第156話 『やはりあなたは適材適所』
結月たちの旅が進むにつれ、徐々にある『噂話』が耳に入る機会が増えていった。
『リカリフの街には予言者が住んでいる』
とか。あるいは
『リカリフの狂人とは関わってはならない』
だとか。ほかにも多々耳に入るのだがどうやらそれは一人の人物を指しているようで。察するにここ『リカリフ』の街にはのっぴきならない人物がいるようだ。
「ん?あたいは中央に向かってる時にもココは通ったけどよ、なんか『予言』とかしてるヤツになら会ったぜ」
予言…またしてもそんな胡散臭い人物にブチ当たるとは。
「人の弱みにつけこんで商売してるような人なら少しお灸を据えたほうがいいのかしら?」
一応は結月も例の『教会の免状』を持たされてはいる。まあそれを乱用するのも良くはないのだが。
「まあでも商売ってワケじゃなさそうだぜ?ほっときゃいいんじゃねえの?」
アマンダ曰く、自身がリカリフを出立しようとした時に街の入り口に立っているその男を見かけたという。その際
「むむむっ!?旅のお方っ、今から出立ですかな?ならば翌々日の月陰の日に大雨に遭われますぞ!ですので次の月出の出立をお勧めしますよぉ」
と街を出る旅人たちに声をかけていたという。
「まあ実際、その三日後の月出の朝はあたり一面水浸しだったんだよ。あたいも半信半疑で街に残ったんだけど一応は予言を信じて雨には遇わなかったんだ」
まあけどあの男は予言者っつーより完全に『変人』だったぜ?とアマンダは笑う。
だがアマンダの話でわかった事がある。これは『気象予測』だ、予言などではない。だがそれを商売にしているわけでもなく、それを公言している。さらには『変人』。
それがどんな人物なのか、結月も気にならないわけでもない。
「ふーん…。ねえ、急ぐ旅でもないしさ、ちょっと面白そうだからその人のところへ行ってみない?」
---
街の人に聞いてみたところ、ほぼ百パーセントの確率で知られていたその予言者『ミシェル』。
街のある主婦曰く
「私はねぇ、あの人に『悪魔の居場所』を教えてもらったんだよ」
話を聞くにある日、瓶の栓のコルクが中で折れて抜けなくなったそうだ。それをミシェルに相談すると
『むむ!それは瓶の中に住んでいる悪魔がイタズラをしておるのです。その悪魔は瓶の底に住んでおるから瓶の底を木片で叩き続けてやるとそのうち耐えきれなくなって詰まった栓と一緒に逃げ出してきますぞ〜』
実際にそれで栓は抜けたんだよ、と。
「う〜ん…それは予言者ってよりも物知りウンチク変人、って感じかしら?」
ウチの父さんの亜種みたいな人かしらね、と結月は笑う。
---
ミシェルの工房は郊外の住宅街にあった。閑静なその場所には住宅が点在しているのだが、そのミシェルの工房の周りだけ一定の距離を置いて家が建っていない。ポツンと建つ工房。
「ごめんくださーい」
結月がドアをノックしたその時だった、入り口の脇にある部屋の窓ガラスが一瞬『ピカッ』と光ったかと思うと
『どごーーーーん!』
轟音とともに窓は枠ごと吹っ飛んだ!
思わずルークもツッコミを入れる。
「…ユヅキ、お前ぇちょっと強くノックしすぎだ」
「んなワケないでしょっ!」
吹っ飛んだ窓のあった場所からは黒煙がモクモクと立ち上り、転げ出るように一人の中年男性が出てきた。
「むむ、ちょっと加減を間違えましたかな?ゴフッ」
と口から黒煙を吹き出す。しかもご丁寧に頭は爆発でアフロヘアー、全身ボロボロのススだらけ。もうこれはアレだ、昭和の週末の午後八時からテレビで始まるコント番組のアレだ。結月は笑いと驚愕を堪えてその男性に話しかける。
「ご、ごめんください。あなたがミシェルさん?」
男性は立ち上がるとササっとススを払い
「いかにも!我輩がミシェルであ〜る!」
そ、想像した以上に変人ね…けど油断は禁物よ。あの爆発でもケガ一つ負わないなんてあり得ない、きっとこの男は只者ではない。はずよ?
と結月は無駄に警戒する。
「ミシェルさん、初めまして。私、旅の者で結月っていいます。ちょっと気になったので旅の途中に寄らせていただきました」
と丁寧に挨拶する結月。するとミシェルは懐から怪しげなグルグルメガネを取り出し、それをかけて結月を凝視、そして哀しげな表情を見せる
「むむ!?そうか、そうであるか…さぞ辛かったであろうな、六十六のAAとは…ぐべしっ!」
「誰の何処を測ってんのよっ!!」
もう初対面時の丁寧さなんてものはどこにもない。結月の強烈なツッコミが炸裂する。
「行こっ!アホらしっ!こんな変態だとは思わなかったわ!」
と踵を返す結月。だが
「むむっ!?お嬢さん、『ユヅキ』といいましたな、あの『爆発』が気にならぬのか?」
聞くに値しない変態の戯れ言、と聞き流そうとした結月だったのだが
(爆発…?)
