第157話 『末裔』
刀の峰をミシェルに向けて構える結月。
「ねえ。一回おとなしく捕まってお灸を据えられて帰ってくれば?なら私もあなたを痛い目に遭わさずに済ませられるんだけど」
「むむ!随分と余裕ですな、胸の無いお嬢さん」
『あるわっ!』と結月は割と本気でミシェルの足を刀の峰で払いに行く。が
「むひょ!?」
その声と見た目とは裏腹に華麗なバック転でそれをかわすミシェル。
そうだ。この男の言動に誤魔化されてはいけない、この男はあの爆発でもケガ一つしないし、なによりこの異端審問官の襲来をことごとく追い返してきたのだ。
只者では…ない!
「あんたみたいなのを…道化師っていうのよっ!」
再び打ち込む結月。だが『殺してはいけない』、『倒すつもりもない』、目的が捕縛の為かその手は精彩に欠ける。
するとミシェルは少し距離を取る。それで結月は察する、この距離は『魔法』だ。
「うひょひょ!これはどうですかな?」
魔導の杖を盾がわりに前に掲げるミシェル、そのの周りに浮かぶ無数の氷粒・アイスブリットだ。それらが次々と結月に向かい飛んでくる。
だがこれは結月もよく知っている、ルークの『得意技』だ。普段のルークとの手合わせでもよく出てくる魔法である上にミシェルのそれはルークのそれよりも大きさが大きく、視認しやすい上に速度も遅く発現数も少ない。
しかもルークはそれを剣の連撃に加えて放ってくるのだ、こんな単発で出されたところで結月には何の脅威にもならない。刀で一つずつ払い落とす。
「むむ!やるものですな。ではこれはいかがですかな!」
そう言うと今度はミシェルの周りにビーチボールほどの大きさの火の玉が四つ浮かび上がる。これも知っている、ファイヤーボールだ。それが一つずつ飛来する。
が、やはりこれも大きい上に遅い。過去に対戦したゲオルグのあの弾丸のような火球に比べたらこれはカタツムリだ。
「…ねえ。もういい?」
無駄に警戒しちゃった、もう適当に捕まえてしまおう、結月が油断したその時だった。
ミシェルの用意した火球の最後の一つが飛来する。それも難なくかわそうとするのだが、それが結月の近くまでくるやその大きさが急に小さくなり輝きを放つ。
と同時に聞こえた『キュキュキュンッ!』という何か力が圧縮されるような音。
「えっ?」
「いかんっ!」
咄嗟に永が二人の間に割り込み、結月を庇うように立つ。次の瞬間、ミシェルは前に突き出した手をギュッと握りしめ
「砕ッ!!」
と叫ぶ。すると
『バンッ!!』
という大きな爆発音とともに火球は爆発、周囲には白い煙が立ち込め、部屋にあった物がことごとく吹き飛んだ。
幸い、それにいち早く気づいた永により結月は無傷だ。だが
「結月よ、ケガはないか?」
そう言う永は、結月を庇った事により今までに見たこともないくらいボロボロだ。
「あ、うん、大丈夫だけど…ごめん、永」
なあに問題ない、そう笑うと永は瞬時に破損部位を修復し
「のうミシェルとやら、ちとやり過ぎじゃ。もうここらで良いじゃろ?」
永がそう言うとミシェルは魔導の杖を下ろして姿勢を正し、こうべを垂れて黙礼をする。
「結月、例の『アレ』を出すのじゃ。それを使ってこの場を納めよ」
結月は腰の筒から例の『免状』を出して異端審問官に向かい掲げる。
「この場はハルカ様の遣い『ユヅキ』があずかります。貴方達は下がりなさい」
異端審問官も教会組織の一員のはず、こんなの初めて使うけど効果あるわよね?と結月は半信半疑で彼らの様子をうかがうのだが、その反応は予想の遥か上だった。
「なっ!?あばばっ、し、失礼を!しま、しまっ!」
そう言って地面にひれ伏してしまう異端審問官たち。それは何かに従うとかではなく、完全な『畏怖』だ。
これ何て書いてあるの?と結月がペラっと免状を表返す。するとそこには
