第151話 『鬼人の娘』
「あっ!?またテメェか!」
獲物を追い詰めたルーク。その首を獲り教会へ届ければ『報酬』が貰える、『魔獣討伐』の依頼だ。
だがその首を斬り落としたのはルークではなかった。ここのところ競合するハンターに最後のところで獲物を掻っ攫われてしまっていたのだ。
それは決まって一人の女。丈の短い浴衣のような服を着ていて額に小さな角が一本生えた、まだ若く小柄な鬼人族の娘だ。
「こいつぁあたいんだよ、恨むんならテメェのその鈍い腕を恨みな!」
そう言って獲物『ホーンドウルフ』の斬り落とした首を持つと、娘は素早い身のこなしで馬を駆り、去って行った。
すると遠巻きに見ていたその集落の長が
「ハンターさん、ありがとうこざいました!これで我々も安心して暮らせます。あのお仲間さんにもよろしくお伝え下さい」
その言葉をルークは悔しそうに否定しようとするのだが
「ええそうね。じゃあ私たちはこれで」
と代わりに結月が答え、永とともに三人でその場を立ち去る。
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「くそっ、なんだよ!あんな女まで仲間だと思われてんだぞ!?」
「そんなのこっちの事情でしょ。あの人たちには関係ないわよ」
あの集落の人々にとって自分たちの生活を害する魔獣を狩ってもらえるのならそれが誰なのかは関係ないのだ。
「ま、あの娘の言うことではないがルークよ、恨むのならヌシの腕を恨むんじゃな」
そう言って永も笑う。
「くそっ…なんなんだよ毎回毎回俺ん時ばっか…」
結月とルークは、旅の資金集めと修行を兼ねて行く先々の街の教会で『討伐』の依頼を受けていた。
ただ条件として『一人で受けて一人でこなす、手出し無用。一回交代』を掲げ、日々切磋琢磨していた。だがイミグラを出て三十日あまりのこの街に来て『獲物の横取り』をされるという事態が多々発生した。
「ま、金には困っておらんのじゃ。その悔しさを報酬金で買ったと思えば儂は悪い買い物でもないとは思うんじゃがな」
『次は獲られんよう努力するんじゃな、カカッ』と永は笑う。
「じゃあ今夜はあんたの奢りね」
依頼をこなせなかった者の払いって決めたもんね、と結月も笑い、街で今夜の食事処を探すのだが…
「…ねえ。この気配って」
と結月は路地の奥を顎でしゃくる。
「ん、なんだ?…ってこの気配はっ!」
暗がりの路地裏へ飛び込むルーク。そこにいたのは
「な、なんだテメェら!?見てんじゃねぇよ!」
飲食店街の路地裏、そこには飲食店の残飯を漁っている小柄な女がいた。頭に小さな角の生えたその姿、例のルークの獲物を横取りした鬼人の娘だった。
「…何やってんだお前ぇ?」
見てのとおり彼女は残飯を漁っている。
だがルークがこの娘に獲物を横取りされたのは一度や二度ではない。それに他でも獲物は狩っているはずであろう彼女が食べる金や物に困るとは思えない。なのになぜ残飯なんか漁っているのだ?
「今見たのは忘れろ!じゃなきゃ死ねっ!」
そう言うと娘は腰のナイフを抜き、ルークに飛びかかってきた!
「なっ!?ちょっ!ま、」
慌てて剣を抜き応戦するルーク。小柄な彼女から繰り出される素早い動きと攻撃。だが
(…こいつ、弱い?)
そのか細い身体と小さなナイフから繰り出されたとは思えない重さを持つその一閃と連撃。普通ならば『強い』と言って差し支えのない強さだ。
だがルークが今まで剣を合わせてきた相手は全て『古代人類』、祐樹に結月、そして静。師匠の永に至っては『地球外生物』。
現時点でもルークはそこそこの強さをほこるのだ。
全ての攻撃を簡単にいなすルーク。最初は驚きはしたものの、徐々に余裕を取り戻し、さらには『俺ってもしかして強い?』的な余裕の表情を見せそうになるのを見計らい、永が割って入りその戦いを止める。
「のうヌシよ、金に困る身ではなかろう。なぜそんな事をしておるんじゃ?」
娘は素早く身を翻すと
「いいか!忘れろよっ!」
そう捨て台詞を吐き、路地の闇へと消えていった。
「…なんなんだありゃ」
ルークは納剣し、砂埃をはらう。
「さあ?節約でもしてんじゃないの」
「そっか。いい心がけだな」
結月とルーク、二人してニヤリと笑う。
「…なんじゃ、この面子じゃと儂がツッコミ役になるのかの?」
はぁ、やれやれじゃな、と永も苦笑し、三人は食事処へ向かった。
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翌日。
「今日はユヅキの番だぜ」
いい依頼はあるか?と三人で赴いた教会の掲示板。そこにあったのは
『魔獣の駆除:"女性剣士限定"報酬三十万d。詳しくはディグアス家まで』
この掲示内容では詳細はわからないが、女性剣士に限定している時点でもそうなのだが報酬の三十万dも破格だ。通常の五〜六倍のその報酬。
「…なあユヅキ、言わなくてもわかってるとは思ってんけどよ」
「ええそうね、胡散臭さがプンプンしてるわね」
おそらく本来の目的は『魔獣の駆除』ではない。何か別の目的か、誰か人を襲わせたりといったモノかもしれないし、もしかすると女性剣士にのみ欲情する変態さんからのご依頼かもしれない。
結月は受付カウンターへ向かうと
「ねえ。あの三十万の駆除依頼、受けたいんだけど?」
胡散臭いモノが胡散臭いモノだとわかっていればそう問題ではない。若干の興味と正義感の湧いた結月はそれを受けてみようと思ったのだが
「申し訳ありません。そちらの依頼は朝一番で既にある方がお受けになりました。最近よく来る女性の方なのですが…。あ、ですがその依頼は一人という指定もありませんね、現地で彼女と依頼者と相談してみてはいかがですか?」
と受付嬢。朝一番でこんな胡散臭い高額報酬の依頼に食いついてしまう女性、まさか…
「ねえその女の人ってここに角がある人?」
そう言って結月は自身の額を指差す。
「あ、お知り合いの方ですか。なら話は早いですね。もうあの方はディグアス家に向かわれましたよ」
そう、ありがと、と言って結月はカウンターを離れる。
「…だ、そうよ」
そう言って肩をすくめ、苦笑まじりにため息をつく結月。
「で、どうする?彼女。放っておく?」
はっきり言って彼女には縁もゆかりもない。依頼が胡散臭いからといって彼女を助ける義理もないし、むしろ獲物を幾度も横取りされたのだ、見捨てたところで心も痛まない。のだが
「のうルークよ。ヌシはあの娘から『悔しさ』を売ってもらったじゃろ。その『礼』はせんでもよいのか?」
ニヤリと笑う永。
「あんな女、助ける義理も無えっスよエイ先生。けど…」
今日はユヅキが依頼を受ける日だぜ、とルークは話を結月へと振る。
「まあ全くの見ず知らずの他人ってわけでもないし、胡散臭さには気づいちゃったから…とりあえず行こっか」
『お前ぇのお人好し加減はユーキゆずりだな』とルークはため息をつき、三人は依頼主の屋敷『ディグアス家』へと向かうのだった。
第四章『結月編』です。
そんなに長くなる予定ではありませんが、結月たちがイミグラからグリムルまで行く旅の話に、祐樹や静、結弦の閑話を挟んでお送りします。