第147話 『それぞれの道』
「ではその件は保留という事にしておきましょう」
そう言って遥は微笑む。
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静と祐樹が合流を果たした後日、一行はその結果を報告にとイミグラの遥の元を訪れていた。
「久しぶりね遥」
「二年ぶりでしょうか静様。お元気そうで何よりです」
と遥は一行を見渡す。そうは言っても遥にとって静と遠以外の面子とはおよそ十日ほど前に会ったばかり、ルークも今回は事情を知ったせいか前回の謁見の時ほどの緊張は見られない。
「でね遥。例の『英雄の称号』の事なんだけど…」
と静はルークに視線を送る。その静の意思に真っ先に反対したのはルーク本人だった。
「わかってんだろシズさん、俺はそんなもの絶対に受け取れねぇ。あんたには全く剣が届かなかったし、何よりここにいる誰よりも弱いんだ」
そう言って俯いてしまうルーク。
「でも誰かが受け取ってくれなきゃあの迷宮が閉じられないのよ。あそこに遠をずっと貼り付けっぱなしってワケにもいかないし…」
腕を組んで少し困り顔の静。遠は『静様の命とあらば私は一向に構いませんが』とその判断を丸投げする。
「俺、もっと強くなりてぇんだ。今の俺がその称号に相応しくないって事は痛いぐれぇわかってる、だから…」
と拳を握り締める。すると遥がある提案をする。
「ではこうしませんか。教会に発布を出します、『魔王と相見えた挑戦者は見事に魔王を討伐したものの、命を失いかねない深手を負い中央教会にて治療中。彼の者が回復した次第にてそれを発表する』と。これでいかがでしょうか?」
その間に貴方は貴方の成したい事をしていただき、その後にもう一度称号について提案させていただきます、と遥。
「それでもいいけど…ルーク、あなたの意思は?」
その静の質問にルークは
「俺、ユーキとエイ先生の旅に同伴する形で故郷の街を出た、言うなら二人の荷物みたいなもんだったんだ」
そう言うとルークは顔を上げ
「けどここからは俺の意思で旅を続けたい、知らない世界を見てもっと強くなりてぇんだ」
と拳を握りしめる。
「うん!カッコいいわねあなた。わかったわ、結月、あなたも彼と一緒に『武者修行』に行ってらっしゃい」
と静のいきなりの振りに
「ええ〜っ!?母さんなにそれ〜!?」
それを結月は否定するものの、全力で嫌、というわけでもない様子。そして永も
「静様。私にはルークをあの街から連れ出した責任がございます、彼らに同行する許可をいただけないでしょうか?」
と、その武者修行に同伴する意思を示す。
「ええそうね。永、任せるわ。二人を見ていてあげて。ただし『護る』のじゃなくて『見守る』のよ。わかってるわね」
その言葉は永だけにではなく三人に向けられた言葉だった。
「ったりめぇだ。じゃなきゃ俺は一人で行っちまうぜ?」
「ま、結弦はインドア派だし、こっちの方が面白そうよね」
と結月も肩をすくめて了承。すると
「では私もこちらの方が」
そう言うと永は目を瞑り、その姿を変化させる。
「…旅には都合が良いじゃろ?」
それは男袴に派手な柄の入った長着、着崩した胸元にはサラシを巻き、腰に刀を差した中年の女浪人。
祐樹が目覚めた時の、そしてルークも含めた三人で旅をしたときのあの姿だ。
「む、なんじゃ?ルークよ、なぜ涙目になっておるんじゃ?」
「え、あ、いや、違いますよエイ先生」
と慌てて目元をこするルーク。
あの魔王の間の前で突然その姿を変えた『エイ先生』。
無論、姿を変えただけでパンツスーツ姿であれメイド服姿であれその『永』がエイ先生である事はルークも理解している。
だがあの時突然いなくなってしまった『エイ先生』が戻ってきたようでルークは嬉しくなってしまったのだ。
それを見ていた静は
「永、あなたどの姿が気に入ってる?」
「ふむ。儂はどの姿も大差ないとは思うとるのじゃが?」
どれも儂である事は変わらんのじゃがなぁ、と永はポリポリと頭をかく。
「じゃあ永、あなたその姿をデフォルトにしなさい」
「うむ。承知致した」
