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らせんのきおく  作者: よへち
結月編
154/205

第154話 『珍道中』



アマンダは呆然とそれを眺めている。

いや、『眺めている』とは『ソレ』を視認している状態の事だ。ならばアマンダはそこで何をしているのだろう。


アマンダの目の前で行われている『結月とエイの手合わせ』。結月が『いくわよ』と言った次の瞬間、目の前から二人が消えた。

だが完全に消えたワケではない、残像を残しながら動く二人を目で追おうとするのだが、その視覚情報を脳が処理する前に二人の手合わせは次々と展開し、ついにはアマンダの脳はそれを処理する事を諦めた。


「げっ!?マジかっ!!」


アマンダの隣でルークが驚愕の表情を浮かべる。だが何に驚いているのかアマンダには皆目検討もつかない。


と、手合わせしていた二人が一旦動きを止めた。


「ふむ。一本取られてしまったの」


「ううん、あんなのかすっただけじゃない」


技有りにもならないわ、と結月はため息をつく。見るとエイの前髪がキレイに斜めにスッパリと斬られ、いわゆる『パッツン前髪』になっている。


「じゃあ次。いくわよ」


「うむ」


そして再び剣を合わす二人。アマンダには残像と時折聞こえる剣戟の音が確認できるくらいだ。


「…こんだけ強けりゃ『魔王討伐』も出来たんじゃねぇの?」


再び呆然とそれを眺め、呟くアマンダ。


「ま、そりゃねえな。あいつは『魔王の娘』だからな」


「んなぁ!?!?」


顎が外れんばかりに口を開けてルークを見返るアマンダ。


「ああ、ちなみにあの二人とあれの弟、その三人でも『魔王』には絶対に勝てねえって言ってたぜ」


まあ俺もアレに勝てるヤツなんてこの世にはいねえと思うけどな、とルークは肩をすくめる。


「んだよそりゃ。お前ぇも魔王と戦ったことでもあるみてぇな口ぶりじゃねぇか?」


『ふんっ』とアマンダは鼻で笑うのだが


「あるぜ。まあ『戦った』って言うのも烏滸おこがましいくれぇ軽くあしらわれたけどな」


絶句するアマンダ。だがルークはそれを誇るでもなく、少し悔しそうに歯をくいしばって拳を握りしめ、視線を下ろす。


「じゃあ…カブールの魔王を討伐したヤツってのは一体どんなバケモノなんだ?」


ルークは吐いて捨てるように『さぁな』としか答えなかった。


---


「ねえアマンダ、どう?」


汗だくの結月。それに対して涼しい顔のエイ。二人の手合わせの結果なのだが、一応は引き分け。

だがエイの前髪を斬った結月に対し、結月はエイにその刀を首の横で寸止めにされている。

エイは『これで引き分けじゃな』と笑うのだが、結月は『んなワケないでしょ、あたしの負けよ』と脱力し、大きなため息をついたのだった。

そしてその評価をアマンダに問うた結月だったのだが


「なんも見えんかった」


あはは、と笑うアマンダ。


「でもわかったよ。さすがは『魔王の娘』だな」


結月はそれをバラしたであろうルークを睨みつける。


「んだよ、こいつを連れてくって決めた時点でそんなのバレんの時間の問題だろ?」


「はぁ…まあいいわ。アマンダも納得したみたいだし」


だがそのアマンダは一転して真剣な表情になると


「なあ…ユヅキ、だっけか。あんた自分の父親を殺されたんだろ、仇討ちしたのか?」


ポカンとする結月とルーク。祐樹が死んだなんて話はしていないし、無論、生きている。


「んだよ、こないだ教会で『魔王を討ち滅ぼした』って発表があったじゃねぇか」


そうだ、魔王は討たれた事になっていたのだ。


「そっか、う〜ん…色々事情があって詳しくは話せないけど、魔王は討たれてないわよ。まあ永久引退して今は空位、って感じかしら?」


ああ、ちなみに『魔王』は母親のほうね、と結月は苦笑する。


「ははは…母親な。もうユヅキの事じゃ驚かねぇようにするよ。けどよ、空位?そんな事できんのか?」


空位と言っても、別に国があって魔王として君臨していたわけではない。アマンダの言う事情とはかなりズレがありそうだが。


「アマンダ。グリムルの街って王位を移譲とか引退って出来たりしないの?」


「ねぇな」


アマンダは肩をすくめて首を横に振る。

すなわち王位に就けば殺される以外に引退する道はない、という事だ。

