第152話 『マキとマール(笑)』
街外れの小高い丘の上にある『ディグアス家』の屋敷。
「ふ〜ん、相当な金持ちのようね。案外本気で魔獣討伐をあの額で提示したのかもね」
結月にそう言わせてしまうくらいそれは立派な洋館の屋敷だった。ただ
「中に入ったらゾンビだらけとかは勘弁よね」
と笑う。そりゃ例のアレだ、洋館といえば、の。だが
「ん、ぞんび?なんだそりゃ」
今の地球にはゾンビという言葉も存在しない。もちろんルークも知らない単語だ。
「なんでもないわよ、行きましょ」
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「ごめんくださ〜い」
大きな扉をノックしてそう告げると、中から老紳士の執事が出てきて対応にあたってくれた。
「依頼をお受けになられる方々ですかな?今先客がおりますので中に入って少々お待ちになって…」
とそこまで言ったところで、中の方から女性の怒号が聞こえてくる。
「んだよ!話が違うじゃねぇか!」
この声、あの鬼人の娘の声だ。
「貴女は私どもが求める条件に合わないと言っているのですよ。さあお引き取りを」
どうやら中で揉めている様子。結月は老紳士に『彼女、私たちの知り合いなの。中に入れてもらってもいいかしら』と断り、屋敷のエントランスへ。
「んだテメェ、ジャマすんじゃ…てお前ぇらか!これはあたいが受けた依頼だ!横取りすんじゃねぇ!」
「…どの口が言うんだか」
と結月は苦笑い。ルークも
「なあ女、依頼主が条件に合わねぇつってんだろ、さっさと帰ぇれよ」
だが見るとその肝心の依頼主が固まっている。そして細かく震え出すと突如として感極まる。
「…ぉぉ…おお、見つけた、再び相見えたぞ!!素晴らしい!やはり美しい!なんということだ!!」
その視線は結月に釘付けだ。
「え、あ、私ぃ!?」
なかなかに気持ちの悪い盛り上がりを見せるディグアス家当主『ディグアス』なのだが、結月も気持ち悪さ半分ながらも『美しい』と言われてそこまで悪いとは思ってもいない様子。だが
「お嬢さん!その腰の剣、それを譲ってはいただけないだろうか!?金ならいくらでも出す、三十万、いや三百万でもいい、何なら言い値で払おう!」
「…は?」
ディグアスの視線は結月の、その腰の刀に釘付けだったのだ。
「ひははははっ!結月、何勘違いしてんだ?お前ぇが『美しい』って?ははははははは!」
結月は言葉もなく殺意を込めてルークを睨みつける。
「すまないお嬢さん、だがそれを是非私に譲ってはもらえないだろうか?その美しい剣は私の家のような素晴らしい場所にこそ似合うと思うのだが」
話を聞くに、先日、ディグアスが偶然目撃した結月の魔獣討伐現場。そこで目にした結月の持つ剣『刀』。その斬れ味の良さと弧を描く造形の美しさに一目惚れし、ならば我が家で魔獣討伐の依頼を出してもう一度その剣を目に入れて、あわよくば売ってもらおう、そう画策してあの胡散臭い魔獣討伐の依頼を出したようだ。
「ダメ!絶〜っっっ対に売ってやんないっ!!」
ルーク!後で覚えときなさいよっ!と結月は踵を返す、のだが
「…どうしても駄目、ですか?」
と言ってニヤリと笑うディグアス。
見ると先ほど入ってきた大扉は閉じられており、前には筋骨隆々でスキンヘッドの大男が剣を持って立ち塞がっている。
結月がディグアスを振り返ると、さらにもう一人、似たようなマッチョマンが蛮刀を持って現れた。
「あまり手荒な事はしたくなかったのですが…仕方ありませんね。この二人、中央でも有名なハンター兄弟です。貴女も名前くらい聞いた事があるでしょう」
なんか聞いたことあるフレーズだ。まさか…
「マキとマールの兄弟です」
そう言って盛大にドヤ顔をするディグアス。
その言葉にルークは『ぶぷぶっ!』と吹き出し、扉の前に立つスキンヘッドの大男に
「なあとっつぁん、あんた名前なんってんだ?」
「ああ俺か?俺はマキだ」
その自己紹介にルークはもう堪えきれず
「ぎゃははははははは!なあ結月、このとっつぁんマキだってよ!たしかにこいつぁマキだ!ぎゃははははは!!」
て事はあれか、あっちがマールか!と言ってルークは笑い転げて七転八倒。結月も怒っているのか笑いを堪えているのか、俯いてプルプルと震えている。
だがそんな状況を一人だけ真剣に捉えている者がいた。鬼人の娘だ。
「なああんたら、マキとマールだよな!?あんたらに頼みがある、あたいの親父の、父の仇を討つのに力をかしてくれねぇか!?」
『金ならいくらでも出す、その為にずっと貯めてたんだ、頼む!』と言って地に手をつけて土下座し、鬼人の娘はその『マキとマールの兄弟』に頭を下げている。それを見たディグアスは
「そうですか。あなた、たしかアマンダとかいいましたね。貴女もあの剣を手に入れるのに協力するというのであれば、兄弟を貴女に協力させる事も考えなくはないですよ」
途端に立ち上がり、腰のナイフを抜いて身構える鬼人の娘『アマンダ』。
「なあ女。あんたにゃ恨みはねえ。けどその剣、置いてってくんねえか?」
と結月を睨みつける。ルークは相変わらず笑いが止まらなくて転げ回っており、永に至っては『面白い茶番劇じゃのぉ』と壁にもたれて腕を組んで笑い、静観を決め込んでいる。
「私も乱暴な手段は好みません。今からでも売っていただけるというのであれば正当な対価を、貴女の言い値を支払わせていただきますよ」
とディグアス。
で、その当の本人の結月は未だ俯いたまま拳を握りしめてプルプルしている。
「誰が…誰が…」
俯いたまま結月の手が刀にのびる。ヤバイ!
