第150話 『旅立ち』
いよいよその日がやってきた。結月とルーク、そして永がイミグラを旅立ち、西の果て『グリムル』を目指すのだ。
「ま、ちょっと俺の名前のルーツを見てくんぜ」
ルークが提案したその行き先。だが意外なことに結月はそれに少々しょっぱい顔をする。
「グリムルね…。まああんたがそこを目指すってんならいいけど」
西の果ての獣人戦闘部族の街。もっとも強い者が頭に立ち、その者を中心としたハーレムを形成する都市。
何より結月が憧れたゲオルグがそれを嫌い、全てを捨てて放浪の旅に出たその街だ。
「ルーク。行くのはいいけどあんたの名前の『グリムウィン』、これあまり周りには知られないようにしたほうがいいわよ」
結月もはっきりと聞いたわけではないが、たしかゲオはその名をその街で一番強い者につけられる称号、『王』という肩書きのようなものだと言っていたのだ。
そんな名でグリムルへと飛び込んだら、まあ面倒ごとが起こる予感しかしない。
「あ?んなもん俺が言わなきゃ誰にもわかんねぇもんだろ」
「…何それ。あんたそれフラグ立ててんの?」
そう言ったところで結月の知る『グリムル』の情報も三百年前にゲオから聞いたものだ。今どうなっているのか、実際はどうなのかを結月自身も知りたくないというわけでもない。
そして自らが『行ってきなさい』と結月に旅立ちを即した静だったのだが、見送りに際しては少し心配そうな顔を見せる。
「ははっ、大丈夫だよ。俺たちの娘だろ」
祐樹は笑ってそう言うと、一転して真剣な面持ちとなり『遠、例の物を』と遠にある物を持って来させる。
それは一本の長袋。その中身をスルリと出す。
「結月、これは正真正銘、刃のある『刀』だ」
結月の旅に持たせる為に、祐樹が遠に作らせた無名無垢な白鞘の刀。
「人を斬る為に生まれた道具だ。持って行きなさい」
突如向けられた父の真剣な眼差しと言葉。何も身構えていなかった結月の眼は一瞬泳ぎ、静のほうへ助けを求めるような視線を向ける。だがそれに静が答える前に
「ダメだ。これはお前が持つものだ。結月、自分自身で決めなさい」
『まあ別に無理して持って行かなくてもかまわないぞ』と少し表情を崩して祐樹はその刀を結月に突き出す。
「…いや、わかったわ。そうね、私と母さんがやってる事ってそういう事だもんね」
そう言うと結月は祐樹からその刀を両手で受け取る。
「謹んで受け取ります、父さん。でも父さん、一つだけお願いがあるの」
そう言うと結月は『カチリ』とその刀の鯉口を切り、刀身を少し見せる。それは静の刀とは相反するような純白に輝く美しい刀。
「私ね、父さんと母さんから一文字ずつもらった自分の名前、すごく誇りに思ってるの。だからこの無銘の刀にも同じように名前をもらっていい?」
祐樹は遠へと視線を送り頷くと、遠は結月の持つその刀の刀身を指でなぞる。するとそこに刻まれる銘『樹ノ静弦月』
「絶対に人を殺すな、とは言わない。けど結月、それはお前の義に悖らないよう振りなさい」
祐樹の言葉に、結月は『チン』と刀身を仕舞うと
「ありがとう、父さん、母さん。私は私の名とこの刀の銘に恥じないよう心がけます」
じゃあ行ってくるね、そう言ってニコリと笑う。
「ああ。ルークも気をつけてな。永、頼んだよ」
こうして三人は旅立って行った。
---
「ねえあなた。あの刀なんだけど…もし本当に結月が人を斬っちゃったらどうするの?」
それに『刃物を持つ』って事の意味、あなたわかってる?と静。どうやら結月に刀を持たせた事に若干の異議がある様子だ。
「そうだな。『生き物を斬る為の刃物を持つ』という事は相当に覚悟が必要な事だよな。けどさ、こんな世界に蘇って武の道へと進む、って言うのならいつかは通るべき道だろ?」