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この方、天人よ。逆らっちゃダメ♡
教皇・ハルカ
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「だぁ〜!?!?なに書いてんのよあの人工知能!」
思わずその免状を丸めて投げ捨てそうになる。
「のう主ら、そういうわけじゃ。この場は引いてくれぬか」
そんな結月に代わり永がその場を収める。すると正気に戻った結月も
「あ、教会には『あの異端者はハルカ様の遣いのユヅキって人にあずけた』って言っといてね。あと天人がいたなんて事は絶対に口外しない事。もし誰かに洩らしたりしたら…」
そう言うと結月は刀をかざし
「逃がれられないわよ。地の果てまで追い詰めて塵すら残さないからね」
と言って可愛く微笑む。
「はひぃ!し、失礼しましたっ!」
異端審問官たちは這って逃げるようにその場を去っていった。
「なあユヅキ。今のアレはちょっと言い過ぎじゃねえか?あいつらだって仕事で来てんだぞ?」
「ちょっと言ってみたかった台詞だったのよ。でも…たしかにちょっとキツく言い過ぎちゃったかしら」
約三百年前の天人騒動、あれだってあっという間に噂は伝播した。なるべく自身が天人だと、天人が今この世界に実在しているという事を洩らしたくなかったのだ。
しかしまさか遥から持たされた免状にそんな事が書かれてあるとは。もはや笑うしかない、コレはもう使えないな、と結月はため息をつく。
「はぁ…。で、ミシェル。あなた何者?」
するとミシェルは姿勢と言葉を正し
「失礼しました。貴女が本当にユヅキ・マジマか試させていただきました」
と頭を下げる。そのミシェルの態度と言動の変貌ぶりにも驚くのだが
「あれ?私、苗字言ったっけ?」
まだ言っていない。旅の者で『ユヅキ』だと自己紹介しただけだ。
「いえ。私はマジマの名を持つお方が現れたら『ある物』を渡すよう先祖代々仰せつかっております」
真島の名を持つ四人、祐樹、静、結月、結弦、そしてその随行者の永と遠。それらの人物に会い、渡さねばならぬ『ある物』を受け継いでいる、と言うミシェル。
「ちょうど私の代あたりであなた方が顕現されるであろうという伝承でしたので、お待ちしておりました」
そう言って再びこうべを垂れるミシェル。
「ちょっと待って、え?意味わかんない、なにそれ?」
そこに永が助け舟を出す。
「のうミシェル、とりあえず名を名乗れ。さすれば話は早いぞ」
察するに永はすでにこの事態の意味を把握しているようだ。
「あ、申し訳ありません!自己紹介が遅れました。私はミシェル、『ミシェル・ヨシイ』と申します。我らが遠い先祖、大教皇ミーツォより天人の方々へ奉納する品を受け継いでいる家系の者です」
「ミシェル…ヨシイ!?」
なんと、吉井教授の子孫だ。
たしかに遥は言っていた、吉井教授は結婚して家族に恵まれた、と。だが実際にその子孫と会うというのはそれはそれで不思議な感覚だった。
そう言われてから見ると、どことな〜く吉井教授の面影が感じられるような、感じられないような。耳が若干尖っているところを見るにエルフの血も入っているようだが。
ミシェルは『ちょっと失礼します』と断ると床板を魔法で吹き飛ばし、床下に収納してあった『ある物』を取り出す。
「こちらがその奉納する品にございます」
と取り出したのは一冊の『本』
「こちらには『天人の血』を受け継ぐ者にしか閲覧できぬよう魔法で封がなされております。どうぞご確認を」
結月に代わり永がそれを受け取る。が
「ふむ。たしかに開かぬな」
その本は元から一つの塊だったかのように、永が触ってもピクリともしない。だが結月が持つとそれは普通に普通の本のようにページが開ける。
その本のタイトルは