「誰がマキなのよぉっ!!」
そう叫ぶと結月は暗示を解き、鬼のような神速で『マキ』と名乗った男を刀で複数回斬りつける。
「なっ!…あらやだ!?」
そして瞬時に『全裸』にされ、身体をくねらせて恥ずかしがる『マキ』と名乗ったマッチョマン。
結月はその絶妙な刀さばきで男の服のみを斬って捨てたのだ。
そしてその矛先は『マール』と名乗った男にも。結月は素早く複数回、刀で斬りつける。
「あらイヤん!」
同じく服だけを斬られ、全裸になる『マール』。
さらに結月は忿怒の表情でその矛先をディグアスにも向けるのだが
「ふんっ!させないよっ!」
と割って入ってきたアマンダ。なので結月の矛先は彼女に。一瞬にして全裸に剥かれるアマンダ
「なっ!?くっ、こ、殺せ!」
床で丸まり、恥じらいながら結月に訴えかける。
「ふっ、うふっ、うふふふふっ、あははははっ!もういい、もうあんたらもついでよ!」
結月は狂気の笑いを浮かべると、ディグアスとさらには老紳士までも服を全て斬り捨てて全裸に。そして
「あんたら、そこに正座っ!」
ビシッと床を指差す。
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「まずディグアスさん。この刀はね、私が父から受け取った、とっても大切なモノなの。死ぬまで、いや死んでも私の心はこの刀と共にあるの。だからこれは誰にも譲らない。わかった?」
『そうですか…わかりました、諦めます。すみませんでした』と全裸で結月に謝罪するおっさん・ディグアス。
「で、そこの二人!私はマキとマールとは知り合いなの、勝手に名乗ってんじゃないわよ」
それにあれは『姉弟』なのよ、名乗るんだったら間違えんじゃないわよ、と全裸で縮こまっているマッチョマン二人に説教。そして
「あんた、アマンダとか言ったわよね」
うら若き女性を全裸のまま、というのはさすがに忍びないので彼女にはエントランスにあったカーテンをまとわせてある。
そんな彼女は縋るような目で結月に訴えかける。
「なああんた、マキとマールの知り合いなんだろ!?父の仇を討ちたいんだ、頼むよ、紹介しておくれよ!」
横でルークが『けっ、何をムシのいいこと言ってやがんだ』と吐き捨てるのだが
「そうね。まずはアマンダ、あなたの事情を聞かせて」
紹介するかどうかはそれからね、と結月は優しく微笑む。
「ほ、ホントか!?あたい金のためとはいえあんたらの獲物横取りしちまったんだよ、ホントにいいのか!?」
あはは、横取りしてる自覚あったんだ、そう結月は笑うと
「目的のために手段を選ばない、身を汚す事を厭わない貴女のやり方、私は嫌いじゃないわよ」
そう言ってアマンダを立たせると
「私、結月。真島結月よ。よろしくね」
そう言って結月は視線をルークに送る。
「…ルークだ。俺はよろしくとは言わねぇぞ」
ルークはアマンダを睨みつけ、その視線を壁にもたれて静観していた永に送る。
「永じゃ。よろしくな」
アマンダは少しバツの悪そうな表情で自己紹介をする。
「あたい、アマンダ。今は…ただのアマンダだ。まあ、その、よろしくな」
とりあえず街に戻って食事でもしながら話を聞こう、という事となり四人は連れ立って街へ戻ることに。一方
「…ディグアス様」
「なんだ、ローガン」
全裸に剥かれてしまった老紳士で執事のローガン。腑に落ちない表情で主人であるディグアスに問いかける。
「なぜ私まで全裸にされてしまったのでしょうか?」
「…彼女は言っていたじゃないか、ついでだと」
「そうですか…ついでですか」
「ああ。ついでだ」
全裸でたそがれる老人と中年の姿がそこにあった。
結月を主軸に据えると話にお笑い要素が増えるのはなぜなのでしょうか(笑)