第153話 『グリムル先王の娘』
目の前にある食べ物を両手を使って次々と口の中に放り込んでゆく鬼人の娘・アマンダ。
「誰も盗らないわよ、ゆっくり食べたら?」
その光景にルークは若干引き、永は特に気にすることもなく熱いお茶を啜る。
アマンダの事情を聞くために訪れた街の飲食店。昼下がりのその店には他に客もいなく、まあ結月たちさえ気にしなければ特に問題もないようだ。
「もごが、もげげもも、もむめめめもま!」
「げっ!汚ぇ!喰いながら喋んな!ポロポロ落ちてんぞ!」
そう言いながらもその食べカスを拾い集めてまとめておくあたり、その口調とは裏腹に子供の面倒見の良いルークならではだ。
するとアマンダは口の中のモノを水で流し込み
「…なんでだ?メシまで奢ってもらう覚え、あたいにゃねぇぞ?」
むしろ敵意を向けられても仕方のない事ばかりしてきたアマンダなのだが
「別にあんたがどうとかじゃないわよ。私の父さんと母さんならこうするだろな、って事をしてるだけよ」
まああんたに興味がなかったワケでもないけどね、と結月は笑う。
「あたいに…興味?裸にひん剥いて…?はっ!?」
そう言うとアマンダは椅子に座ったまま後ずさり、身体を庇うように自らの腕で身体を抱きしめる。
なのに結月から目をそらして顔を少し紅潮させているのはなんでだ?
「なっ、ユヅキ!?お前ぇそっちか!?」
ルークはがっつり引く。いわゆるドン引きだ。
「んなワケないでしょっ!てかアマンダ、なんて顔してんのよっ!」
「いや、あたいは…変な男に身を捧ぐくらいならあんたみたいな強い女の方が…いでっ!」
素早い結月のツッコミが炸裂する。
「なんじゃ、儂のツッコミ役はもうお役御免かの」
そう言って永は笑う。
「もう…そういう意味じゃないわよ。あんた『マキとマールの姉弟』に用があるって言ってたわよね、なんでかなって思って」
するとアマンダはしばらく考え、口を開く
「それを言ったら…その二人に話を取り次いでくれんだな?」
ま、内容次第ね、と結月は肩をすくめる。
「まあいいさ、減るもんでもねえしな。あたいの親父はさ、ある街の王だったんだ」
なんと。ならばアマンダは『王女様』という事になる。
「けっ、残飯を漁って両手でメシを搔っ食らう、とんでもねぇ王女様もいたもんだぜ」
「てめぇ…忘れろっつっただろ!」
ルークの挑発にアマンダは腰のナイフへと手を伸ばす。
「ルーク!しょうもない挑発しないの。アマンダもそんな食べ物さわった手でナイフさわったら、ナイフがベトベトになっちゃうわよ」
と結月が諌め
「でさ、アマンダ。たしか父の仇とか言ってたけど、王様が亡くなったんだったら娘のあなたか他の兄弟が即位して王様になるんじゃないの?」
「いや、あたいにゃ兄弟はいねぇし、そもそもあの街の王は世襲しねぇ。現王を倒したより強い者が新たな王になって、んで全てを手にできる街なんだ」
街、財産、そして女。一番強い者が全てを手にする街。そこで結月はピンとくる。ゲオルグが嫌ったあの街『グリムル』だ。
「じゃあアマンダ、あんたの『父の仇』って…」
現在のグリムルの王、という事になる。
「あたいは絶対ぇ認めぇ!あいつが、親父を殺したあの男が王だなんて…!」
そう言ってアマンダは強く握りしめた拳で机を『ドンッ!』と叩く。食いしばる口元からは歯ぎしりも聞こえてくる。
「でもね、それがその街の『ルール』なんでしょ?」
アマンダの父親も先代の王を倒して王になったはずなのだ、そのルールに則って。
「違うっ!親父があんな奴に負けるはずがねえ!あいつなんか卑怯な手を使いやがったんだ!」
そう言って再び机を『ドンッ!』と叩き、突っ伏してしまうアマンダ。
結月とルークは顔を見合わせると二人して肩をすくめ
「まあいいわ。そこってグリムルの事よね?私たちの目的地もそこだし、とりあえずは一緒に行ってあげるわ」
と結月は微笑む。ルークは『はぁ。なんだ、結局こうなんのかよ』とため息。
「へっ?あたいは『マキとマール』の姉弟に取り次いでもらいてぇんだけど…」
そう言ってアマンダはポカンとする。そんな未だ意味のわかっていない彼女に
「まだわかんねえのかお前ぇ。こいつが『マキ』だ」
とルークは結月を『クイッ』と親指で指す。
するとアマンダは『ええぇっ!?』と椅子からひっくり返らんばかりに仰天する。
「はぁ、もうあんたにこいつ呼ばわりされんのも慣れちゃったわ。ああちなみにマールはコレじゃないわよ。弟は今イミグラでご隠居様してるわ」
あれは元々文系のインドア派だからね、と結月は苦笑。
「え、けどよ、なんかそのハンターって凄く派手で目立つ髪色だって噂だったぜ?」
よく知られている噂は『緑髪緑眼のハンター二人組』。
だが今の結月は反射阻害の薬の影響も抜け、黒髪黒眼の、まあそれはそれで目立つ色ではあるのだが全てが完璧な漆黒、オーソドックスな日本人色だ。
「あれは事情があって変装して偽名を使ってたの。こっちが本来の姿と本名よ」
と結月は自身の登録証をアマンダに見せる。
「…証拠は?」
「ないわ。あんたが嘘だと思うのならそれでいい。何か信じる根拠が欲しいのなら…」
そう言うと結月はお茶を啜る永に向き直り
「永。今夜あたしと手合わせしない?」
アマンダはそれを見て私が強いかどうか判断すれば良いわ、と。
「うむ、良いじゃろ。結月よ、儂なれば遠慮は不要じゃ、全力で来るが良いぞ」
そう言って永は不敵にニヤリと笑い、結月も
「あら、それは私の台詞よ。加減して勝てる相手とは思わないでね」
と、まるで静のように少し上目遣いでニヤリと笑う。こうして今夜、結月と永の手合わせが決定した。
と、結月と永の手合わせが決定したのですが、そもそもアマンダに『結月=マキ』を証明したところで何になるのでしょうね。
ただ単に何かに託けて永と手合わせしたかっただけなのかも。
まあ一応、結月がアマンダを仲間にしたかった理由はあったのですが、それはそんな大したものではありません。次回の後書きにでも書いておきます。