第160話 『純情なんですよ二人とも』
人気のない郊外の草原にて対峙するルークと永。
「良いじゃろう。では放ってみよ」
「はい、んじゃ行きます!エイ先生!」
ルークの周囲に浮かび上がる四つの『光の礫』。
それらは瞬時にして永の元へ飛来する。素早い身のこなしそれらを躱し、そしてその威力を測るべく最後の一弾をわざとその手に受ける。
途端、閃光と爆発音と共に爆ぜる『永の右手』。さらに響き渡る『轟音』。永の躱した三つの『光の礫』は、永の背後の遠くにある丘に当たるとその地表を激しく爆ぜさせたのだ。
それを見ていた結月もアマンダも驚愕するのだが、何よりもそれを放った本人・ルークが一番驚いていた。
永は爆ぜた右腕を再生させると、ポソっと呟く
「まあ当たらなければどうという事はないのじゃが…これは人には使わぬほうが良いかもしれぬな」
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先日、リカリフの街のミシェルに教わったあの爆発魔法。それの前段階となる圧縮火球、このことを鍛錬を終えた休憩の傍らルークたちは考察していた。
「でもよ、青い炎なんてあるんだな」
と手の上に火球を作り出すルーク。それに風の魔法で空気の渦を纏わせると、それは次第にオレンジから紫に、そして青へと変化し、次いで無色透明、最後には光の礫へと変化した。
「まあ『炎』って完全燃焼状態だと無色になっちゃうもんね」
「完全燃焼?」
まあそもそも物理化学の基礎知識もない今の地球なのだ、結月は『燃焼』についてルークに説明するのだが
「てかあんたなんで『燃焼』の知識もないのに炎の魔法って、一体どうやってんのよ?」
「あ?炎は炎だろ?こう、パッと燃えてメラメラ熱い赤いヤツじゃねぇか」
どうやら結果をイメージするだけで魔法を発現させているようだ。だがそれは人それぞれなようで
「あたいはそんなパッとは出てこねえぜ?ルーク、おめえ頭のネジも抜けてっから何かがダダ漏れしてんじゃねえのか?」
互いに睨み合うアマンダとルーク。
「はいはい、もう仲がいいんだから…でねルーク、私、気になったんだけど『炎』っていくら燃焼させてもたぶん『光の礫』にはならないはずなんだけど?」
おそらく触媒のない炎は無色透明のはずだ。触媒があれば色もつき光り輝く事もあるかもしれないが、そもそもこの『炎』には触媒がないのだ。
なのに現実にルークの手の上には炎を圧縮して出来た『光の礫』がプカプカと浮かんでいる。
「うむ。ルークよ、それをそのまま維持するんじゃぞ」
永はそう言うと、なんとその『光の礫』を左手で握りしめた!途端に強烈な光を放ち、そして弾け飛ぶ『永の左手』
「なっ!?エイ先生!だ、大丈夫なんですかっ!?」
青ざめるルークを尻目に永は吹き飛んだ左手をすぐさま再生させ、グーとパーを繰り返すと『ふむ。』と呟く。そして
「これはもう『炎』ではないな。ルークよ、これの生成するイメージはヌシの中にあるのか?」
ルークは黙ってうなずくと、今度は火球を出さずに直接『光の礫』を手の上に発現させた。
「もう一つじゃ」
永にそう言われ、また一つ、また一つとルークは自身の周囲に光の礫を発現させてゆく。
が、また一つと増やしてゆくにつれルークは目に見えてその表情に覇気をなくしてゆく。そして
「…エ、エイ先生、これ以上は…」
五つめを発現させたところでルークはそう呟くと力なく崩折れて意識を失い、永に抱きかかえられる。それと同時にその光の礫も消失した。
「ほう、やるもんじゃな」
意識を失った愛弟子を優しく抱きかかえる永。
「ねえ永。これって一体なんなの?」
いくら鍛錬の後とはいえ、普段のルークはこの程度の魔法発現数で意識を失ったりはしない。むしろいつも無数の魔法を無尽蔵に放ってくる、剣を持って暴れる機銃兵のような男だ。魔力切れで戦闘不能など考えられない。
「うむ。これはもう『炎』ではない。否、『火』ではあるのじゃが、これは純粋な『超高エネルギープラズマ体』じゃ」
燃焼の段階で炎の中に発生する『プラズマ』。それの『力』の部分である純エネルギーのみをルークは同じ所に際限なく発生させ、さらにはエネルギーをエネルギーのケージで覆って逃げ場をなくし、圧縮。
その結果、起きた現象があの光の礫『プラズマ核融合』。