『やはりこれも悪くないのぉ。カカッ』と顎をさすり永は笑う。
「ともあれこれで決まりね。あなた達三人は旅に出る、私たちはカブールに戻る。それでいいかしら?」
これで話は落着したように見えたのだが、結弦も祐樹も少し考える表情を見せる。そして結弦は静をうかがうように口をひらいた。
「母さん、僕この街に住もうかと思ってるんだけど…」
ダメかなぁ?と。
「ええ別にいいわよ。でもなんで?」
「あ、いや僕ももう一人の男だし、この歳で両親と同居ってのもね。それにはっきり言って僕はカブールよりこのイミグラの方が馴染みがあるんだ」
その結弦の意思を尊重し、静も特に何も言わず了承。
「で祐樹、あなたは何か考えがあるの?」
「ん、俺か?俺はあの街のあの家で君と暮らすのに賛成だよ。大きな街だしいいところじゃないか」
仕事も探せそうだし。ただね、と祐樹は言葉を続ける。
「俺、今回の旅の間に色々な人たちのお世話になったんだ。今こうして静と再会できた事を報告したい人もいるし、その後がどうなったのか気になる人達もいる」
捨て鉢に始まった祐樹のファンタジーな冒険の第二の人生。もう戻るつもりもなかった時間と場所。
それでも祐樹が祐樹として接してきた人たちがいた。礼を言いたい人もいるしその後が気になる人もいる。
「だからもう一度あの島へ、ナワの街まで行きたいんだよ、君と一緒にね」
「うふふ、デートのお誘いかしら。じゃあ私と祐樹は二度目の新婚旅行ね」
ごめん、今回もまた『危険な新婚旅行』だな、と祐樹は少々の申し訳なさを顔に出し、静は『何よ今更ね』と笑う。
「じゃあ遠は私たちと一緒に来て。一度カブールに戻ったらナワ行きね」
これで全員の『進路』が決まった。
「結弦はこの街にいるんだし、適当なタイミングでまたここで落ち合いましょう」
と静は謁見の間の壁に掲げられた大きな肖像画に目を向ける。立派な白髭をたくわえた大教皇の肖像画。
その静の視線を追う祐樹、ずっとそこにあった肖像画だったのだがその時初めてそれに気づく。
「あ、これ吉井さんか!」
その肖像画の元まで行くと祐樹は腕を組んで見上げ、そして笑い出す。
「ははっ。昨日参ったあのお墓も大きかったけど吉井さんこんな事になってたんだな」
祐樹の知る『気さくなおっちゃん・吉井三津夫』とはかけ離れた、重厚なローブを羽織って前を見据える威厳を感じる白髭姿、大教皇の名の示す通りの肖像画。
「会えなかったのは残念だけど…幸せだったんだよな?」
と遥を振り返る。
「私には人の『幸せ』の基準がわかりかねます。ですが大勢のご友人と家族に看取られたその最期は微笑んでらっしゃいました」
大変な苦労をかけてしまいましたが、と遥はA.I.でありながら器用に苦笑する。
「そうか。吉井さんらしいな」
と祐樹はその遥の言葉に引っかかりを持つ。
「家族?」
「ええ。吉井様はご結婚され、子をなされました」
そのご子孫も幾人かはまだこのイミグラに住まわれてますよ、と遥。
「ふ〜ん。俺たちと今の人たちは結構作りが違うって静に聞いてたんだけど、普通に子供ができるんだな」
静も肩をすくめ『私も初耳よ』と。
「ま、ともあれもう少しイミグラに滞在して、結月たちが旅に出るタイミングで俺たちもカブールにもどろうか」
『そうね。じゃあお暇するわ』と静も立ち上がり、謁見室を退室する。
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「なっ!?貴様はあの時の…!!」
と謁見室の外にいた守衛の教会騎士。先日、無礼を働いた永を見つけて殺気立つ彼に、永はニヤリと笑って手をヒラヒラ振りながらその場を去る。
「くそっ、あの女…ってあれ?入る時にいたっけ?」
騎士は首を傾げ、記憶を検索しながら一行を見送るのだった。
『危険な新婚旅行』
また後ほど閑話で記述するつもりですが、祐樹と静は新婚旅行で東南アジアの某国へ行きました。
その際に静は祐樹からジャングルの中での正確な方位の見つけ方を教わります。
まあそれ以上にとんでもない目に遭わされた静。よくそれで成田離婚にならなかったものだと(笑)