『現在の物の理とそれにおける化学の変化と概論 上巻』
そして最初のページには手紙が挟まれていた。
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結弦君
約束していた物が出来上がった。受け取ってくれたまえ。
この知識が悪用されぬ事を切に願わん。
吉井三津夫
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結月はパラパラとページをめくり、軽くではあるがそれに目を通す。
どうやら様々な物理の公式を今現在の地球の環境での数値に置き換えて換算し、それを記した本のようだ。
さらには今の地球の大気の成分や気圧、酸素濃度やそれに伴う燃焼の変化、水の凍結や気化に及ぼす影響といったものから地表に降り注ぐガンマ線やアルファ線の量まで、『今の地球』のありとあらゆる事を調べ尽くしている。
「これは…あなたも見たの?」
「はい。我らが一族にも閲覧は許可されております。ですが一応はハルカ様より『禁書』と指定されております」
それは当然だ、これは多くの危険をはらんでいる。結月は物理化学についてあまり詳しくは知らないのだが、そんな結月にも危険だとわかる『爆発的な燃焼性をはらむ金属ナトリウムの組成』だとか、さらにはそれらが今の地球環境での化学反応や燃焼度合いなども記述されてあるようだし、はたまた様々な可燃物を触媒とした硝酸カリウムと硫黄の配合比率ごとの燃焼比較などの記述もある。これは『大量殺傷兵器』にも転用できる技術の情報だ。
唯一の救いは、天人の血を持つ者、今現在では真島一家と吉井教授の子孫にしかこれを開くことができないという事か。
「そっか…だから『異端者』なんだ。あの変人っぷりも演技だったのね」
まともな人間が真面目にこんなモノを研究すると、それこそ処刑されかねない。変人がおかしな研究をしていると思わせる必要があったのだ。
「ええ。そうでした、最初は」
最初は?
するとミシェルはうつむき、静かに笑い出す。
「ですが…思いのほか異端者ぶるのも板について気分も良くなりましてな、はっはっは!」
と先ほどまでの調子を取り戻し、腰に手を当てると大きく仰け反り大笑いする。
「ははっ!ミシェル、あんたやっぱそっちの『変人』の方がいいわね」
「むむむ!変人ですとな?これは失敬な、こう見えても我輩、妻と子供もおるのですぞ!?」
それには結月も本気で驚く
「なん…ですって…!?」
驚愕する結月を押しのけて目を輝かせたルークがその会話に割り込む。
「なあなあミシェルのおっさん!さっきの最後の魔法のアレ、あれどうやってんだ!?」
「うむ、アレか!アレであるか。うむむ、あれは…実はその本の知識の応用なのだ。天人ユヅキの許可なくそれを洩らすわけには…」
と結月をうかがうミシェル。
「いいわよ。あれって氷の状態変化を利用した『水蒸気爆発』でしょ、それくらいならたぶん洩らしても問題ないわ」
「むむっ!?一度見ただけでアレの原理を察するとは、さすが天人!さすがは胸にいくべき栄養を全て脳にまわ…ぐべしっ!」
結月も後ろ回し蹴りで激しいツッコミを入れながら『ああ、この人はこっちの方がしっくりくるなあ』と妙に納得。
それからアレだこれだと談議する二人の男。その二人を横目に見て結月は苦笑すると
「男ってこういうの好きよね」
とアマンダを見返る。のだが、そのアマンダの表情は固く、そして結月を見つめるその瞳は何故だか『憎悪』に満ちていたのだった。
あの爆発したミシェルの魔法は、炎と風と水の複合魔法です。
まあしかし触媒もないのに燃え上がる『炎の魔法』って、よくよく考えると意味わからないですよね。あ、だから魔法なのか。
そして何故だかアマンダすごく怒ってます。今回はここまで。その理由は次回です。