およそ三百年前。結月はこの時代に目覚め、それから幾年か過ごしてきた。その経験の中で『物体』が加圧により爆ぜたり砕け散る、というのは見た事がある。
だが今回の『爆発』はそれらとは少し違う。黒煙を伴う、という事は『燃焼性の爆発』だ。それはこの時代に存在しない、存在してはいけない技術のはずなのだ。
その驚きを悟られぬよう隠しながら、結月が静かにミシェルを振り返ると
「ひょひょっ!まま、お茶でもいかがですかな?」
と、なんだか無性に腹の立つ笑い顔をした中年男・ミシェルがそこにいた。
---
「そうであるか、四人で旅をしておるのか。だがそこなる鬼娘は先日我輩と会うたではないか?」
「げっ、一瞬話を聞いただけなのに覚えてんのかよ!?」
我輩は一度見た者は忘れぬからな、ひょひょひょ、とミシェルは気持ち悪く笑う。
「ねえミシェル、本題に入らせて。あの『爆発』、アレは一体何なの?」
もしこれが化石燃料を媒体とする爆発ならば、その後に石油化成に繋がりかねない、遥が環境保全を理由に『異端』として禁忌にしている技術だ。それらの研究をしているのならばそれを進めさせるわけにはいかない。
だがミシェルの答えは、結月の警戒ラインのもう一つ先へと届くものだった。
「むむ、あれであるか?アレは有機物から可燃性ガスを抽出して圧縮している段階で引火して爆発したのだ」
胸を張って語るミシェル。そこに使われている単語と技術は古代人類しか知らない、この時代の人間には知り得ないモノのはずなのだ。
結月は咄嗟に刀を抜き、その刃をミシェルの首に当てる。
「あなた…何者?」
ミシェルは微動だにせずただニヤリと笑う。その時だった。玄関の方から大きな声が聞こえる。
「ミシェル!我々だ!異端審問官だ!貴殿には異端の疑いがある!今日こそおとなしく同行せよ!」
そう言ってドカドカと工房へ乱入してくる異端審問官たち。
「むむっ!?また来おったか。お主らも懲りぬのぉ」
その言葉から察するに、すでにミシェルは『異端』として目をつけられ、しかも何度も審問官の襲来を受けているようだ。
その間の悪い来客に結月も深くため息をつき
「…あなた、随分と人気者ね」
「むひょひょひょ!人気者は辛いのお」
そう言うと魔導の杖をかまえるアフロヘアーの中年・ミシェル。
「我々もそう何度も同じ手は喰わぬ!今日は助っ人もいるのだ、行け!マキ!マール!」
奴を捕縛せよ!と叫ぶ異端審問官。すると二人の男が異端審問官たちの後ろから飛び出して来た。
「「「「なっ!?」」」」
結月、アマンダ、そして『マキ』と『マール』、四人が四人とも異口同音する。異端審問官の陰から飛び出して来たのは『ディグアス家騒動』でマキとマールになりすましていたあのマッチョ兄弟だったのだ。
「ぎゃはははは!またお前ぇらか!しかもなんだ、とっつぁん今回はちゃんとマキじゃねえか!」
ルークは『マキ』の方の男を指差して大爆笑する。その上半身裸の大男はスキンヘッドの頭にライトグリーンでロン毛のカツラを被っていたからだ。
結月がまたうつむきながらプルプルと震えだす。
「また…また…またあんたらかっ!!」
だが結月が顔をあげるや否やマッチョ兄弟はカツラを投げ捨て、さっさと逃げ出す。
「あ、こら!貴様ら!逃げたら報酬は払わんぞ!」
だがそんな言葉に耳を貸すこともなく彼らはあっという間に逃亡、その場から姿を消した。
結月は激しく脱力し
「…ねえミシェル。あんた一回捕まったら?」
「むむっ!?それはいかん!我輩には成さねばならぬ事があるのだ」
と杖を構える。すると審問官は
「そこの者たち!そいつを捕縛するのに協力してくれないか!?報酬は出す!」
と結月たちに助太刀を求める。
「むむむ!我輩は死んでも捕まったりはしないぞ!?」
ミシェルは結月たちからも距離を取り、杖をかざす。
「はぁ…なんでこうなるのよ。仕方ないわね、あんた一回捕まってお灸を据えてもらいなさい」
そう言って結月はミシェルに向かい刀を構える。そしてため息をつくとおもむろに上を見上げ
「こら『よへち』!なんで私の章はこんなお笑い回ばっかなのよ!」
と、苦情を漏らすのだった。
そりゃあなたはボヤきと叫びとオチ担当ですもの。
胸のボリュームが足りないのは私のせいではありません、祐樹の母を恨んでください。
そしてミシェルですが、強くはありません。ですが只者ではないという読みは当たってますよ、結月。