあの見た目でゲオルグの血を引いているのだ。鬼人であるアマンダももしかするとその祖には色んな種族の血が入っているのかもしれない。
「まあな。だからあたいはもう色恋言ってられる場合じゃねえんだよ。あたいがこの手で親父の仇を討つか、それを託せる子を産むか、その二者択一だ」
お前ぇさえいいんだったらさっさとルークから種もらっちまうんだけどな、と笑うアマンダだが、結月はそのアマンダの瞳の奥に引っかかりを、物哀しい気配を感じた。
「ねえアマンダ。あなた好きな人は、恋人とか初恋の人っていたりしないの?」
その言葉にアマンダは少し顔を歪める。
「…ああ、そりゃあたいだって女だからな、いたさ。大好きだったぜ。あたいの『初めて』もあの男だったしな。いつかあたいはあいつの子を産むんだろなって思ってたさ」
そして忌々しげに舌打ちをしてため息をつくと
「そいつぁ今やグリムルの王だ」
元の恋人。愛し合った者同士であり将来を夢見た相手、それが父の仇。そして今やグリムルの王。
触れてはいけなさそうな余計な事を聞いてしまい、結月が言葉を選べずにいると
「ま、気にすんなよ。あたいの中じゃもう方針も決まった、消化済みの話だ」
連中のとこへ戻ろうぜ、とアマンダは苦笑すると結月も共に席を立ち、宿へと戻る。
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「んだよ、長ぇ買い物だな。クソでもしてきたのか」
品のないルークの第一声に
「なんだ知らねぇのか、女には色々と消耗品が多いんだよ、な?」
そう笑い、自身の下腹部のあたりを指差して結月に視線を送るアマンダ。途端にルークは『ば、…』と呟いて赤面し、視線をそらす。
結月もただため息をつく。
「カカッ、ルークよ、ヌシの負けじゃ」
永はそう笑うと三人をテーブルにつかせる。が、そのテーブルには五人、一人多い。アマンダの知らない人物が一人いる。
「ん、誰だお前ぇ?」
「あなたがアマンダさんですね。初にお目にかかります。私、天人教会で教皇を担わせていただいている遥と申します」
そこに着席していた人物。それはホログラムではなく実体で存在している天人教会の教皇『遥』だった。
はたから見てる分にはお似合いの二人なんですがね、ルークと結月。
中身年齢では二十三歳、の割にウブなのは父親譲りだったりする結月。母や弟の方がそういう部分ではドライで大胆だったりします。
ああちなみに結月は黒髪直毛で、その直毛は祐樹からの遺伝です。母である静はややクセ毛で、その遺伝で結弦も少々クセ毛です。