第148話 閑話15『If』
「ん、あいつ何してんだ?」
ルークが見つけたのは、小綺麗な格好をして花束と小荷物を持ちイミグラの街を歩く結弦の姿だった。
「なあマキ…じゃねぇユヅキ、あいつ何してんだ?」
そのルークはまたしても結月に引っ張られて武具店や衣料店をハシゴ、新たな旅の準備をしている最中だ。
「何かしら?私は何も聞いてないけど…」
て言うかあんたそろそろ私の本名の方おぼえなさい、と結月はルークを軽く小突く。
「なあ、あの格好に花束だぜ、ありゃ『女』じゃねえのか?」
あいつも隅に置けねぇな、とルークは笑う。結月も密かにほくそ笑み、その日の予定はウインドショッピングから尾行へと変わった。
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花束を持つ結弦の足が向かう先は、イミグラの街を見下ろす高台にある展望公園だった。
「お、デートにはもってこいの場所じゃねぇか。あいつもやるもんだな」
とここまで来て結月は結弦が何の用事でここに来たのかを察してしまった。
「ああ、私もうわかっちゃった。もういいわルーク、ここまでよ」
どうやらデートじゃなかったみたい、行きましょ、と結月は踵を返す。
「んだよ、こっからがいいとこなんじゃねえのか?」
「違うわよ。まあ『女』には変わりないけどね。行きましょ。次の店に行くわよ」
と後ろ髪を引かれるルークを引っ張り、結月は来た道を戻る。
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「別に一緒に来てくれても良かったんだけどなぁ…」
結弦は二人の尾行に気づいていた。魔力を持たない結弦はその気配で存在を察する事もできるし、知人であればそこそこ離れていても誰なのかだって判別できるのだ。
「ま、ついこの前に吉井さんの墓参りで来たばっかりだしね」
と来たここは、先日も来た展望公園の脇にある墓地。
一際大きな墓標『大教皇』のお墓の前で手を合わせ、頭を下げて通り過ぎると結弦はその先の街を見下ろせる場所にある一角へ。
こちらにもある立派な墓標のその前で、結弦は荷物を降ろすと手を合わせて黙祷。墓標を軽く掃除すると花を供え、その前にシートをひき荷物を広げた。
持参したのは簡易湯沸かしコンロとコーヒーメーカー。
しばらくするとあたりに香ばしいコーヒーの香りが広がる。
「君は最後まで『苦っ!』って言ってたのにね」
淹れたてのコーヒーをお墓に供え、結弦は寂しげな笑顔を浮かべるとその墓標に刻まれた文字を指でなぞった。
『千の唄と万の物語を歌い、コーヒーをこよなく愛した歌聖"カノン・グラシエ"ここに眠る』
結弦は自分の分のコーヒーを啜ると
「あ、そうだ、君の分にはコレだったよね」
とカノンの分のコーヒーに黒糖を入れる。
ここから見下ろす街の風景は三百年前のあの頃とそう変わらない。
吹き抜ける風にその髪を揺らし、街を眺めて物思いに耽っていた吟遊詩人のエルフの少女・カノン。
今も変わらぬその景色をそこから見ているのだろうか。
「カノン。僕ね、あれからいろんな事を知ったんだ。いろんな選択もした。そして今ここにいるんだ」
もしもあの時、カノンを引き止めていれば。
もしもあの時、眠らずにあの時代に生きていれば。
「どれか一つでも違った選択をしていれば僕は今ここにいない。家族四人がそろう事もなかったんだ」
カノンとの再会を望み眠りにつかなかったのならば、もしかすると結弦はカノンと家族になっていたのかもしれない。
「僕ね、人生に『間違った選択』って無いって思うんだ」
結弦がカブールの迷宮で眠りについたその後、イミグラに戻ったカノンはこの街で結婚をして家族に恵まれ、その生涯を終えた。
その彼女の子孫はまだこの街に住んでいる。
だがもしあの旅立ちを引き止めていたのなら、はたして彼女は後の世で『歌聖』と呼ばれたのだろうか。
「君は幸せだったかい?僕は…」
そう言うと結弦は立ち上がる。街を見下ろす景観を眺め、そして再び墓標を振り返ると
「ま、僕は今からだね」
『まだ会いにくるよ』そう言って微笑むと結弦は荷物を片付けてその場を後にした。
およそ三百年前、イミグラを旅立ったカノンが何を思い再びイミグラに戻ったのか、その真意は誰にもわかりません。
ただ彼女はイミグラへ戻り、そこに住まい、結婚をして子を成し、そして天寿を全うしました。