もうそこに氷の礫など入れずとも、それ自体が一触即発の超高エネルギー体になってしまったのだ。
「原理は簡単なのじゃ、所詮はプラズマじゃからな。じゃがここまでのモノとなると並み大抵の者には絶対に出来ん代物じゃぞ」
曰く、理論的には可能なのだがここまでのモノを実現させることのできる『環境』を持つ者などいない、という事らしい。
「ふ〜ん、プラズマねえ。凄いのは凄いんだろうけど…五つくらいで失神しちゃうようならあまり実戦向きじゃないかもしれないわね」
言ったところでプラズマ自体は特別珍しいモノでもない。ネオン管だって蛍光灯だってプラズマを利用した機器だ。むしろ物質して重量を持ち存在してしまう『氷』を発現させてしまう魔法のほうが結月にとってはるかに謎だ。
そしてそのプラズマ体もたった五個くらいで打ち止め。役に立つのか立たないのか、そのルークの無駄にハイスペックなスキルに苦笑するのだが
「結月よ、忘れたのか?此奴はナワの街を出た直後は儂との手合わせも五分と持たずに倒れておったのじゃぞ」
その手合わせも今では結月と永の二連戦を経ても息は上がるものの目にはまだ余裕を見せている。日々成長を遂げているのだ。旅の始まりの頃からくらべると雲泥の差だ。
「ん…、あ、すみませんエイ先生」
「うむ。気にするな」
つかの間の意識消失から戻ったルークはスクッと立ち上がる。だがまだ腰が少々フラついている。
「ふ〜ん、あれって結構負担が大きいみたいね。そういうのって魔導の杖だとか詠唱だとかで『補助』って出来たりしないの?」
結月が今まで手合わせで戦ってきた相手もみな魔法を放ってきた。が、誰一人として魔導の杖は持っていなかったし詠唱をしている様子も見受けられなかった。
だが街中の一般の人が魔法を使うのに『詠唱』をしていたのは何度か見覚えがあるし、以前に行商に同行したスタンとその妻のミラ、彼らは常に魔導の杖は手にしていた。
「…うん、杖か?ありゃ魔法を中心に戦いを組み立てるやつが持つもんだぜ。増幅器みてえなもんだからな」
俺はこれが好きなんだ、こっちのがカッコイイだろ?とニヤリと笑い、ルークは腰の剣に手を添える。
「ま、ナワで儂が初めて見た時にヌシの適性は剣士より魔導士じゃと一目でわかったんじゃがな」
え、そうなんですか?とルーク自身も驚く。
「うむ。もとよりヌシの持つエルフ族の血は他種族より魔力保有上限が高いようじゃしな。それになによりお主は…とまあその話はまた今度じゃ。何にせよ生きる方策は適性よりも『好きな形』の方がよいじゃろ?」
だから剣士として鍛えておったのじゃ、と永は笑う。
「まあたしかにあんたは魔導士より狂戦士がお似合いよね」
「ふざけんな、俺は魔法剣士だ。つーか狂戦士ってのはお前ぇの事じゃねえかユヅキ」
ごもっとも。
「うっ、なに!?今、天の声が聞こえた気が…ま、まあいいわ。じゃあ『詠唱』は?」
「ん、詠唱か?あれは…あー、なんだ、気合いっていうか雰囲気っつーか…」
どうやらルークにもイマイチわかっていないようだ。すると
「あれはの、『気を高めつつイメージを明確にするモノ』じゃな」
永曰く、詠唱を行う者からは一気に魔力の高まりを感じるという。
「結月、ヌシも剣を交える前に宣誓したり気合いの言葉を発したりするじゃろ?あれと同じようなものじゃ」
『詠唱』にはそうやって自分を鼓舞し、持てる力を引き出す役割がある、そしてもう一つ
「あと『イメージ』じゃな。その言葉に関連付けて結果を思い描き、それを精神力で顕現させるのが詠唱魔法という事じゃ。ルークのように保有魔力が多くて生成のイメージが明確であれば詠唱は不要なんじゃろ」
ようするにルークのような『無詠唱魔法』とは、五桁×五桁の掛け算を筆算無しで解くようなものだ。ソロバンの経験のある者は頭の中で架空のソロバンを弾き、一瞬にしてその解を得る。それと同じようなこと。誰にでも出来るのだろうがそれなりのコツと修練が必要、それが『無詠唱魔法』。
「ま、ナワの街じゃそれが当たり前だったからな。俺が魔法使う前に口なんて動かした日にゃギム伯父さんに後ろから頭を叩かれてたんだぜ?」
その『あの島の奥地で生き残る為に必要な鍛錬』の結果が多属性魔法とそれの同時発現、そして無詠唱魔法。ルークは天才などではない、素質はあったのだろうがこの実力は伯父・ギムレットによる鍛錬が生んだ、日々の努力の賜物なのだ。少々天狗になってはいたが。