金、女、富、地位、名誉。全てを手にできるその権力の対価が『自分より強い誰かが殺しにくるのを待つ日々』


「じゃああんたの父親もいつかは誰かが殺しにくるって覚悟はしていたんじゃないの?」


あんたもそれわかってたんじゃないの、と結月。


「くっ…でも、あいつは、あいつだけは、あいつだけは絶対ぇに許せねえんだ!」


そう言ってアマンダは歯をくいしばり、目に涙をにじませる。


「じゃあさ、過去に王位を、『グリムウィン』を持ったまま街を出た人、いなかったの?」


いや、いる。結月は知っている、ゲオルグがそうだ。だが彼は故郷から追っ手をかけられていた様子はなかったし、そんな話を聞いた覚えもない。ならばその『宿命』から逃げ出すことも出来るのではないのか?


「ん?ユヅキ、やけに詳しいな。まあいいや、『グリムウィン』の名はあの街じゃあ最高の栄誉だ。最強の戦士の称号だからな、それを持ち逃げするヤツなんて鬼人オーク族にはいねえよ」


鬼人オーク族?


「あの街は、グリムルは獣人たちの街じゃなかったの?」


ゲオルグはたしか『獣人たちが武を競い合う街だ』と言っていたのだが


「ん、獣人か?まあいなくもねえが、あの街の殆どの住民は鬼人オーク族だぞ」


どうやら三百年の間にグリムルも少し様子が変わったらしい。


「そっか。まああたしの知る情報も少し古いみたいだし、一緒にグリムルまで行きましょ」


と微笑む結月に対し、アマンダは真剣な表情のまま


「…いくらだ?」


「は?」


本当に意味がわからず結月は呆ける。


「なに言ってんだユヅキ、あんたを雇うのにいくらだって聞いてんだよ」


そもそもアマンダは『マキとマール』を雇いたくて金を貯めていた、その『マキ』である結月に報酬はいくらだ、と聞いているのだ。


「あ、いや、あたしお金を取る気はないけど?」


結月は純粋に旅の仲間として、目的地の同じアマンダを誘ったつもりだったのだ。ならば


「…じゃあなんであんたはエイと手合わせまでして、あたいを納得させたんだ?」


「…あ」


そう。そんな必要はなかったのだ。

アマンダが納得しなければ彼女は引き続きハンター業に精を出し、それなりの人物を雇って仇討ちしにグリムルへと帰ったのだろう。


要は単純に結月がアマンダを仲間に引き入れたくてあの『手合わせ』を見せた、という事だ。


「あははは。まあいいじゃん、一緒に行こうよグリムルまで」


「ま、そりゃこっちは願ったり叶ったりだけどさ」


そう言って苦笑するとアマンダはルークへと向き直り


「なあルーク、悪かったな。借りはいつか返す、だから勘弁だせ?」


ルークは仏頂面ながら


「いつか返してもらうからな。ただし倍返しだぞ?」


と言ってニヤリと笑った。


「ふんっ、ケツの穴の小せえ男だな。そこは『そんなの気にすんなよ』って言うところじゃねえのか?」


「な、くそっ、やっぱテメェ許さねぇ!お前ぇはあの偽物のマキとマールと一緒に珍道中でもしてきやがれ!」


『へへへへー。あっかんべー!』と言ってアマンダは走り出す。まあなんとか仲良くやっていけそうだ。


「ねえアマンダ。あたし汗だくだからお風呂入りたいの。一緒に行こうよ」


「な、ユヅキ、あたいをまた裸にして何かするつもりっ!?」


『げっ!?マジかっ!?』とルークも結月を見返ってドン引きする。結月も『だから違うって言ってるでしょ!』と全力否定。



「ま、こちらも負けず劣らずの珍道中じゃな。カカッ」



『そういやユーキと静様は今頃どうしとるんじゃろかな』とエイは夜空に浮かぶ巨大な月を眺め、呟いた。











結月の周りにはいつも『友達』と呼べる人たちが存在してました。

大昔で言うのなら幼なじみで剣道仲間の『絵里』であったり、三百年前ならばマイルの街の『フィナ』、カブールの獣人の娘たちやナワの街の若者たちなど。


ですが今回目覚めてからの関係者は弟の由弦や異性であるルーク、同性ならばかなり歳下のニース。歳の近い同性の友達がいなかったのです。

少し寂しかったのでしょうね、結月は。友達がほしかったのです。


次回は、せっかくエイが振ってくれたので祐樹と静の閑話をお送りします。






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