前から結月が持っていた、三百年前に静から貰った『刃のない刺突剣』。あれだって今の地球で結月が暗示を解いて振れば魔獣はおろか人間だって一刀両断してしまうだろう。だがそれではダメなのだ。
「 あれが『人の人生を終わらせる道具』だって認識しなきゃいけないんだよ、持ってる本人もそうだけど他人から見てもね」
そして祐樹は静を真正面に見据えると
「それにね、俺たちは結月の親なんだ。『危ないから、結果が危険だから触らせない』のじゃない、それの危なさと扱い方、そして斬ってしまった時にどうしたらいいのかを教えるのが俺たちの役目だよ」
そうしなきゃあの子の心も大人にはなれないんだよ、と言って祐樹は微笑む。
「…私、過保護かしら」
「そんな事ないよ。結月に『強い大人になってほしい』と思う気持ちは静も俺も一緒さ。ただ俺があの子に求めている『強さ』ってのは、あの子がこれからの人生で背負ってゆくであろうモノに押し潰されない、そういうのに耐えうる『強さ』だよ」
それを教えるのも先にこの世を去るであろう俺たち『親』の役目だろ?と祐樹は苦笑する。
---
「私、家族の誰とも一緒じゃないのって初めてかも」
遠ざかるイミグラの街を乗合馬車から眺め、新たな旅の始まりの空気とは裏腹に結月は少し寂しそうに呟く。
「ん?なんだ、もうホームシックか。早ぇなあ」
ルークは笑い飛ばすのだが、結月からはいつもの反発がない。以前に結月が祐樹を怒らせた時もそうだったのだが、ルークはこういう状態の結月が苦手だった。
「ま、俺なんて物心ついた時にはギム伯父さんしかいなかったからな」
親は知らねぇし兄弟もいねぇしな、とルークは肩をすくめ
「それによ、お前ぇその腰の剣、『刀』だっけか、それがあるじゃねぇか。ユーキから、『父親』から貰ったんだろ、心底羨ましいぜ?」
とため息をついて苦笑する。
結月はその刀を腰から外し、しばらく眺める。
自身の『命』を預ける、家族全員の名前をいただいた『刀』
「そうね。あんた偶には良いこと言うじゃない」
そう笑って鯉口を切って銘を眺ると、また戻す。
「あぁん?俺は常い良いことしか言わねえぜ?」
そんな二人に永は
「のう、儂もおるんじゃが。あまり二人で乳繰り合われると儂も立場がないのぉ」
と笑う。
それを全力で否定し合う結月とルークをアテに、永は腰にぶら下げた酒壺の栓を抜き、酒をあおる。
「ま、グリムルじゃと往復で一年ぐらいかの?その間にもしっかりと鍛えてやる、覚悟するんじゃぞ二人とも」
そこに自身も加わっている事に結月は『ええっ!?私も!?』と驚くのだが
「うむ。静様より命ぜられたのじゃ」
思い当たる節は、ある。三百年前のナワまでの二往復でも静には『あなたは経験値不足』と何度となく言われたのだ。
「そうね…武者修行に行って来なさいって言われたもんね」
いいわ、よろしくね永、と結月は苦笑する。
「まあ儂らの事じゃ、そうすんなりとグリムルまで真っ直ぐにとはいかんじゃろ?」
『何が起こるか楽しみじゃな、カカッ』と笑う永。そしてそれを心のどこかで期待している、あながち悪くはないと思っている二人も苦笑。
そんなふうにして三人の旅は始まったのだった。
祐樹は
『先に死ぬであろう親の役目』
と言ってましたが、歳の近くなってしまった真島一家の四人は誰が先とかはなさそうですね。
ですが自身が親になって思う事は、子に先立たれること以上の不幸はないな、と。
ともあれこれにて第三章『再会編』閉幕です。次週より新章『結月編』が始まります。
真島家のオチ担当の結月ちゃん、泣いて笑っての楽しい章にしてくれる事を期待します。