「へぇ〜。あんた何気に凄いんだね」
「ん?ユヅキに褒められるとなんか気持ち悪ぃな…けどよ、結局それでも俺ぁずっと負けっぱなしなんだ。まだまだ強くなんねえとなぁ」
と、ため息を混じりに肩を落とし空を見上げる。するとそんなルークにアマンダが飛び寄る。
「なぁなぁルーク、あたいお前ぇ気に入った!お前ぇグリムルに行って王にならねえか?」
そう言ってアマンダはルークのその手を取る。が
「…あ?俺ぁお前ぇが気に入らねえんだよ。王にも興味ねえ」
ルークはその手を振り払い、にべもなくはねのける。だが意外なことにアマンダは思いのほか本気なようで、結月を振り返ると
「なあユヅキ、ルークはお前ぇの男か?」
その、ある意味いままで誰も触れてこなかった二人の関係に一石を投じるアマンダの発言。だが
「なっ!?バカっ!そんなワケないでしょ!こんな猿っ!」
「ばっ、お、俺だってこんなメスゴリラは勘弁だっ!?」
とまあ当然の反応を示す二人。なので
「んじゃあよルーク、あたいがお前ぇの子を産んでやるよ。お前ぇが嫌ならその子を育ててグリムルの王にするからよ、お前ぇの『種』をくれよ」
そのアマンダの言葉に二人は真っ赤になって反論する。
「な、アマンダ!何言ってんの!?だって、だって、こんな、これ、こんなののどこが!?」
「バ、バカかテメェ!?んな問題じゃねえだろ!?言ってる言葉の意味わかってんのか!?」
アマンダはキョトンとすると、自身の下腹部をポンポンとたたき
「んだよ、こん中にチャチャっと種を出してくれりゃあ済むだけの話じゃねえか。ルーク、おめえいつもユヅキん中に出してんじゃねえのか?だったら少しぐらいならわけてくれてもバチは当たんねえだろ」
たぶん二〜三回くらいで当たっからよ、と笑うアマンダ。
だがそういう話に耐性のない二人はダメだった。結月もルークも顔を真っ赤にしたかと思うと頭から蒸気が噴出したかのような深いため息をつき、力なくうなだれる。
「のうアマンダ。この二人は…まあ発展途上なのじゃ。からかうのはそのくらいにしてやってもらえんか?」
見かねた永が助け舟を出す。しかしアマンダにはそんなものどこ吹く風だ。
「発展途上?二人とももう成人してんじゃねえか。当然もう子供も作れる身体なんだろ?じゃあ男が種を残そうとするのも女が強い男の種を欲しがるのも自然な事なんじゃねえのか?」
少なくともルークの種は魅力的だぜ?と言ってニヤリと笑い、舌舐めずりするアマンダ。
「ま、ヌシの言うとることも間違ってはおらぬ。じゃが人間関係の答えとは唯一無二ではないのじゃ。ヌシにもいつかあの二人の価値観が理解できる日が来るといいんじゃがな」
永はそう言ってカカッと笑うと、もうなんだかくたびれ果てている結月とルークを眺める。
「ふ〜ん、わっかんねえなあ。別に憎い相手でもねえんだろ?互いに強さを認めてんのならさっさと夫婦になって子を持ちゃいいじゃねえか?」
儂もそう思うんじゃがな、そればかりはままならぬものじゃ、と永は苦笑して馬に乗るとアマンダも馬に飛び乗り、出立の準備をする。
「お前ぇらこんなトコに泊まんのか?早く次の街へ行こう…」
とアマンダはニヤリと笑い
「ここは全然人も来ねえしそこに茂みもある、ちょうどいいじゃねえか。子作りすんだったらあたいとエイは先に行ってんぜ?」
あたいの分の種も残しとけよ、と捨て台詞を吐いてアマンダは永と共に馬で駆けて行った。
そんな二人を茫然と見送った結月とルークは
「…ねえルーク」
「…なんだユヅキ」
死んだ魚のような目をして遠くを眺め、結月は呟く
「この話題、当分触れないようにしない?」
「ああ、そうだな。俺も激しく同意だ」
そして二人は深く深くため息をついたのだった。
結月の見つけた女友達は、とんでもない爆弾娘でした。
アマンダくらい物事をスッパリと割り切って考えられたら人生は楽しそうですね。
しかしそうはいかないのが人間というもの。怒りや憎しみといった『心』の動きを、頭の理解で抑えられるアマンダはそれはそれですごいと思います。
が、恋愛をすっ飛ばして繁殖に走るってのはどうでしょう
で、先だっても告知させていただきましたが、これより少しの休みをいただきます。再開予定は年明け2月頃を目処にしております。